光の裏側 10
ラプラの顔に両手で触れ、引き寄せる。そしてイリス自身もベッドの上で身を乗り出し、彼に近づいた。
互いの唇に、吐息が触れ合う。
「イ……」
名を呼ぶ声を遮るように、イリスは困惑したラプラの唇を自分のそれで塞ぐ。そのまま数秒、触れ合うだけの口付けが続いた。
目を見開いて硬直するラプラに対し、突然こんな行動に出たイリスは落ち着いた様子で唇を離し、閉じていた目を開けてまた間近で彼を見つめる。
「っ……」
ただ触れ合うだけの口付けだったのに、突然それをされたラプラは子どものように急激に頬を赤くして戸惑った声を発した。
「え、なっ、ど、どういうことでしょう!?」
動揺し軽く混乱するラプラに、一人落ち着いた様子のままイリスはこう口を開いた。
「抱いていいよ」
「え……?」
イリスが何を言ったのか、それを理解するようにラプラは「それはどういう意味ですか?」と返す。聞き間違いか、あるいはなにか言い間違えたのか……そう考えたラプラに対し、イリスはやはり同じ言葉を繰り返した。
「抱いていいよ、私のこと」
「だ、抱くって……それはそういう意味ですか?! そんな、いいのですか……?!」
イリスのまさかの発言にラプラはまた激しく照れて動揺するが、直ぐにイリスの異常な落ち着きと様子に気づいた彼は少し冷静になった。
「イリス、一体どうしたのですか?」
冷静に考えれば、まともな精神状態のイリスが自分にそんなことを言うはず無いと、一応ラプラもそういう常識的な認識はしているのだ。ラプラはまた急に不安な気持ちになり、イリスを心配した眼差しで見つめた。
「おかしいですよ、今のあなた……熱で正常な判断が出来ていませんね? やはりもう少し寝ているべきだ。薬を持ってきましょう。それを飲んで、もうしばらく……」
「ううん、薬なんていらない……確かに今は熱あるけど、これでも冷静に考えて発言してるつもりだから。それにさっきより体調がマシなのも本当だから、今がチャンスだよ? 今なら多分……あなたがリードしてくれるなら、出来ると思う」
移らない病ならば今の状態でも交われると、そう囁きながらイリスはもう一度ラプラに唇を近づけた。
「大丈夫、声は抑えるから……だから早く済まそう?」
「そ、そういう問題では……っ」
再びの口付けを、今度はラプラも明確に拒否する。体を離して自分を安静に寝かそうとするラプラに、イリスは訝しげな眼差しを向けた。
「……どうして拒否する? あなた、私が好きなんでしょう?」
イリスの問いに、ラプラは「えぇ」と頷く。「なら」と言葉を繋ぎかけたイリスに、ラプラはこうも付け足した。
「しかしあなたはそうじゃないでしょう?」
「……好きだよ、あなたのこと」
一瞬の間の後に、イリスはラプラをまっすぐ見つめながらそう答える。しかしラプラは首を横に振った。
「では、愛していますか?」
「それは……」
今度は問いに答えられず、イリスは頼りない表情で言葉を失う。そのイリスの反応を見て、ラプラは溜息を吐くように言葉を紡いだ。
「ならば抱けませんよ。こんな状態ならば尚更です」
非常識で異常な行動と言動の目立つラプラも、重篤な病人に負担を強いる行動を取るような真似はしたくない程に常識的ではある。
それに本人は冷静のつもりだが、明らかに今のイリスの状態は異常だ。言動や行動がどこか投げやりで、何か自ら破滅に行くことを望んでいるように見える。
「何故……私がいいと言っているんだから、私の感情なんでどうでもいいでしょ? これは合意の上での行為になるんだよ? だから何も、拒否する理由なんて……」
「でもあなたは、少なくとも私を愛してはいない。愛してない相手との行為など、苦痛なだけですよ」
どこか寂しげに呟かれたラプラの言葉に、イリスは挑発的な歪んだ笑みを見せた。
「愛? あぁ、普通の人はそうだろうね。でも大丈夫、愛なんて感情がなくても私はセックス出来るから。それにセックスは気持ちいことなんだから、快感はあっても苦痛なんてあるわけないじゃん」
「イリス……」
いつの間にか、過去の自分に戻ったようだった。心を究極に追い込んで、苦痛を麻痺させていたあの頃に。
熱のせいだろうか。頭はぼんやりしているのに、勝手に言葉は口から出てくる。
「だから抱いていいよ、ラプラ。本当のこと言うと、私がしたいんだ……ずっと病気で苦しかったから、気持ち良くなりたいの。頭の中、真っ白になるあの快感が欲しいんだ」
「……違う」
異常なイリスの言葉を否定し、ラプラはどこか悲しげな眼差しで口を開く。
「そんな投げやりな言葉が本音ではないでしょう、イリス……どうして突然あなたが、抱いてなどと言ったのか……」
まるで心を見透かすような、そんな真っ直ぐな眼差しで自分を見つめてくるラプラに、イリスは静かに動揺した。
「本音は別だ。それも、きっともっと悲しい理由でしょう……だから私は拒んでいるんですよ」
本当に心を見透かされたかのようなラプラの言葉に、イリスは今度こそ動揺を示す。彼もまたひどく悲痛な表情となり、搾り出すような声でこうラプラに告げた。
「だって、私はもう直ぐ死ぬんだよ? 優しいあなたにも、ユエたちにも何もしてやれないままに……」
「……やはりそれが本当の理由ですか」
「そうだよっ! だから……せめてセックスくらいって思ったんだよ! 今の私に、ほかに何が出来るって言うの!?」
熱と、そして気弱になった心が異常な行動にイリスを駆り立てたのだろうと、ラプラはそう理解する。叫んだ拍子に咳き込んだイリスを「大丈夫ですか?」と気遣い、そしてこう続けた。
「罪悪感を抱くなら……先ほども言いましたが、生きる気持ちを持ってください。それに何も出来ないとあなたは嘆いていますが、あなたには皆が一番に望む事が出来るチャンスがあります」




