光の裏側 20
ユーリたちの元へ作戦を伝えに来たマヤは、まずはひどい裂傷を負ってアーリィに回復してもらっているユーリに近づく。
「ユーリ、大丈夫?」
「平気だ、これくらい。つかお前何しに来たよ。あぶねぇから下がってローズと一緒にいろよ」
突然自分たちの元にやって来たマヤに対し、ユーリは険しい表情を向けてそう返事をする。アーリィはユーリの脇腹の傷を塞ぎ終えると、一息ついてからマヤに「どうしたの?」と聞いた。
「何か用があって来たんだよね、きっと」
「そう、さっすがアーリィね。鋭いわ」
「なんだよ、用って」
今はウネが一人でイリスの相手をしているので、早く彼女の加勢に向かいたいユーリは、若干急かすようにマヤに問うた。
「実はさっきのイリスの様子を見て考えたんだけど、もしかしたら今ならまだ彼を助けられるかもしれないの」
「なんだって?!」
驚き目を丸くするユーリに、マヤは説明を続ける。アーリィも真剣な表情でマヤの言葉を聞いた。
「さっき彼はユエを庇ったでしょう? あれってまだ完全には自我を失っていない証拠だと思うの。それでもすごくギリギリの状態だろうけどね」
「確かに彼、彼女のこと庇った。それでその後からは彼女を無視するように、私たちにだけ攻撃してきてる……まだ彼女のことは認識できる状態なのかな」
アーリィの意見にマヤは「おそらく」と頷く。
「でも明確に認識出来てるって感じはしないから、おそらく本能で彼女を傷つけてはいけないって理解してるんでしょうね」
「俺たちには容赦なく攻撃してきてる癖にな、あいつ」
不満げにぼやくユーリに、マヤは「それだけ彼にとって彼女は印象強い存在なのよ」と言った。
「彼女だって彼を失いたくは無いでしょう。だから、助けられるかもしれない可能性があるならそれに懸けたいとアタシは思うんだけど」
「うん……私もそう思う」
マヤの言葉に同意するように、アーリィは頷いてこう呟く。
「だって、彼を攻撃するウネはすごく辛そう……きっと本当は傷つけたくは無いんだと思う。このままあの男を死なせたら、ユエもだけど……ウネだって心が傷つくよ」
知り合いだった存在を攻撃するのは辛いだろう。だからこそ彼女は自ら率先してイリスを倒そうとしているのだ。痛みを自分が一番に背負おうとしている。
「ユーリは……やっぱり、嫌? あの人、助けるの……」
アーリィが遠慮がちにユーリを見ながら彼にそう問う。ユーリは一瞬苦渋の表情を見せたが、しかし直ぐにその表情を消して「いや」と首を横に振った。
「あいつの事は……正直好きじゃねぇけど……でも、俺個人の感情は今は重要じゃねぇだろ? 助けられるってんなら……俺も協力する」
ユーリは小さく溜息を吐き、「今あいつを失えば、悲しむ人間の方が圧倒的みてぇだし」と呟く。彼のこの返事を聞き、アーリィはどこかホッとしたように「そう」と頷いた。
「よし、じゃあ決まりね」
アーリィ、ユーリの返事を聞き、マヤは納得した表情でそう言う。ユーリは続けて彼女にこう聞いた。
「それでマヤ、具体的にはどうやってあの暴走野郎を助けるってんだ?」
「どうするかはアタシとローズに任せて。あなたたちにお願いしたいのは、彼の動きをしばらく止めること」
マヤの返事を聞いて、アーリィは少し悩むような表情となる。
「動きをしばらく止める……簡単そうで難しい注文だね」
だがしかし、やるしかない。
「うん、難しいだろうけど……お願い」
マヤが頼むと、アーリィは「うん!」と力強く頷いてそれを了承する。ユーリも「やるだけやってみるぜ」と、彼女に返事をした。
「ありがと! んじゃアタシはウネにも この事伝えにいくから!」
そうして彼女はウネにもこの事を伝えに行く為に、本当の妖精のように透明に輝く羽から光の粒子を零しながら、夜空へ高く舞い上がった。
