光の裏側 7
「さて……今のところわかってるのはこれくらいかしらね?」
マヤはローズのメモを見て一通り情報が出終わったのを確認し、そう呟く。直後にユエが口を開いた。
「で、マヤさんが心当たりのある病気ってのは一体なんなんだい?」
ユエは昼間にレイヴンの診療所でマヤが口走ったことが気になるのだろう。いや、それはユエだけじゃなく、ジュラードや他の者も気になっている話だった。
「そうね、じゃあ次はそれについて話しましょうか。ぶっちゃけアタシはこれが”禍憑き”の正体じゃないかって考えてるんだけど……でも繰り返すけど、治療法まではわからないのよね」
そう言い、彼女は心当たりのある過去の病気について語ろうと口を開いた。
ジュラードたちが話をしている頃、アーリィはうさこと共にリリンの部屋で彼女と遊んでいた。
「うさこって冷たくて気持ちいいし可愛いね~」
「きゅいぃ~」
すっかりうさこをお気に召した様子のリリンが、うさこをぎゅっと胸に抱きしめながらそう言う。うさこはちょっと苦しそうな様子で鳴いたが、しかし大人しくされるがままに彼女の腕に抱かれていた。
「アーリィお姉ちゃん、うさこって魔物なんだよね?」
うさこを抱きしめたまま、リリンがアーリィにそう問う。アーリィは「うん、そう」と頷いた。
「ふ~ん……お兄ちゃんたちは魔物は危険で怖い生き物だって言ってたけど……うさこみたいに可愛い子もいるんだね」
「ゼラチンうさぎは臆病で人を襲わない珍しい魔物らしい」
「そうなんだ。うさこは優しい子なんだね。よしよし」
「きゅううぅ」
リリンに頭を撫でられ、うさこは嬉しいのか照れているのかよくわからないが、ぷるぷる震えながら鳴き声をあげた。
「ちなみに食用」
「え?!」
「きゅいぃ?!」
アーリィの余計な情報にうさこは震え上がり、リリンも「食べちゃうのは可哀想……」とうさこを撫でながら言う。アーリィも食べるのは反対なので、「私も食べないけど」と二人に言った。
アーリィたちの言葉にうさこが安心したように小さく「きゅうぅ~」と鳴くと、部屋にイリスがやって来る。アーリィは無言でそちらに視線を向け、リリンは嬉しそうに「あ、お姉ちゃん」と声を上げた。
「リリン、もうそろそろ寝た方がいいんじゃないかな?」
イリスはリリンの部屋に洗濯した衣類を持ってきたようで、持ってきた衣服を箪笥に仕舞いながらリリンへそう声をかける。リリンは「だって眠くないんだもん」と彼に返事した。
「昼間にいっぱい寝たから眠くないの。それより私、うさこと遊んでたい」
「……仕方ないな。でも無理はだめだから……就寝の時間には寝る事、いい?」
「うん、わかってる」
服を仕舞いながらのイリスの言葉に、リリンは理解しているといったふうに力強く頷く。それを横目で確認し、イリスは安堵したように少し微笑んだ。しかし直ぐに彼の表情は冴えぬものとなる。何処か険しい表情で俯いた彼は、衣服を仕舞う手を一瞬止めた。
「……どうした?」
イリスの様子の変化に気づいたアーリィが彼に声をかけると、イリスは僅かに顔を上げて「なんでもない」と答える。しかし明らかになんでもなくはない彼の顔色に気づき、アーリィは「具合、悪いのか?」と聞いた。
「え……お姉ちゃん、具合良くないの?」
アーリィの言葉を聞いて、リリンが不安げな様子でそうイリスに声をかけてくる。それに対してイリスは「大丈夫だよ」と返したが、急な目眩に襲われた彼は内心で嫌な予感を感じていた。
「……私には大丈夫に見えないけど」
アーリィがそう呟く声を聞きながら、用を済ませたイリスは部屋を出て行こうとする。しかし嫌な予感は的中し、急な立ちくらみのような感覚から立っていられなくなったイリスは、ドアノブに手をかける直前でその場に膝をついて倒れた。
「お姉ちゃん?!」
「きゅっ!」
突然倒れたイリスに、リリンとうさこが驚いた声をあげる。アーリィが立ち上がり彼に駆け寄ると、イリスは顔色は悪かったが意識はあるようだった。
「大丈夫か?」
アーリィがそう声をかけるが、イリスはひどく具合が悪そうに小さく呻くだけだ。大丈夫かそうじゃないかは、返事を待たずとも一目瞭然だった。
「アーリィお姉ちゃん、どうしちゃったの? お姉ちゃんどうして……?」
イリスもまた同じ病に侵されているということは、リリンは知らないのだろう。不安宿る戸惑いの声を発するリリンに、アーリィも「大丈夫」と返すしかなかった。それ以外の言葉は、幼い少女を不必要に不安がらせるものでしかないから。
アーリィは一先ず他の者を呼んでくるべきだろうと考え、立ち上がろうとする。しかしそれより先にやれるべき事を思い出し、アーリィは「そうだ」と小さく呟いた。
「確か回復魔法が効果あるんだった……」
立ち上がるのを止め、アーリィはイリスに向けて回復の魔法を発動させる。魔法を発動させた事にリリンが驚いた声をあげたが、今は彼女の目を気にしている余裕はなかった。
「……確かこれで良くなるはずだけど……」
理由は不明だが、しかし”禍憑き”に対して回復魔法が効果あるということは証明済みだ。今のイリスの様子から回復はやはり一時的なものなのだろうが、しかし効く事は効く。なのでこれで容態は良くなるはずだった。
しかしアーリィが回復魔法をイリスに使ってしばらく待ってみたが、イリスの体調が良くなりそうな気配は無い。
床に倒れたままぐったりとするイリスの姿に、アーリィは『おかしい』と感じて、彼女は今度こそ皆を呼びに立ち上がった。
「回復魔法が効かない?」
「うん……効かなかった」
イリスの容態がまた悪化したことと、それに対する処置として回復魔法を使ってみたけど効果が無かったことの報告をアーリィから受け、ジュラードたちは話し合いを中断してイリスの部屋に集まっていた。
「何故だ? 前はそれで良くなったんだろう?」
アーリィの報告を聞き、ジュラードが不可解そうな様子でそう言う。しかしそうは言われても、アーリィも何故今回は魔法が効かなかったのかはわからない。
「でもダメだった……理由はわからない」
ベッドで苦しげに呼吸をしながら横になるイリスを見ながら、アーリィは頼りない声でそうジュラードに言葉を返す。ジュラードもそれ以上問う事は出来ず、心配した眼差しでイリスを見た。
「回復魔法が効かない、か……そもそもどうして効いたのかもいまいち謎だったからね。効かなくなった原因が何かと聞かれてもわからないわよね」
マヤも困った様子で腕を組み、そう呟く。ローズも「困ったな」と、彼女と同じ表情で言葉を漏らした。
「回復魔法が効かなくなると、また薬で症状を抑えていくしかないんだろう?」
「そうですね……今はまだ治療法が無いので、そうするしかないですね」
ローズの問いに対して、レイヴンがそう答える。
『回復魔法で症状が良くなる』という事実は、治療法が見つかるまでの延命の方法になり得た重要なものだったので、それが無効となるとやはり治療法の早期発見がなおいっそう求められる。




