もう一人の探求者 11
「なんだ、あいついい奴じゃないか。お前の事を一途に想ってて、こんな貴重な調味料もほいほいくれて……いい加減あいつのことを真面目に相手してやったらどうだ? あいつが可哀想だ」
「よ、余計なお世話ですよ!」
ヒスの言葉に、カナリティアは若干顔を赤くしながらも怒った様子を見せる。
「大体彼はおかしいですよ! 確かにいい人ですけど、私みたいな小さい子を好きだなんて、怪しい性癖があるんじゃないかと疑ってしまいます!」
「酷い言われようだな……あいつはただ純粋に、お前の頑張りを見て心惹かれたんじゃないのか?」
「そ、そうですか? そうだとしても、でも……でも、そうです、あの人味覚おかしいんです! 頂いたこの醤油を使ってケーキを焼いてみたんですけど、酷い味になったのにあの人『美味しい』って涙流しながら完食したんです! 信じられません、あんなまずいケーキを美味しいなんて! あんな味覚の人とお付き合いできる自 信ありませんよ!」
「それはきっと、お前が作ったケーキだから無理して『美味しい』って言って食ったんだろう……泣いてる時点で気づいてやれよ。と言うか、まずいってわかってるなら食わすなよ、可哀想に」
「彼が『この醤油で料理して、気が向いたら俺に食わせてください』って言ったんですよ。私、料理はお菓子しか作れませんから……しかたなくゲロまずいケーキを作ってあげたんですよ」
「せめてケーキじゃなくて、みたらし団子とか作ってやればよかったのになぁ」
「あぁ、そういう選択肢もありましたね……」
今気づいたといった顔をするカナリティアに、ヒスは苦笑する。しかしなんだかんだでちゃんと言われた通り料理を振舞ってあげている時点で、カナリティアも全く彼を意識していないわけではないのだろうとヒスは思った。
そして二人がそんな会話をしていると、噂をすればなんとやらといった感じに外から声が聞えてくる。
「カナリティアさーん!」
「この声は、カイナじゃないか」
「……何の用でしょう。怪我か病気した時以外は無駄に診療所に来ないで欲しいですって言ったんですけどね、この前」
辛辣にそう言いつつも、カナリティアは訪問者を迎えるために玄関に向かう。ヒスは苦笑しながら、彼女の後姿を見送った。
「カナリティアさん、こんにちは! 今日も元気そうでなによりです!」
「えぇ、おかげさまで元気です。それでカイナ、何のようですか? 足の骨でも折れましたか?」
診療所の玄関で、カナリティアは純朴そうな印象の若い青年を迎える。優しい顔立ちに若干アンバランスな細身で筋肉質な体を持つ彼は、じゃれる子犬のような満面の笑顔でカナリティアを見ていた。
一方でカナリティアはクールな表情で彼を向かえ、「用がないのに来たなら張り倒しますよ」と彼を牽制する。しかしカイナも動じず、「大丈夫です、ちゃんと用事を作ってきました!」と彼女に答えた。そうして彼は大きめの封筒を彼女に差し出す。
「じゃん、お届けものです!」
「何故あなたが配達を……」
カイナから封筒を受け取りつつも、カナリティアは困惑したようにそう呟く。すると彼は最高の笑顔のままで、「配達屋のバイトをすることにしたんです!」と答えた。
「これでこの診療所に荷物や手紙が届けられる度にオレはカナリティアさんに会えるって寸法ですよ、ふふふ……オレ超頭いい」
「……荷物は受け取ったのでもう用はなくなりましたね。ご苦労様です、じゃあさよなら」
「あーっ! 待ってくださいカナリティアさん! せめてもうちょっとお話を!」
「あなた仕事中じゃないですか。こんなところで油売らず、迅速に他のところにも荷物を届けに行くべきですよ」
「そ、それはそうですけど、でもあの、オレはカナリティアさんともっと話をしたくて……あああぁー!」
自分を引き止めるカイナを無視して、カナリティアは玄関をぴしゃりと閉める。まだ外で「カナリティアさーん!」とか言っていたが、彼女は気にしないようにして封筒を持ってヒスの元に戻っていった。
「ヒス、荷物が届き……って、これジューザスからじゃないですか!」
なにやらずっしり中身が入っている封筒に書かれたの差出人の名を見て、カナリティアが驚いた声を上げる。ヒスが「ジューザス?」と言いながら手を差し出すと、カナリティアは彼に封筒を手渡した。
「一体中身は何ですか? 何かずっしり入ってそうですけど……お歳暮?」
「いやいや、お歳暮じゃないだろ。ん~……もしかして、アレかもな」
「あれ?」
ヒスが封筒を開けると、中からは何かの資料のようなものが出てくる。ヒスはそれに軽く目を通し、「あぁ、やっぱりアレだ」と言った。
「なんですか、アレって」
「ほら、俺が今ずっと調べてる病気の……」
ヒスはそこまで説明しかけて、「あっ」と言って言葉を止める。カナリティアが「どうかしたんですか?」と聞くと、ヒスは何か嬉しそうな笑顔でカナリティアに四角い小さな紙のようなものを数枚手渡した。
「写真? ……あ、これって!」
ヒスから渡されたものは貴重な写真で、ジューザスがヒスに送った何かと一緒に入っていたそれは、カナリティアが以前から期待して待っていたものだった。
「お前が赤ちゃんの写真欲しい欲しいとうるさいって手紙に書いておいたら、ついでに送ってくれたみたいだぞ」
「わあぁぁぁかわいい! すごい、ぷにぷにっ! や~ん、手とか丸っこくてかわいいぃ~! 男の子だっけ?! 目はジューザス似だけど、鼻と口はエレに似てる~!」
ヒスの言葉など聞いちゃいない様子で、素の状態でカナリティアは興奮する。彼女が見る写真には、ジューザスとの間に生まれた赤ん坊を抱っこする幸せそうな笑顔のエレスティンが写っていた。
「はぁ~……ついつい興奮してしまいました。それにしてもエレもすごく幸せそうで羨ましいです。魔物を拳で黙らせて、フライパンを片手でへし折っていたあのエレがお母さんですか……なんだか感慨深いです」
しみじみとした様子でそう呟くカナリティアに、ヒスも「だなぁ」と頷く。




