光の裏側 9
魔物にまで対抗心むき出しにするマヤにローズは苦笑しながら、うさこを自分の布団に入れる。隣では疲れたのか、アーリィが既に布団に横になって小さく寝息を立てて寝ていた。
「しかし相変わらずアーリィは寝るの早いな。さっき布団に入ったばかりなのに……」
自分も布団に入りながら、ローズは隣で眠るアーリィを見てそう小声で呟く。マヤは就寝時も胸に挟まれて休むのが通常となっているので、いつも通りの定位置に収まりながら「そうね」とローズの言葉に返事した。
「疲れてるんでしょうね……そういえばローズは大丈夫なの?」
「ん? 何がだ?」
体を横にしたローズは、マヤの問いに不思議そうに言葉を返す。マヤは「疲れてないかな~って思って」と聞いた。
「そういえば今はそんなに疲れてないな……まぁ、眠気はあるけど」
「そう、それは意外ね。体力的には今のあなたとアーリィは同じなはずなんだけど」
「ん~……魔法使ってないし、魔力がだいぶ回復してきたってことじゃないかな? 俺も魔法使った後とか、魔力減ってる時はすっごい疲れやすくなるし」
「あぁ、それはそうかもね」
答え、ローズは嬉しそうに笑って「もう直ぐまた俺たちも魔法が使えるな」と言う。マヤはそんなローズの様子に苦笑を漏らした。
「魔法が使えて随分嬉しそうね、ローズ」
マヤのその言葉に、ローズはこう答える。
「まぁな。……何も出来ない足手まといは辛いからな」
戦う仲間の後姿を眺めていることしか出来ないのは辛い。
戦えないならばせめて別の形で皆の役に立ちたいが、自分で出来る事を考えて行動しなくてはいけないのだからそれも案外難しいのだ。
彼女は”無力”であることが本当にコンプレックスなのだと、ローズの言葉を聞いて改めてマヤはそれを感じた。そしてそれがコンプレックスになった原因は自分にあると、マヤはそれを自覚している。過去のアリアの経験から生まれたそれは、今尚ローズとなっても引きずり続けているのだろう。
だから彼女はローズにこう返事をする。
「……アタシはあなたが傍にいてくれるだけで満足だし幸せなんだけどね」
「え?! な、なんだよ急にっ」
唐突なマヤの言葉に、ローズは照れたように顔を赤らめる。今の自分の言葉には、『だからあなたは無力でもなんでもない。あなたが傍にいてくれることが自分には意味があるのだから』という言葉が続くはずだったが、ローズの反応が思いのほか可愛くて、マヤはその先の言葉はあえて言わずに微笑んだ。
「マヤ? なんだよ、急に黙って……」
「うふふ、ローズが可愛いからニヤニヤしてたの」
「え?! ど、どういうことだ? 大体さっきの発言もいきなりだし……」
ローズは訝しげな眼差しをマヤに向け、「何か変だぞ?」と彼女に言う。マヤはただ笑って誤魔化すだけだった。
「それよりほら、ローズも寝ましょうよ。眠いんでしょ?」
「ん……ま、まぁ……わかった」
納得いかなそうな顔をしたローズは、しかしマヤの言うとおり眠くはあるので、さっさと寝たアーリィを見習って寝る事にする。
まだまだ問題はたくさんあるが、しかしそれを解決する為にも体を休める事は大切だ。
「おやすみ、マヤ」
「おやすみなさい、ローズ」
「きゅううぅ~」
「あ、うさこもおやすみ」
ローズは目を閉じ、浅く息を吐いた。
目を閉じて、ふと彼女は考える。”禍憑き”がマナが満たされたことによって復活した病ならば、そうなる原因を作ったのは他ならぬ自分たちではないのか、と。
(そんなことを言ったら、マヤは悲しむだろうな……)
あるいはもうマヤもそれに気づき、だから彼女も”禍憑き”の治療法を見つけようと一生懸命になっているのかもしれない。
変化がもたらす結果は、良い事ばかりでは無いことはローズも理解している。だがそれでもこの世界は、マナで満ちるべきだったと彼女は思う。
(……止めよう、今考えるのは。今は寝て……明日また、考えよう……)
目を閉じた事で、睡魔が急激に襲ってくる。それに抗うことなく身をゆだね、ローズは静かに寝息を立てた。
ローズが目を閉じた頃、彼はいつの間にか落ちていた眠りから目を覚ましていた。
(……のど、かわいたな……)
ぼんやりと自室の天井を見上げながら、イリスはそんなことを考える。相変わらず体は鉛のような重たさで気分は最悪だが、今は起き上がれないこともない程度には 回復していた。
(みず、のもう……)
喉の渇きをどうにかしたくて、イリスはだるい体を起こしてベッドから立ち上がろうとする。すると傍の椅子で窮屈そうに眠っていたラプラが、イリスが目を覚ましたことに気づいて、こちらも目を覚ました。
「あ、イリス!」
ラプラはイリスを見て喜んだ直後に、捨てられた子犬のような悲しい表情になる。彼は子犬の眼差しのまま、「どうしたんですか?」とイリスに聞いた。
「寝ていた方がいいですよ」
「うん……でも喉渇いたから、水飲みたくて……」
熱があるのか、頭もぼんやりする。だから尚更冷たい水が飲みたくて、イリスはそうラプラに訴えた。
「水! わかりました、私が取ってきます!」
「……ありがと」
使命に燃えるかのような様子で部屋を出て行ったラプラをぼんやり眺めながら、イリスは何故彼はそこまで自分に好意を寄せているのだろうかと考えた。
正直ここまで献身的に想われると、こっちも色々精神的に辛い。自分は彼の想いに応えられないのだから、それは尚更だった。
(それにどうせ私は死ぬんだ……)
”禍憑き”に効果があると思われた回復術が効かなくなり、まだ治療法は判明していない状況で、イリスはまた死を間近に感じていた。
(死ぬとわかってるんだから、私のことなんてさっさと忘れるべきなのに……)
ぼんやりとしたままラプラを待っていると、コップと水差しを持って彼が戻ってくる。ラプラは「お待たせしました」と言い、コップに水を注いでイリスにそれを手渡した。
礼を言ってそれを受け取り、イリスは水を飲み干す。心地よい冷たさで喉が潤されると、少しだけ気分が楽になったような気がした。
「イリス、もう一杯飲みますか?」
「ううん、いいよ。ありがとう、少し体調も良くなったような気がする」
「本当ですか?!」
パッと表情を期待に輝かせるラプラを見て、イリスは不意に胸の辺りが傷むのを感じる。
自分は、こんなに自分を想ってくれる彼に何もしてやれないどころか、心を縛る重しという負担になっているという自覚からの痛みだろう。
「……」
「イリス? どうしました……?」
沈黙した自分を、また不安げな眼差しで見てくるラプラに気づき、イリスは意識を彼に戻した。
「やはりまだ具合がよろしくないのでは……」
「……ラプラ」
自分を気遣うラプラの言葉を遮るように、イリスは彼の名を呼ぶ。ラプラは「何でしょう?」と返事をした。
ぼんやりと、熱に浮かされた思考のままイリスは彼に手を伸ばす。
「イリス?」




