再生する意味 16
ローズがイリスの消えた孤児院の玄関をぼんやり見つめていると、ボールを無事に見つけたらしいユーリと少年たちがこちらに戻ってくる。
「あーやっと見つかったぜ。もうボール捜すのですっげー疲れた! ちょっと休憩するわ」
ユーリがそう言いながらローズに近づくと、その後ろをついて来ていたギースとフォルトが笑いながらそれぞれにこう言う。
「あれくらいで疲れるなんてダメだね、お兄ちゃん」
「歳だな、歳。じじぃ!」
「うるせーぞお前ら。じじいとか言うな。俺はまだ若ぇんだよ」
ユーリが頭を殴る真似をすると、少年たちは笑いながら「暴力反対!」と騒ぐ。なんだかすっかり打ち解けて仲良しになっている彼らを、ローズはちょっと羨ましげな笑顔で眺めた。
「あれ、ローズ。それなんだ?」
少年たちと騒いでいたユーリだったが、ローズの傍に置かれた大きなバスケットに気づくと、そちらに意識を向ける。ギースたちもバスケットを見た。
「あぁ、これはさっきレ……イリスがおやつって持ってきたんだ。飲み物も入ってるらしい」
ローズは答え、「休憩ならついでにこれ食べようか」とユーリたちに提案した。
「おやつ? うん、食べる!」
フォルトがそう元気な声で返事をし、ローズは「それじゃ、開けよう」とバスケットの蓋を開ける。中にはオレンジジュースの入った瓶とコップ、それと小皿と焼きたてのパンケーキが一口サイズに切られて入っていた。
「美味しそうだな。ちょっと待ってろ」
ローズはまずはジュースの入った瓶を取り出し、コップにそれを注ぐ。そしてそれぞれギースとフォルトに渡した。
「お姉ちゃん、早くケーキ頂戴。僕すっごいお腹空いた」
「あぁ」
ローズは催促するフォルトに、小皿に取り分けたパンケーキを渡す。同じように取り分けたパンケーキをギースに差し出すと、ギースは一瞬迷うような仕草を見せたが、それを受け取った。
「ユーリの分もあるぞ」
ローズがそう言いながらまたパンケーキを小皿に取り分けると、ユーリは「俺はいらねぇ」と返事をする。ローズが不思議そうに顔を上げると、眉間に皺を寄せた表情の彼と目が合った。
「いらないのか? ……あ、甘いものそんな好きじゃなかったっけ」
「つーか……だってそれ、あいつが作ったんだろ?」
ユーリが言う”あいつ”とはイリスのことだろう。彼は苦い表情のまま、「食う気しねぇからいらねぇ」とローズに言った。
ユーリのその言葉に、ローズは困った様子となる。
「でも、私たちの分もあるみたいだし……せっかくだから食べないか?」
そう言ってケーキを皿に乗せるローズを見て、ユーリは苦い顔となった。
「お前は暢気っつか大らかっつか警戒心菜さ過ぎっつか……だってあいつはレイリスだぜ? お前だってあいつにはひでぇ目にあっただろ。そんな奴が用意したもの、普通に食えねぇよ」
一応少年たちに配慮して、ユーリは小声でローズにそう話す。しかしローズは困ったように笑いながら、「でももうそれも過ぎたことだ」とユーリに言葉を返した。
「それにさっき話をした彼は、あの頃とは明らかに違った。あの頃の彼では無かったから……信じていいんじゃないか?」
「信じられねぇよ。あいつだけは……あんなクソみてぇな嘘の塊、今更どう信じろって言うんだよ」
苦々しい顔でそう言葉を搾り出すユーリに、ローズは困ったような笑顔はそのままにこう話す。
「だけど、彼も後悔しているみたいじゃないか。以前の自分の行いを悔いて、今はまっとうに生きようとしてる。俺にはそう見えたし、それに……」
一度言葉を止めて、ローズは先ほど会話したイリスの様子を思い出す。
「お前の事も気にしてるみたいだった」
「……俺の何を?」
怪訝な様子で聞いたユーリに、ローズは言うべきか一瞬迷ったが、しかし正直にイリスとの先ほどの会話を彼に話す。
「お前が今幸せかどうかって聞かれたんだ。だからそうだって答えたら、彼は『よかった』って……そう答えたんだけど、俺にはそう答える彼の顔が羨んでるように見えた」
「……」
ローズには、ユーリと彼との間にどれだけの因縁があるのかはわからない。だから彼女はたった今あったイリスとの会話を、感じたことも含めてありのままユーリに話そうと思った。
自分の話をユーリがどう捉えるかはユーリ次第だろう。
「彼が”あの後”にどうしたか俺たちは知らない。でもヴァイゼスが無くなった今、今更彼も周囲を欺いて生きる生き方をする必要も無いんじゃないかって俺は思う。それより彼もお前と同じで幸せを見つけて生きようと、”イリス”としてここで生きているんじゃないかな」
ローズはそう言うと、イリスに渡されたパンケーキを一口頬張る。ほんのり甘いそれは、とても美味しくて優しい味に感じた。
「うん、美味しい。すごいな、彼はこんなに料理が上手だったのか」
「……ホント、お前ってお気楽だよな」
ローズの言葉を黙って聞いていたユーリは、小さく溜息を吐いてからそう呟く。嫌味ではない言い方だったので、ローズは彼のその言葉に苦笑を返した。
「お前のお気楽さって時々心配になるレベルだから、マヤが不安になる気持ちもよ~くわかるぜ。でも……俺も正直、時々お前のその柔軟さが羨ましくなるよ」
先ほどのイリスと同じで、どこか寂しげな眼差しでユーリはローズを見つめる。
「そうすれば俺ももっと気軽に、他人を許せる人間になれただろうから……」
その言葉を聞いて、きっとユーリも心のどこかではイリスを許したいのではないかと、そうローズは思った。
過ちを反省し悔いる言葉を口にしたり、他人の為に働くイリスの姿を見て、ユーリも彼が彼の知る過去のままの彼では無いとは感じたのだろう。
しかしそれを理解しながらもイリスを直ぐに許せないのは、それだけの因縁とプライドが邪魔をするからなのだろうか。
「ユーリ、あの……」
「……俺の分はガキにやるわ。お前の言うとおり、俺甘いもんあんま好きじゃねぇしさ」
何かを言いかけたローズの言葉を遮るようにユーリはそう言うと、パンケーキの入った皿をギースとフォルトに渡す。
「なに、お兄ちゃんこれくれるの?」
「あぁ、お前らで食え」
「何でユーリは食わないんだ?」
「んー? ……ダイエット中」
「なにそれ、女みてぇ!」
馬鹿にしたように笑う少年たちに、ユーリも笑いながら「なんだとてめぇら!」と言い、お皿を持ちながら逃げる少年たちを追いかけ始める。
休憩なんて必要無いくらいに元気なユーリたちの姿を、ローズは笑いながらもどこか寂しい気持ちで眺めた。
【再生する意味・了】




