光の裏側 18
イリスとの対決はラプラによる援護と呪術攻撃が加わり、ウネたちは途端に苦戦を強いられる状況に陥る。
『STIRDTCEOONCKLLBRFAERUAK.』
ユーリやアーリィの足元、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。足元の黄色い輝きに背筋がスッと冷たくなり、ユーリは咄嗟に傍に立っていたアーリィを抱きかかえて魔法陣の範囲外に飛ぶように逃れた。そして逃れた直後に、彼らが立っていた魔法陣の範囲内の地面は、固い地盤から瞬時に汚泥のような液体に変わる。
「底なし沼かよ……えげつねぇ術使うな、あいつ……」
すでに次の術を準備しているラプラを視界に確認しながら、ユーリはアーリィを解放して駆け出す。アーリィもラプラに対抗するように、呪文の詠唱を始めた。
ウネは呪術は使わず、魔力を全て矢の生成に使って攻撃を続行していた。
魔力の矢による攻撃も、魔法に強い夢魔や術習得の段階で呪術や魔法に耐性を持つ高位術士には普段どおりの威力は発揮できない。しかし呪文詠唱等の時間のロスが生まれる呪術攻撃よりは、魔力矢での攻撃の方がまだ効果が高いと彼女は判断した為だ。
個人的な感情は封印し矢を放つウネは、追尾する何条もの矢を回避し飛ぶイリスへ、さらに一度に三本の矢を放ち追撃した。
「!?」
自分へ向けられる悪意を感じ取り、ウネは回避行動へ切り替えようとする。だが攻撃に集中していた彼女は、今度は回避の判断が遅れてしまう。ラプラの放った炎の鳥が、甲高い鳴き声のような音と共に彼女の元へ放たれる。飛行しながら矢を放っていた彼女は、流星のように真紅の尾を引きながら自分へ向けて突っ込んできた炎の鳥とまともにぶつかり、悲鳴を上げながら地に落ちた。
「ウネ!」
地上で彼女の落下を見ていたユーリが叫び、アーリィは即座に発動準備していた魔法を切り替える。額に薄く汗を掻きながら、アーリィは早口に呪文を唱えた。
『proTEctCOolwrApWATeRFLoWEr.』
アーリィの高速発動させた魔法は、ウネが地面に叩きつけられる直前、その落下地点で発動して彼女を守る。
噴水のように魔法陣から吹き出した水が炎に包まれていたウネを包み込み、水の中に落ちた彼女はゆっくりと地上に降りて、やがて彼女が地上間近まで落ちると水は霧散して消えた。
「ハァ……ハァ……だい、じょぶ?」
急な魔法の切り替えが負担になったのか、アーリィは息を切らして疲労した様子を見せながらも、ウネの元に駆け寄って彼女の様子を窺う。ウネは軽い火傷を肌に負っていたが、しかしアーリィの助けもあって重傷にはならず、意識もあって「平気」とアーリィに答えた。
「ありがとう、助けてくれて」
礼を言い、ウネは立ち上がる。アーリィもその隣に立ち、彼女が顔を向ける方向へ視線を向けた。
「本当に……助ける方法は無いの?」
視線はそのままに、アーリィはウネに問いかける。その瞳には、ラプラを操り無差別に攻撃するイリスの姿が映る。
「無い。……あれば私だって、それを必死になってするでしょう」
「……そう」
アーリィの問いに寂しげな声で答えたウネは、再び背の羽で夜空へ飛び立つ。アーリィもまた魔法を使用する為の集中を始めた。
本当に、助ける方法は無いのだろうか。”救う”ことしか出来ないのだろうか。
「イリスっ!」
駆け出したユエは、暴走を続けるイリスの傍で立ち止まる。丸腰の彼女は、しかし臆することなく彼の前に立って大声で呼びかけた。
「イリス、本当に何もわからないのか?! あたしのことも、子どもたちのこともっ!」
自分を呼ぶユエに、イリスは無機質な眼差しを向ける。目に映るもの全てを”獲物”と認識する魔物の瞳が、彼女を捉える。
「おい、ばか! 離れろ!」
ユエの存在に気づいたユーリが、危険な位置に立つ彼女へ大声で叫ぶ。比較的安全な位置で戦いを見守っているジュラードたちも、彼女がいつの間にかここからいなくなっているのに気づき、 ユーリ同様に叫んだ。
「ユエせんせぇっ!」
ジュラードの叫びは、ユエの叫びと重なる。
「しっかりするんだっ! あんたにはまだ、聞きたいことたくさんあるんだから! やってもらいたいことも、伝えたい事だってっ! このまま何もわからなくなって別れるなんて、そんなの辛すぎるじゃないかっ!」
笑みも何も無い無感情な表情をユエに向けるイリスは、彼女の呼びかけに何も反応を示さない。やはりもう声は届かないのだろうか……そんな思いを頭から振り払い、ユエは彼に手を伸ばした。
「だから戻って来てほしいんだ! お願いだよ!」
願いが夜の闇に響き渡る。
そして、その願いを無情に打ち砕くレイスタングを唱える声がそこに重なった。
『BRROURNIRAWPIEFLAMWERCBD.』
ラプラの紡ぐ呪術の矛先がユエへと向かう。ロッドの先をユエに向け、ラプラは呪術を発動させた。
「イリスっ!」
「!」
イリスの瞳が見開かれる。
ロッドの先端に真紅の魔法陣が輝き、炎の矢が生み出される。それがユエへ向けて、真紅の尾を引きながら放たれた時だった。
イリスの体が動き、炎に狙われた彼女を庇うように彼女と炎の間に立ちふさがる。そして炎の矢はイリスを打ち、一瞬彼の体は紅蓮の色に包まれた。
「イリス!?」




