光の裏側 12
ローズたちがたどり着いた先は、イリスの部屋だった。そして既にそこにはジュラードやユーリ、ウネにユエの姿があった。
「どうしたんだ?!」
皆の元に駆けつけながらローズがそう声をかけると、部屋の中でまた激しい音が衝撃と共に生まれる。窓ガラスをまた大きく割る音が聞え、ウネが部屋の中に入っていくのが見えた。
「おい、一体何が……」
ローズがユーリにそう聞くと、ユーリは何か苦い顔でローズにこう答える。
「どうも最悪な事態になった」
「最悪?」
聞き返しながらローズが部屋の中に視線を向けると、部屋の中は滅茶苦茶に荒れていたが、中には人の姿は無かった。そのかわり、大きく破壊された窓から夜風が吹き付けるのを感じる。
「……魔物が出たのか?」
部屋の荒れ放題の様子からローズがそう呟くと、傍でジュラードが「違う」と答える。彼は痛みを堪えるような眼差しで窓の外をじっと見つめ、ローズにこう告げた。
「先生が……イリス先生が、おかしなことに……」
どうしたらいいのかわからないといった様子で、ジュラードはそう頼りない声でローズに告げる。
「おかしなことって……?」
そうローズが聞いた時、今度は外から激しい破砕音が振動と共に聞えてきた。
「先生、これって一体……!」
騒ぎを聞いて、目を覚ましたエリとトウマが駆けつける。しかしユエは二人に「いいからお前たちは子どもたちのこと見ててくれ」と言って、二人を幼い子どもたちの元に戻るよう言った。
「でも……っ!」
「いいか、お前たちは絶対外に出るなよ。そして部屋で大人しく待ってな。……絶対にだ」
有無を言わさぬ険しい表情でそう二人に告げたユエは、それでも迷う二人に「早く戻りな!」と叫ぶ。すると二人は躊躇いながらも、幼い子どもたちの元へと賭け出した。
「あんなイリスの姿……子どもたちには見せられない……」
エリたちがいなくなるのを確認しながら、ユエは悲痛な面持ちでそう呟く。それを聞いたローズは、ユーリの言う『最悪』が一体何なのかを少し理解した気がした。
「この部屋の荒れようって、もしかして彼が……」
ローズがそう呟いた時、また外が揺れる。マヤはロー ズに、「外に出てみましょう!」と言った。
「あ、あぁ!」
頷いたローズは、迷わず割れた窓から外に飛び出す。彼女のその行動を見たジュラードやユーリも、覚悟した表情で彼女の後に続いた。そしてユエも。
「イリス……」
小さくその名を呟き、ユエも月明かりの下に向かう。煌々と、皮肉なほどに美しい満月が輝く夜だった。
外に出たローズが見た光景は、想像を遥かに超える最悪の事態だった。
「なんだ……? どういうこと、なんだ……?」
ローズの視線の先には、白く輝く月明かりの下に立つ、それよりも尚白く、そして蒼く輝く光を纏う人物がいた。
「レイリス……?」
ローズが見つめるのは、確かにイリスだった。だが彼が知るイリスではない。背に青白い羽を纏い、体中を”禍憑き”の刻印に蝕まれながら、羽と同じ色の光の中で無造作に立つ彼は、人ではなく魔族のように見えた。
「どういうことなんだ? 彼はゲシュだけど……あれじゃまるで……」
呟きと同時に、彼と目が合う。ただそれだけでローズは背筋に冷たいものを感じた。
見詰め合った眼差しに、ローズは一切の人らしさを感じなかったのだ。それはかつてのアーリィに感じた無機質さなどではなく、人ではない別の狂気をその身に宿しているかのような違和感と恐怖。それを真正面から受け止めたローズは、金縛りにあったかのように無意識に動けなくなった。
「っ……!」
獲物を狙うイリスの眼差し にローズが硬直すると、自我を失い暴走するイリスの狂気の矛先が彼女に向かう。
「ああ゛あぁアあ゛アァあァッ!」
「!?」
人ならざるものに堕ちたイリスの狂気に囚われ、イリスが雄叫びと共に自分に向けて飛ぶように迫ってもなおローズの足は動かなかった。
「ローズ、避けて!」
マヤの悲鳴のような叫びが、どこか遠くでの声のように聞えた。
青白いオーラのようなものを纏ったイリスの腕が振りかぶられ、ローズを狙う。胴と頭を力任せに引き離そうと迫ったイリスの腕が目の前で宙を狩った瞬間、ローズは誰かによって腕を引かれて回避させられたことに気づいた。
「ローズ、ぼさっとしてんなっ! 死ぬぞ!」
「ゆ、ユーリ……」
動けぬ自分を助けたのはユーリだったらしく、ローズは彼にそのまま庇われつつ後退しながら「すまない」と呟く。獲物を逃したイリスは、今度は傍にいたジュラードを標的にしていた。
「いいから、戦えねぇならお前は下がってろ! あぶねぇよ!」
「た、戦うって……お前、まさか彼と戦うつもりなのか?」
ユーリによって後退させられたローズは、彼の言葉を聞いて表情を強張らせる。
ユーリは険しい表情でイリスを見つめながら、「当然だろ」とローズに答えた。そう答える彼の手には、ここに来る時に持ってきていたらしい短剣が二本握られている。
「そんな……だけど、彼は……」
かつてはイリスとは死闘を繰り広げた関係ではあったが、しかし二度目の審判の日にその関係も終わったとローズは思っている。
そして今現在のイリスは、未来ある子どもたちの為に努力し支える人物であり、その生き方は自分たちと対決していた頃の彼とは違う。過去を悔いて、笑顔で生きる道を模索する為に生きているのだろう。
子どもたちの様子やユエの話を聞けば、彼はこの孤児院には必要な存在だとローズは考えている。そんな彼と戦うことは、一体何を意味するのか……それを考え、ローズは顔色を悪くさせた。
「彼を傷付ける、のか……?」
「……そうでもしなきゃ、あれは止まらねぇだろ。あの様子じゃあの野郎、完全にイっちまってる」
「……まさか、殺すなんてことは……」
月明かりの下でよく見えるユーリの横顔を見つめながら、ローズは答えに怯えるように問いを向ける。ユーリは険しい横顔を向けたまま、彼女の問いに答えた。
「あぁ、そのつもりだ」
その答えを聞いて、ローズは思わず彼に叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待ってくれユーリ、彼はだって……ここに必要な人じゃないか!? 殺すなんて……ユエさんや子どもたちが……悲しむ……」
「けどあいつのあの姿よく見てみろよ……あんなの明らかに普通じゃねぇ。ローズ、お前はあれに言葉が通じると思うのか?」
「それは……」
「……だから、それ以外にあいつを止める術はねぇだろ」
「……」
ひどく冷静なユーリの返事に対し、どう言葉を返せばいいのかわからない。
茫然と立ち尽くすローズに対し、ユーリはただ一言「お前はここ動くなよ」とだけ言い、武器を握り締めて彼は駆け出した。




