光の裏側 15
ウネはユーリにそう忠告する。そうして彼女はこうも続けた。
「今あなたは彼が『女性』に見えているのしょう?」
「!? ち、違うのか……?」
ウネの言い方から、そう見えてはいるが何か違うようなことを察したユーリは、そう驚いた様子でウネに言葉を返す。ウネは「えぇ」とユーリの返事を肯定した。
「夢魔は相手の性別に合わせて姿を変えるの。彼の姿が女性に見えているのならば、あなたは既に夢魔の幻覚の影響を受けていることになる……気をつけて、隙を見せれば心まで操られる。そうなってしまえば、事態はさらに深刻化するから」
ウネの言葉を聞いても自分が幻覚を見せられていると信じられないユーリは、アーリィへとこう問いかけ てみる。
「アーリィは今のあいつ、どう見えてるんだ?」
「私? ……なんか角とか尻尾とか生えてるけど、かろうじてまださっきの彼の原型留めてると思う……女性では無い気がするけど……」
「マジかよ……」
アーリィの答えに、ユーリはぞっとするものを感じて表情を強張らせる。幻覚と指摘され、それが証明されてもなお自分の目には、変化したイリスは淫靡で妖艶な女性体の魔物の姿にしか見えないのだ。目にしたものが信用できないのならば、他に何を信じればいいのかと、彼はそれを不安に思ってしまった。
「さぁ、お喋りはおしまい。……やりましょう」
見た目を完全に魔物に変化させたイリスが、半月のように唇を歪め、禍々しい笑みをユーリ たちに向ける。そして彼は再び彼らへと襲い掛かった。
ユーリに追い立てられるようにローズの元に向かったジュラードは、こちらもどうしたらいいのかわからずに困惑し立ち尽くす彼女へと近づく。
「ローズ……マヤ……」
イリスが魔物と化したことで、ジュラードの心には大きな不安が生まれていた。
「ジュラード、その……彼は……」
イリスが何に変化してしまったのか、それをどう伝えるべきかローズは迷う。いや、本当はその先の『どうするか』を伝える方が怖いのかもしれない。
ローズが言葉に迷っている間に、ジュラードから彼女に問いを向けた。
「ユーリが……彼を殺すって……そうするしかないって……」
本当にそうするしかないのかと、それを迷い確認するような口ぶりで、ジュラードはローズへとそう告げる。彼の沈痛な面持ちを見て、その問いに答えられないでいるローズの代わりに、マヤが「そうね」と返事をした。
「マヤ!」
「ウネがそう言っていたじゃない。彼は魔物になってしまったの。魔物の本能に自我を飲まれた彼には、もう私たちの声は届かない」
マヤはローズにも言い聞かせるように、そうジュラードの問いに返事する。それを聞き、ジュラードはひどくショックを受けたように「そんな……」と呟いた。
「なんで……なんであの人が……やっぱり”禍憑き”のせい、なのか……?」
呟くジュラードの脳裏に浮かぶのは、最愛の妹の姿。イリスの暴走は、否が応にもジュラードに同じ病に侵されている彼女の最悪の末路を予感させた。
「……ウネはそれが原因だろうって言ってたけど、でもアタシはそれだけが原因ではないと思うの。彼がああなってしまった理由は、他にもある気がして……」
先ほどからマヤは、イリスが魔物化した原因について、何か気になることがあるような事を口にする。ローズは彼女に「他に原因?」と聞いた。
「うん……ローズは感じない? 彼が暴走してからより濃くなった、この辺りに漂うマナの感じ……なんかコレって、どう言ったらいいのかわからないけど……」
マヤにそう指摘され、ローズは彼女が気にするこの辺りに漂うマナというものに意識を集中させてみる。そしてしばらくそうしてマナ に意識を集中させ、やがて彼女も何かに気づいたように顔を上げた。
「……これは……」
顔を上げたローズは、困惑する表情で言葉を探す。ジュラードが「何なんだ?」と聞いても、しばらく彼女は言葉の続きを語らなかった。
「?」
沈黙するローズの様子に、ジュラードも不思議そうな表情となる。
しかしやがてローズは、自分が感じたものを正しく表現できる言葉を見つけたようで、やっとそれをジュラードに伝えるように口を開いた。
「マヤ……を、感じる」
「え? ど、どういうこと、だ……?」
ローズの不可解な言葉にジュラードは困惑を返す。しかしローズもどう答えていいのか迷っていたくらいなので、ジュラードの疑問に彼女も曖昧な言葉を返した。
「わ、わからない……でもそう思ったんだ……なんと言うか、このマナは”彼女”だって……」
するとローズに続けてマヤもこんなことを言う。
「そう、アタシもそんな気配を感じたの。……このマナはこの辺り一帯、そしてイリス自身から漏れ出すように放たれて漂っている。彼はもしかしてこのマナに影響されて……」
この場所に来てからずっと感じ続けていた異質なマナの正体を、マヤはおぼろげながら見つけ出そうとしている。
「もしかして、この異常な気配のマナは……アタシなのかもしれない」
「な、なんだって?」
マヤの不可解な一言に、ジュラードは「どういう意味なんだ、それ」と問う。その時、辺りにまた轟音と衝撃が轟いた。
アーリィが発動させた魔法が、イリスの周囲に凍て付く極寒の吹雪を生む。しかしイリスはその吹雪を腕の一振りで消失させ、アーリィを驚かせた。
「魔法が効かない……?」
「並みの威力の術じゃ彼には通用しない。魔法しか効かない魔物もいるけど、夢魔はその反対で魔法に強い魔物の一種だから」
驚くアーリィにウネがそう告げ、「攻撃するならもっと高威力の術か、直接攻撃の方が効果がある」と付け足す。
「ならアーリィはサポートに回ってくれ! 俺が行く!」
ウネの言葉を聞いたユーリが、そう言ってイリスに向けて駆け出す。アーリィは「うん!」と返事し、彼を援護する為の術の準備を始めた。
駆け出したユーリは一瞬でイリスとの距離を詰め、彼に両手の凶器の刃を向ける。直ぐにイリスもターゲットをユーリに変え、応戦した。
「まさか、こんな形でてめぇと決着つけることになるとはな……」
淫靡に微笑むその顔にだけかつての”レイリス”の面影を残し、完全に異形の魔物に姿を変えたイリスに向けて横薙ぎに刃を払う。右手の一閃をイリスは無駄の無い動きで回避したが、続けざまに放った左手の一撃はイリスの右胸に浅くは無い傷を生んだ。
手ごたえにユーリが笑み、そして勢いのまま攻めようと彼がもう一歩前進した瞬間、イリスもまた妖艶な笑みを濃くした。
世界が暗転する。




