光の裏側 11
「それは……?」
苦しそうに呼吸を繰り返しながらも問うイリスに、ラプラは微笑みながら告げる。
「だから、生きることです」
「……」
ずっと暗示されていたその言葉を改めて告げられ、イリスはその意味を思い出す。その言葉には理由があることも。
頼りない眼差しでラプラを見つめるイリスは、やがて彼の言葉を受け入れるように小さく頷いた。
「わか……った……」
「そうですか」
イリスの返事に、ラプラはどこか安心したように微笑む。それに対してイリスは、どう反応したらいいのか困った様子で俯いた。
「それに……私には悔しいことですけど、あなたの好意の気持ちは私ではない別の方に向けられているでしょう? 」
「へ?」
唐突に妙な事を言われ、イリスはまた顔を上げる。ラプラは寂しげに微笑んでいた。
「ユエさんのことが好きなんですよね?」
「……えっ!?」
急に何を言うのかと、イリスはひどく動揺しながらラプラを見つめる。咄嗟に彼は「何を言って……」と否定しかけたが、しかし誰かにこうして指摘されて自分の気持ちを改めて自覚した。
「あ、赤くなってますねイリス! なんて可愛い……やばい鼻血出そうです、こんなイリス初めて見ましたハァハァ……これは貴重な……あぁ、映像におさめておきたい……っ!」
「う、うるさいなっ! 熱、熱あるから! そのせい!」
熱以外の理由で熱い頬を両手で押さえながら、イリスはラプラ を恨めしそうに睨みつける。
「……な、なんでそんな、私が彼女を好きだってわかるの?」
否定は嘘になりそうだったので代わりに問うてみると、ラプラは何故か自信満々な様子でこう答える。
「それはわかりますよ! あなたのことなら何でもね!」
「……そう……ですか……」
呆れたような疲れたような、そんな返事を返すイリスに、ラプラは気にせず言葉を続けた。
「ですから、彼女の為にも生きる事を諦めてはいけませんよ」
「……それってラプラ、私のことは諦めるっていう返事?」
「いえいえ、まさか。あなたの気持ちは認めつつ、私はそれ以上に頑張るという宣言です! 恋は障害が多いほど燃えますし!」
「あ、そう…… 」
にっこり微笑みながらそう答えるラプラに、イリスは彼には敵わないと思い溜息を吐いた。しかし、そんな態度のラプラは嫌いじゃない。
「……ホント、お兄ちゃんみたい」
「な、何でしたら『お兄ちゃん』と呼んでくださっても結構ですよ? そういうプレイもなかなか興奮……」
「やだ、ぜーったい呼ばない」
イリスの返事にラプラは心底残念そうに肩を竦める。そのラプラの反応を見て、イリスは可笑しそうに笑った。
「あはは、ラプラってば……ゴホッ、コホッ……」
「!? イリス、大丈夫ですか?」
急に咳き込んだイリスを心配し、ラプラがそう声をかける。イリスはゼェゼェと喉に何か絡んだような苦しそうな呼吸をしながらも、「大丈夫」と答えた。そして顔を上げてラプラを見る。ラプラの表情が驚きに変わった。
「……いえ、大丈夫じゃなさそうですね」
「え……?」
ラプラは不思議そうに自分を見るイリスに、傍にあったタオルを手にしながら「鼻血が出てます」と告げる。
「え……あ、ホントだ……やだな、恥ずかしい……」
「これで押さえて……少し、長く話しすぎましたね。すみません、あなたは安静にしているべきだったのに」
イリスはラプラからタオルを受け取り、ラプラは彼に「寝ていてください」と告げる。
「やはり熱も高いです。薬は必要ですね、私が取ってきましょう」
「ご、ごめん……」
謝るイリスの声を聞きながら、ラプラは立ち上がる。そして彼が「気になさらず」と返事をした直後だった。
「っ……ぐっ……あ、あぁ……」
「? ……イリス?」
急に様子のおかしくなったイリスに、ラプラの動きが止まる。イリスは苦しげな呻き声を発しながら、ベッドの上で体を丸めた。
「イリス、どうしたのですか?!」
ラプラが慌ててイリスに寄る。そしてその肩に手を触れたとき、彼は異様な気配をそこに感じて一瞬動きを止めた。
「な、んだ……」
何か異質なものが、イリスの体から溢れている……。
そんな感覚を手に感じ、ラプラはイリスに必死に声をかけた。
「イリス、しっかり!」
「あ、あぁ、ぁ……ガっ……あ、ア、あァ……!」
ひどく苦しそうな呻きを発していたイリスが、呼びかけに反応してか顔を上げる。そしてその瞳に映るものを見て、ラプラは驚愕に目を見開いた。
「!?」
イリスの蒼い瞳に見えたのは、自分たちと同じ細い瞳孔。いや、自我と理性を失いつつあるその瞳は代わりに野蛮な獣の本能を宿し、その瞳の変化は魔族というより魔物に近いとラプラは思った。なんにせよ、異常事態だ。
「イリス、しっかりして! 私がわかりますか?! イリス!」
「アアァ、あ、……ウアアァああぁアァッ!」
獣の雄叫びのように吼え、イリスの体からあの異質な”何か”が溢れ出る。その溢れる何かの一部は衝撃波となり、ラプラを襲った。
「うぐっ……!」
吹き飛ばされたラプラは、部屋の壁に叩きつけられる。窓は割れ、部屋の椅子や棚などの物は、彼と同じように部屋の隅へと飛ばされて、部屋は一瞬で滅茶苦茶になった。
「い、りす……?」
体の痛みを無視しながら、ラプラはゆっくりと体を起こしてイリスを見る。彼の瞳に映ったイリスは、今の衝撃の一瞬で彼の知る人物では無くなっていた。
「なんだ、これは……」
細い瞳孔を映す蒼い瞳にはイリスの意思は無く、獣の本能が殺気と共にその瞳に宿る。彼が纏った衣服の隙間からは、”禍憑き”の刻印である模様が体中に広がっていることが覗き見えた。
その背に魔族のとある種族の持つものと同じ蒼く透明に輝く羽を纏い、イリスはラプラを”獲物”として見つめる。イリスの体から溢れる何かが、オーラのような青白い輝きを纏い、辺りを幻想の色に染めた。
「これは……マナ、なのか?」
異様な変貌を遂げたイリスを中心に部屋中に溢れる異質な”何か”の正体に気づいたラプラがそう小さく呟く。その瞬間、完全に理性をなくしたイリスが魔獣の雄叫びと共にラプラに襲い掛かった。
「ガアアぁあぁァアあぁッ!」
「っ……!」
「!?」
激しい物音と異質な気配を感じ、ローズは目を覚ます。彼女はまだ若干覚醒しきっていない頭で、「何の音だ?」と考えながら体を起こした。
「ローズ」
「あ、マヤ……」
ローズがその気配に気づくより先に目を覚ましていたらしいマヤは、異質な気配の正体を探る様子で辺りを窺う。そうして彼女はローズに告げた。
「何か問題が起きたようね。この建物の何処かで……」
「ここで……」
ローズはラフな寝間着のまま布団から出て立ち上がる。うさこはぐっすり寝ていたのでそのままにし、ローズはアーリィの方を見た。するとアーリィも異常事態に気づいて目を覚まし、こちらも寝間着のまま立ち上がってローズに近づいた。
「何かあった……?」
「あぁ。だが何があったのかはわからない。行ってみよう」
アーリィの問いにそうローズは答え、彼女は歩き出す。マヤは彼女をナビゲートするように、異様な気配の溢れる方向を指示した。




