光の裏側 13
ローズからジュラードに襲う標的を移したイリスは、”人”だった時以上の驚異的な身体能力でジュラードを追い詰める。
「ガアアぁあァあぁッ!」
「せん、せ……っ!」
ユーリと違って武器を持たずにここに来てしまったジュラードは、丸腰の状態でイリスに襲い掛かられる。
蒼くオーラを纏った足がジュラードの腹部を打ち、ジュラードは悲鳴と共に後方へ吹き飛んだ。
「あああぁっ!」
謎のオーラが力を与えているのか、想像以上に重く衝撃あるイリスの攻撃に、ジュラードは受身を忘れて激しく転がる。そのまま衝撃で意識が朦朧とする彼を、さらにイリスが執拗に追った。
地面に転がるジュラードに、イリスが飛び掛る。
「ぐっ…… ぁ……!」
体重をかけてジュラードの上にのしかかり、イリスは彼を羽交い絞めにし捕らえる。動きを奪われた彼に、イリスは異質な瞳を向けて壮絶な笑みを向けた。
感情ある人の笑みではない異常な笑みに、ジュラードの背筋が凍る。自分の知るイリスという人物の意識は、そこには微塵も存在していないように見えた。
『frEEzEShoOTsWoRDmyriAD.』
羽交い絞めに捕らえたジュラードを救ったのは、アーリィの呪文詠唱の声だった。
正確にイリスのみを目標にして、顕現した魔法陣から無数の氷の刃が放たれる。その気配を感じたイリスは、素早く飛びのいてそれを回避した。そしてイリスが回避したことで、ジュラードも解放される。
『iCEcoNfINewAllFreEZecaTcH.』
続けてアーリィが紡いだ呪文は、飛びのいて回避したイリスの周囲に四方を囲むように分厚い氷の壁を生み、その分厚い氷の壁の中にイリスを閉じ込める。そうして一先ずイリスの動きを封じた彼女は、ジュラードに近づいて「大丈夫?」と彼を支え起こした。
「あ、あぁ……すまん……」
「ううん。それより……あの人は魔物だったの?」
起き上がりながら問いかけられたアーリィの言葉に、ジュラードは「なに言ってるんだ」と不可解な表情で返事を返す。
「あの人は魔物なんかじゃない」
「そう? でも……」
ジュラードの返事を聞き、今度はアーリィが不思議そうな様子となる。彼女はイリスを閉じ込めた氷の壁を見つめながら、ジュラードを驚愕させる一言を発した。
「あの人、もう人じゃない。あの気配は……魔物」
「え……?」
ジュラードたちより先に変化したイリスと対峙していたラプラは、彼の攻撃をまともにくらってひどく負傷していた。
「う、ぐ……」
「ラプラ、今回復する」
イリスの興味が他にいった隙にラプラの元に駆けつけたウネは、腕や胸などを痛々しい赤に染めて呻く彼に回復術を施した。
ウネが紡ぐ柔らかい光が、ラプラの体の傷を徐々に癒していく。
「……ありがとうございます、ウネ」
「いいの。……それよりラプラ、これはとても恐ろしい事態が起きたと私は思うのだけど」
ウネの固い声に、ラプラは癒えたばかりの体を起こして険しい表情を返す。
「彼……イリスのあの様子は」
「ウネ、止めてください。それ以上は……聞きたくない」
イリスの変化に何か心当たりがある様子の二人は、イリスが閉じ込められた氷の壁を見つめて言葉を交し合う。
ウネの言葉の続きを拒んだラプラは、ひどく悲しい眼差しを零度の檻に向けていた。
「いいえ、認めるべき。逃げてはいけないわ、ラプラ」
「し、かし……しかし、そんなはずは……あり得ない、魔族でない者がそうなるわけ……」
「可能性はあるでしょう。彼は、少しとはいえ私たちと同じ血が流れているのだから。……きっと”禍憑き”という病が、ああなる原因を引き起こしたのよ」
「だが……っ!」
ウネの光無い瞳が、ラプラに向けられる。彼女もまた悲しい感情をそこに隠しながら、彼にイリスに起きた可能性を言葉にして告げた。
「彼は魔物化している、ラプラ。ああなった者はもうヒトには戻れない……殺しましょう、私たちの手で。それが彼を救う方法だから」
「……」
険しい表情のまま沈黙するラプラは、結局ウネの言葉に返事を返すことが出来なかった。
たとえそれしかヒトならざるものに堕ちた彼を救う方法が無いのだとしても、それを選択することが出来ない。その決断が出来ない。
「……私は行く、ラプラ。私は彼を救いたいから」
ラプラの返事を待たず、ウネは自身の武器である白い弓矢をその手に召喚する。そして彼女はそれを構え、ラプラから離れていった。
「一体……一体何が起きてるんだい……っ!」
イリスの謎の暴走に対し、ユエは誰に問うわけでもなくそう叫ぶ。彼女は叫ばずにはいられなかった。
「イリスはどうなったんだ……? あいつは……」
混乱する彼女の傍で、ローズも彼女同様に困惑した表情で立ち尽くす。彼女もまたユエと同じ疑問の答えを求めていた。
「マヤ、一体何が起きてるんだ?」
堪らなくなりローズがマヤにそう聞くと、マヤは「詳しくはわからない」と答える。
「ただ、この周辺……彼を中心として濃く漂うマナは普通じゃないわ。何ていうか、これは……」
マヤがそう何かを言いかけた時、彼女たちの元にウネがやって来る。彼女はまだイリスがアーリィの術に囚われている事を確認してから、ローズたちにこう説明を始めた。
「あの呪術でいつまで足止め出来るかわからない……だから急いで説明するから聞いて欲しい。今の彼は魔物になっているの」
「ま、もの……?」
茫然としたユエの呟きに、ウネは険しい表情のまま「そう」と頷く。ローズも衝撃を受けたように目を見開き、「どういうことだ?」と彼女に聞いた。
「私たち魔族は稀に魔物と化すことがあるの。滅多にないことなのだけど、でもそういう場合がある。そしてそうなる原因でよくあるのは、肉体をより強力に変化させるような呪術を体に施した場合の失敗」
「強化の失敗……? それが、イリスとどんな関係が……」
「あくまでそれは、魔族が魔物に変わる可能性の一例でしかないけども……大事な事は、私たち魔族は元を辿れば魔物と同じということ。進化の過程で知性を得た魔物が、”魔族”として生きることを決めた。だから私たちは遺伝子に魔物としての本性も宿している。それが何らかの外的要因を受けて目覚め、理性を失い魔物として暴走することが稀にあるの」
ローズの疑問に、ウネは「だから彼の場合の原因は他にある」と答える。
「彼の場合は”禍憑き”、かしら?」
マヤがそう口を開くと、ウネは「おそらく」と頷く。二人のやり取りを聞き、ユエは絶望したような表情で「そんな……」と力無い言葉を呟いた。