マヤが行き、戦闘の火の粉が飛ばない安全な場所に残ったのはローズとジュラードの二人だけになった。
武器が無い自分が危険な場所に立っても邪魔になるだけとわかっているから、大人しくローズと共に成り行きを見守っているジュラードだったが、しかしただ見ているだけというのは歯がゆく、そして思う以上に精神的に辛いものだ。
「……なんだか、情けない」
思わず呟くジュラードの言葉に、ローズが視線を向ける。ジュラードは彼女の疑問の眼差しに答えるように、また口を開いた。
「見てることしか出来ないなんて」
「……そう、だな……見てるだけってのは、辛いよな」
ジュラードの苦悩に同意するように、ローズが寂しげな眼差しを彼に向けながら返事をする。しかしジュラードはローズの返事を聞いてから、「いや、違う」と言って俯いた。
「ジュラード?」
「……見てるだけなのは辛い。それはそのとおりだ……でも俺はそれ以上に……逃げてるだけなのかもしれない。戦いたくなくて……だって、あの人は……あの人は俺たちの……だから……」
言葉にして、改めて彼は自分がここに留まる理由に気づけた気がした。
武器が無いから、足手まといになるからここでただ見ている自分だけど、本音はきっと『怖い』のだと思った。 戦うのが怖いんじゃない。人を殺すのが、知り合いである存在の命をこの手で奪う事が……それが怖かったのだ。
魔物を倒す事は平気だった。それは無意識に、魔物は人とは違うからという考えが彼の中であったからだろう。魔物には心が無いから、と、その考えが前提にあったから、自分は虫を殺すような感覚でその命を奪ってきた。
だけど、今目の前で暴れる魔物は違う。ほんの数時間前までは、あの魔物は人だったのだ。そして姿を魔物へ変えた今、自分は彼を今まで倒してきた魔物と同じように殺す事が出来るかと問われれば、その答えは今こうしてただ見ていることしか出来ていない自分の行動がそれだった。
「……ローズ、お前は人を殺したことはあるのか?」
顔を上げたジュラードは、真剣な表情でそうローズに問いを向ける。ローズも彼と同じ眼差しを返しながら、彼の問いに答えた。
「あるよ」
「……」
意外なような、そうでないような返事だった。
ローズは長く冒険者をやっているようだし、それならばマーダーに襲われるといった経験もあるだろう。その時に相手を返り討ちにした経験を、今彼女は答えとしているのかもしれないから。それにそういう理由、つまり自分の身を守る為の正当防衛ならば、誰も彼女を責めはしない。
だけど、やっぱりそれも人の命を奪う事に変わりはないのだ。人の命を奪うというのはどういうものなのか、ジュラードはローズに問うてみたくなった。でも、きっとそれはしてはいけない問いなのだろうとも彼は思う。
「……そう、か」
結局そんな頼りない返事を返すことしか出来なくて、ジュラードはまた俯く。そんな彼に、ローズは穏やかに言葉を向けた。
「でも、私もお前がそう思う気持ちはわかる。私は人の命を奪った事があるけど、それはあまり気持ちのいいものではない。身を守る為にそうせざるを得なかったのだけども、人に敵意を向けられることは怖いし、それに……」
ローズの視線が、魔物に堕ちたイリスへ向けられる。
「大切な人を手にかけるなんて、考えたくも無いことだ。現実にそれを突きつけられたら……それは凄く怖い」
答え、ローズは視線をジュラードに戻す。今ローズはイリスを見つめながら誰を想っていたのだろうと、それを考えながらジュラードは彼女の言葉を聞いた。
「だからお前の感情は普通だよ、ジュラード。……助けてみせるよ、彼のこと。妹さんのこともね」




