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神化論 after  作者: ユズリ
光の裏側
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光の裏側 17

 イリスに何かを囁かれた直後にラプラの瞼が眠りに落ち、ウネは焦りの表情で矢を生成してそれをラプラに密着しているイリスに向けて放った。瞬間、ラプラの瞼が開かれる。彼は聞き取れぬほどの早口で、レイスタングを唱えた。

 

『PRODELTECTERETEFUSE.』

 

 ウネの放った矢は、またもラプラの防御術により防がれる。しかし先ほどとは明らかに、ラプラの様子に変化が生じていた。

 

「ラプラ……あなたって本当に馬鹿よ……っ」

 

 険しい表情で呟くウネの視線の先には、こちらにロッドの先を向けて戦闘態勢を取るラプラの姿があった。明確にこちらへと敵意を向ける彼の瞳は、濃い真紅の色に輝く。普段の深い青の色の瞳はそこには無く、それはラプラが夢魔の誘惑による暗示で操られたことを示していた。

 ラプラの背後で、イリスがぞっとするほど淫らに微笑む。そして自身の意思を無くしたラプラが、その傍でまた呪文詠唱を始めた。

 

『DTRUCESTIROONCKLLBRFAEAK.』

 

 ラプラの呪文により、ウネの頭上に黄色く輝く魔法陣が現れる。咄嗟にウネは後退したが、魔法陣から生成され落下する重々しい大量の岩が、落下の衝撃で巻き上がった土煙がウネを巻き込んだ。

 

「く、ぅ……!」

 

 呪術攻撃の直撃は避けたが、岩が次々落下する激しい衝撃と土煙に巻き込まれたウネが地上に落下する。そんな彼女の元に、ユーリとアーリィが駆けつけた。

 

「おい、大丈夫かよ?!」

 

「……私は平気」

 

 ユーリの呼びかけに、ウネは体を起こしながら そう答える。しかし彼女は苦い表情で、「でも」と続けた。

 

「ラプラが夢魔に操られてしまった……」

 

「なっ……!」

 

 驚愕するユーリに、ウネは言葉を続ける。

 

「こうなることを私は一番恐れていた……夢魔自身はそれほど強い力を持った魔物ではないから、倒すのは容易なの。でも夢魔の本当に恐ろしいところは、仲間を操って同士討ちさせる能力を持つ事……本来ならラプラほどの実力ある術者ならば、下級の魔物である夢魔の誘惑になど囚われる事は無いのだけれど……」

 

「あの男はイリスに好意を抱いていたから、その想いの隙をつかれて操られてしまった」

 

 自分の言葉の続きを語ったアーリィに、ウネは苦々しい表情で「そう」と頷く。

 

「ラプラが夢魔に操られてしまったことは、色々な意味で最悪の事態……禁術という凶悪な術を習得している彼が意識無いままに暴走すれば、私でも止められるかわからない」

 

「操られたあいつを正気に戻す方法は? 俺の悪夢を破ったみたいに、魔法でどうにか出来ないのか?」

 

 ユーリの問いに、ウネは辛い表情で首を横に振った。

 

「破魔の呪文で夢魔の暗示を解くことは可能だけど、一番重要なのは呪文そのものではなく、操られてしまった人に対して呼びかける存在なの。夢魔の誘惑を打ち破るほどにその者に対して影響ある存在が呼びかけることで破魔の術は効果を発揮して、対象を正気に戻せる場合もある。でも彼の場合は一番影響を持つ存在がイリスだったのだから、その方法で夢魔の幻覚を打ち破る事は出来ないでしょう……そうなると彼を正気に戻すには、元凶である夢魔を倒すしかない」

 

 ウネは溜息を吐くように、辛い言葉を続ける。

 

「それに夢魔に操られている間は、その者は夢魔に命である精気を吸い取られ続けるの。魔族は長命だけど、このまま夢魔に精気を吸い取られ続ければラプラだって無事では済まなくなるかもしれない」

 

 ラプラはウネにとって古くからの大事な友人である。このままイリスだけでなく、彼をも失うなんてことにはなってほしくない。

 

「……めんどくせぇが、でも何とかするしかねぇんだな」

 

「頑張ろう……ここで私たちが彼らを止めないと、子どもたちにも被害が及ぶ事態になるかもしれないし」

 

 ユーリとアーリィがそうそれぞれに呟き、ウネが小さく頷く。直後にラプラの唱える呪文詠唱の完了と共に、巨大な真紅の魔法人が再び夜空に不吉に浮かび上がった。

 

 

 

 

「イリス……」

 

 ウネの聞いて、もうイリスは自分の知る彼ではない存在に堕ちたと知っても、ユエもラプラ同様にその事実を受け入れることが出来ないでいた。

 ローズたちの傍に待機していた彼女は、少し離れた場所でウネたちと戦うイリスの姿を見つめる。

 ラプラがイリスに操られ、自分の意思を失った彼がイリスを守るようにウネたちへ向けて次々に術を放ち、孤児院の周囲の森が焼かれ破壊されているのが見える。事態は最悪を突き進んでどんどんと深刻化していくのが、見ていることしか出来ないでいるユエにも理解できた。

 

(本当に、もう彼は元に戻らないのだろうか……)

 

 諦めるという事は、彼の死を認めるということだ。ずっとそれを回避する方法を求めていたはずなのに……と、ユエは絶望しかけた心にそれを思った。

 

『ユエ……』

 

 脳裏に浮かぶのは、控えめで優しい彼の姿。いつも笑顔で自分を支え、子どもたちの為に力を尽くしてくれていた。

 そして、そうして働く彼の後姿にどこと無く寂しい影を感じていた。いつも見せる屈託ない子どものような笑顔にも、何か寂しい感情が付きまとっていた。その理由を聞くことが何となく不安で、『聞かない優しさ』を言い訳にして知らぬふりをしてきた。

 彼の過去を知る存在が現れ、彼が寂しく笑う理由が何となくわかったが、しかし結局自分は彼の口からその理由を聞いてはいない。このままでは、そのままお別れとなってしまうのだ。本当にそれでいいのだろうか。

 

(……諦められるわけがない)

 

 いっそ完全に人の姿を消して魔物化してくれれば、彼の面影をあの魔物に見ることもなかったのだろう。そうすれば諦める事も、今よりは容易に出来たかもしれない。

 

「あたしは諦めないよ……イリス……諦めらんないんだよ……」

 

 今はまだ諦める事は出来ない。殺す事しか救いは無いと認める事は出来ない。それが自分の正直な気持ちなのだと、ユエはそれを強く自覚する。そして彼女は走り出した。

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