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神化論 after  作者: ユズリ
光の裏側
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光の裏側 16

「!?」

 

 突然ユーリの動きが止まる。彼の間の前から、一瞬にしてイリスの姿が消えたのだ。そして彼は夢魔の幻覚に囚われる。

 

「な、なんだここは……」

 

 イリスが消えただけではなく、いつの間にか彼の目にはアーリィもウネもジュラードたちの姿さえ見えない。周囲は薄暗い森のようで、彼は一人闇に迷ったようにその場に立ち尽くした。

 

「私はここだよ」

 

「!?」

 

 背後から聞えた声に、ユーリは武器を構え振り返る。しかしそこにイリスの姿は無く、代わりにそこにいたのは。

 

「ト、ウコ……?」

 

 乗り越えたはずの悪夢が、再びユーリを捕らえる。

 闇に迷ったユーリの後ろに佇んでいたのは、彼がその手で葬った日の姿そのままで立つトウコだった。

 

「ユーリ、どうして私に武器を向けるの?」

 

「っ……!」

 

 魔物に体を侵食されつつある彼女は、虚ろな瞳でユーリに微笑む。

 『彼女は死んだんだ、自分が殺したんだ』と、そう自分に言い聞かせても、ユーリは自分を責めるように見つめるトウコから目を逸らせず立ち尽くした。

 

「そうか……だってあなたは私を殺すんだもんね、ユーリ」

 

「あ……」

 

 トウコの体が、糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ちて倒れる。血まみれになり横たわる彼女を前に茫然自失とするユーリに、再び背後から声をかける者が現れた。

 

「ユーリ、お前どうして……っ!」

 

「!」

 

 振り返る。ユーリの視線の先には、憎悪の鬼火を瞳に宿したユトナが立っていた。

 

「なんでトウコを殺したんだよ……なんで……なんでっ!」

 

「ち、が……」

 

 迷い込んだ闇の森で、ユトナは怨嗟を叫びながらユーリに刀の切っ先を向ける。

 

「何で殺したんだ、ユーリ!」

 

 暗示のように、叫びが耳元でこだまする。向けられた刃の切っ先が、自分を捉えて向かってくる。だが体は動かない。彼に殺されることを、肉体は甘んじて受け入れようとしているかのように。

 

「死ね!」

 

 何も反応できずに立ち尽くすユーリに、三人目の声が呼びかけた。

 

「ユーリ!」

  

 その瞬間に闇は溶けるように消え、悪夢の亡霊となったユトナも輪郭を失ってユーリの前から姿を消す。闇は、先ほどと変わらぬ孤児院周辺の景色を取り戻す。

 そして金縛りにあっていたかのような体が感覚を取り戻して動けるようになると、背後で自分を救った声がもう一度聞えた。

 

「ユーリ、大丈夫?!」

 

「アーリィ……」

 

 悪夢を見せていた夢魔の幻覚を破る破魔の魔法陣が、ユーリを守るように彼の周囲を球状に包んでいる。

 自分を過去の悪夢から救ったのはアーリィだと気づき、ユーリは不安げな眼差しで自分に駆け寄るアーリィを思わず抱きしめた。

 

「わぷっ……どうしたの?!」

 

「わりぃ、アーリィ……俺、まだあの日の夢を……」

 

 乗り越えた過去のはずだったのに、まだ心があの罪の意識を引きずっていたと知り、ユーリはアーリィに対して深く罪悪感を感じたのだ。何故ならあの日の罪を乗り越えなければ、自分は誰かを愛せる資格が無いのだから。

 ユーリは戦闘の最中だというのに自分を抱きしめて驚くアーリィに、もう一度「ごめん」と謝罪を呟いた。

 

「……ユーリが今、夢魔にどんな夢見させられていたかはわからないけど……」

 

 ユーリの様子から何かを察したらしいアーリィが、彼に抱きしめられたまま小さく言葉を呟く。

 

「でも、ユーリが怖い夢見てたら、これからは私が起こしてあげるから。だからもう大丈夫だよ。ユーリが私のこと、怖い眠りから助けてくれたみたいに……今度は私があなたを助ける」

 

 一度は人格を入れ替えられて自分という存在を消されたアーリィだが、そこから再び自分を呼び覚ましてくれたのは彼だった。

 もう二度と覚めないかもしれない、夢も無い眠りから彼が自分を助けてくれたように、自分もまた彼を助けてあげたい。

 

「うん……ありがとな、アーリィ」

 

