光の裏側 1
ここに来たのは久しぶりだと思いながら、ジュラードはユエやマヤ、それにアーリィと共にレイヴンの診療所にて、禍憑きの治療を行う医者のレイヴンの話を聞いていた。
レイヴンはまずユエからマヤとアーリィを紹介され、先ほどウネと推測しあった話を彼女たちから聞く。その上で彼は自分が調べた”禍憑き”の話を、今ジュラードたちに話している最中だった。
「わたしもマヤさんの話を聞く前から、ゲシュのみに発病する病気なのではないかと考えていました」
マヤの存在や魔法といった話を少し驚く程度ですんなり受け入れたレイヴンは、そう彼女たちに言葉を告げる。
「そして”ゲシュである”という観点からリリンちゃんやイリスさんを調べたところ、一つ非常に気になる点に気がつきまして」
レイヴンのその言葉に、アーリィの手のひらに座ったマヤが興味深そうに「なに?」と聞く。医師の観点からの情報は、彼女も知識の範囲外の話を聞けそうなので、強く興味を引かれるようだった。
「それが二人の血液を詳しく調べたところ、彼らの体で過剰な免疫反応が起きている事がわかったんです。アレルギーと言えばわかりやすいでしょうか?」
「アレルギー?」
レイヴンの言葉を確認するように繰り返し、マヤは「それってどういうこと?」と問う。レイヴンは話を続けた。
「その前に純粋なヒューマンと魔族との混血であるゲシュとでは、生体組織に幾つも差異があることはご存知でしょうか? その内の一つとして、人と魔族の特性を持ったゲシュは免疫機能が人と異なるのです」
人用に作られた薬がゲシュに効果が無かったり効果が薄い理由はそれが理由の一つだと聞くので、マヤは理解しているということを示すように頷く。
「基本的に魔族の方が病気に強いのですが、それは免疫機能が人より遥かに優秀なのが理由の一つです。しかしその優秀な免疫機能は、魔族の強靭な肉体に合った形で備わったものであるので、人の細胞も混じったゲシュには強力すぎて過剰な免疫反応となって体に異常を引き起こす場合があります」
人も、そしておそらくは魔族もアレルギーを起こす事はあるが、ゲシュの場合はそれが深刻な症状になりやすいという。魔族の持つ強力な抗体の免疫反応が、人の細胞も混じっているゲシュの体では正常に機能しないのが原因らしいと、レイヴンはマヤたちに説明を付け足した。
「その過剰な免疫反応が”禍憑き”の正体では無いかと、先ほどの皆さんの説明も含めて、そうわたしは予想しました。”禍憑き”の症状を示す体に浮かび上がる模様は、目に見える一番わかりやすいアレルギー反応ではないかと……」
「過剰な免疫反応か……それが”禍憑き”の理由だとして、二人は一体何のアレルギーなんだい?」
レイヴンの説明を聞き、ユエが疑問を口にする。すると彼女の疑問に対して、アーリィが口を開いた。
「異常な量のマナ……」
アーリィのその呟きに、レイヴンが「えぇ」と頷く。
「実はわたしも今皆さんの話を聞くまで、一体何が原因で過剰免疫反応が起きているのかわからずにいました。しかも全身、至るところにです。さらにそのほとんどが何が原因で抗体が反応しているのかはっきりせず、正常な自己の細胞に抗体が反応している部分も見受けられ、今の医学知識では原因がわからない異常としか言えないアレルギー反応でした……」
そう言い、レイヴンはこう続けた。
「しかし長く異常に濃いマナにさらされた結果に、そのマナに対してアレルギーが出たのだとしたら……そういう仮説をたった今わたしも思いついたところです」
レイヴンの仮説を裏付けるように、マヤがこんな話をする。
「たしか生物は漂う微量のマナを体に吸収する性質があるのよ。生命の源であるマナを取り込んで、無意識に身体機能を高めているらしいの。まぁ審判の日以降はほとんどマナが漂っていなかったから、それは機能してなかったんだろうけど」
マヤも審判の日以前に学校で習った話なのでだいぶうろ覚えなのだが、確かそういう話があったと彼女は語る。
「でもその機能が失われてはいなかったとしたら、マナが満ち始めた今に体がその機能を働かせて漂うマナを体内に取り込み、その結果一部のゲシュのみ免疫機能が過剰に働く事になったのかもしれない」
アーリィがマヤの話を受けて自身の推測を語ると、マヤも「えぇ」と頷いた。
「ウネと話したこともこれに関係しそうね。アレルギーはウルズのマナをゲシュの体内の免疫機能が異物として認識して過剰に反応した結果……待てよ、そういう病気どこかで……」
マヤは話している途中で何かを思い出したのか、真剣な顔で考えるように沈黙する。彼女は何か引っかかるものを感じて、物凄く過去の記憶の知識を必死に思い出そうとした。
やがて彼女は確信は無いが、今自分たちが推測していた症状の病が”審判の日”以前にあったような気がしたと思い出す。
「アレルギーって聞いて思い出したかも。確かにゲシュにそういう特有の病気が以前にもあった気がするわ」
「以前って……どれくらい以前だい?」
ユエの疑問に、マヤは「審判の日以前よ」と答える。そしてユエに怪訝な顔をされた。
「マナが正常に満ちていた旧時代には、たしかそんな症状の病があったと思うの。それは現代ではマナの減少と共に消えた病気だから、忘れられてしまったのかも」
「旧時代って……ぞんな昔の事を『思い出した』って、あんたは随分古いことも知ってるんだね。見た目も不思議だけど、中身も不思議だよ……」
「まぁ、そんなことはこの際どうでもいいじゃない。それよりこれで”禍憑き”の正体が段々わかってきたわね」
マヤは「やっぱり”禍憑き”は病気なのよ」と言い、そしてジュラードやユエにとって大きな希望となる言葉も付け足した。
「そして不治の病なんかじゃないわ。治療法が必ずあるはずよ。少なくとも過去にはこの病気の治療法があったもの」
”禍憑き”とは呼ばれていなかったが、確か旧時代にそういう病気があったということを思い出したマヤは、治療法があったということも同時に思い出していた。しかし具体的にそれが何かまでは思い出せない。
「本当なのか?! な、治せる病なのか……!?」
ジュラードの期待した眼差しがマヤに向けられる。マヤは頷き、しかし治療法までは思い出せないことを正直に彼らに伝えた。
「でもどうやって治したかまでは思い出せないの……やっぱり旧時代でも稀な病気だったし、『そう言う病気がある』程度にしか話を聞かなかったから。旧時代の医学書になら、そういう病のことが載ってるかもしれないわ」
マヤは考えるように沈黙したあと、「旧時代の医学書とかどっかに無いかしら?」と呟く。彼女の呟きに、レイヴンは苦い顔をした。
「旧時代の医学書は、あったらそれはもう国宝級に貴重なものですよ。アサド大陸のレイマーニャ国にある中央医学研究学会になら何冊か保管されていると聞きますが、あそこの場合本の閲覧は一般の医師には許可はなかなか下りないと思います」
「それ以前に今からレイマーニャまで行くのがしんどいわね。お金もかかるし……もっと近くに無いのかしら、旧時代の医学書」
考えるマヤの言葉に答えられる者はいない。あと少しで妹を助ける事が出来そうなのに……と、ジュラードは焦る気持ちを表情に滲ませた。