 今度は謝罪ではなく、ユーリはアーリィに感謝を伝える。まっすぐな彼女の言葉と想いに、自分はふさわしい存在でいられるようにと、彼はそれを願いながらその言葉を告げた。

 

「むぅ……ところでユーリ、そろそろ離してほしいかもしれない……まだ戦闘中……」

 

 もぞもぞと腕の中で動きながらそう訴えるアーリィの言葉に、ユーリはハッとした様子で「うおっ、そうだった!」と叫ぶ。そうしてアーリィを解放し、彼は周囲を見渡しながら彼女に聞いた。

 

「イリスは?!」

 

「今はあっち……ウネが相手してる」

 

 アーリィが指差す方を見ると、ウネが魔力で生成した白い光の矢を幾重にも放つ姿が見え、その矢が狙う先にイリスが宙を舞いながら回避していくのも確認できる。

 

「幻覚、か……くそ、厄介だな……」

 

「私って”アンゲリクス”だし、心は人のものと構造がちょっと違うからそういうの効かないし、だから私もウネと同じように惑わされる事はないだろうけど……」

 

 アーリィは不安げな面持ちでユーリを見つめる。ユーリはそんな彼女に、安心してもらえるような笑みを見せて「厄介だけど、アーリィがいるから今度は惑わされねぇ」と告げた。

 

 

 

 

 闇を切り裂く白い流星のごとき勢いで、ウネの放つ魔力矢が次々にイリスを襲う。イリスは余裕ある艶美な笑みを消し、若干圧され気味な苦しい表情を見せながら怒涛に襲い掛かる矢を回避していった。

 

「夢魔、あなたの恐ろしいところは簡単に人の心を操り、幻覚を見せて惑わす事が出来るということ。でもそんなまやかし、私には通用しないの」

 

 呟き、ウネはまた矢をイリスに向けて放つ。

 弱いが追尾性能を持った矢がイリスを翻弄し、ウネは回避するイリスの動きを読んで、もう一本矢を放った。

 疾風の如く鋭い矢は、別の矢の回避に気を取られていたイリスの羽を貫く。半透明に輝く羽を傷つけられ、イリスはバランスを崩して地に落ちた。

 

「残念ね」

 

 落下したイリスに狙いを定め、ウネは今までよりも一回り大きく太い矢を魔力で生成する。そして彼女は白く輝く破魔の矢を、落ちて体勢をまだ立て直せずにいるイリスへ向けて放った。

 

「……さよなら」

 

 魔力を凝縮して凶器に変えた矢が、イリスを頭上から襲う。そして浄化の白が彼を貫く寸前、イリスを守るように彼の前に黄色く輝く魔法陣が出現する。ウネの放った必殺の矢は、その魔法陣にぶつかり消失した。

 

「なぜ……?!」

 

 自分の攻撃が妨害されたことに驚くウネに、呼びかける声が届く。

 

「ウネ!」

 

「! ラプラ、あなた……」

 

 呼びかける声はラプラで、彼がイリスを庇ったのだとウネは即座に気づいた。

 

「やはり私には出来ない……イリスを殺めるなんてこと、絶対に……っ!」

 

 イリスの傍に立ったラプラは苦渋の決断を下した表情で、クリスタルの輝くロッドをウネに向けながらそう叫ぶ。ウネはそんな彼に苦い表情を向けた。


「何を言ってるの! 彼の事を想うなら、これしか選択肢は無いはずよ! こうする以外に救いは無いことは、あなたもわかっているでしょう?!」

 

 ラプラの行動を責めるように、ウネは彼へとそう叫ぶ。しかしそれでもラプラはウネと対峙することを止めなかった。

 

「それでも……私には耐えられないのです! イリスが死ぬ姿など、絶対に!」

 

「違う! そいつはもう、あなたや私の知るレイリスではないの! そいつは魔物なのよ!」

 

「いいえ、魔物に堕ちようと、この存在は私には大切な……っ!」

 

 彼にとっては、イリスは次元を超えてまで求めた存在なのだ。心を病ますほどの強い愛情が、ラプラに非情な決断を下すことを決意させなかった。そしてそんな彼に、淫らに妖しい笑みを口元に湛えたイリスが近づく。

 

「ラプラ!?」

 

 イリスはラプラを背後から優しく抱きしめ、蜘蛛が獲物を絡め取るように彼を腕に捕らえる。そうして茫然と立ち尽くす彼の耳元に唇を寄せて、イリスは何かを囁いた。

 

「まずい……っ!」

 

 最悪の事態を予感したウネが叫ぶ。

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