水底の星
閑静な夜。暗がりの中、湖の表面が揺れている。黒い髪の女が、月明かりに照らされ、水面を浚っている。
「なにをしているの? 」
女は声に気づいて、少女を一瞥したが、直ぐに湖へと視線を戻し、また水を浚う。それからようやく、ひとり言のようにこたえた。
「水底の......星を集めているのよ。」
夜に透け消えてしまいそうな声だった。
「この湖に星があるの? 」
対して少女は、よく通る声で訊ねる。
「ええ。」
女の答えに、嬉々として湖を覗き込んだ少女は、落胆し、憎らしそうに女を見る。
「星なんか映ってないわ。」
しかし、女の調子は変わらない。
「ええ、水面に星が映っているだなんて言ってないもの。」
「では、星とはなんなの。」
女の動きが、一瞬止まる。
「......彼との、思い出よ」
「彼? 」
女はまた、水を浚いはじめる。
「彼とよくこの湖へ来たの。」
「そう。」
少女は、既に興味をなくしたらしく、視線の向きを変えて、女の手の先を見る。そして、女が浚った水を小さな瓶に流し入れるのを見つけた。
「その瓶に思い出を? 」
「......ええ」
少女は、不思議そうに訊ねる。
「その彼とはもう此処へ来ないの? 」
「......いいえ、ここに居るわ。」
「あら」
2人しかいないと思っていた少女は、辺りを見渡す。しかし、他に人がいる気配はない。
「彼の恋人が、此処に放してしまったから。」
女の言葉に、少女は眉を顰める。
「では、あなたは彼のなんなの? 」
女は、少女を見て笑い、小さな声で言った。
「私は彼を愛した人よ。」
唇を尖らせる少女。
「彼もあなたを? 」
女は答えずに、湖から掬った水に、そっと口付けて、喉や胸に溢れるのも構わずに飲み込む。
「......何をしているの? 」
「......私きっとおかしいのね。」
嘲笑を浮かべる女に、少女は疑いを持つ。
「ねえ、もしかして彼は.......」
「............。」
女の表情に、少女は確信する。
「此処はお墓なのね? 」
「......。」
「あなたの彼は死んだのだわ。」
「いいえ。」
女は初めて、よく通る声を出した。
「ただ、星が落ちただけよ。私はそれを拾っているの。」
女はこの上なく安らかに微笑む。
「......そう。」
少女は納得仕切らない様子だったが、立ち上がって、女に一言別れを告げて町の方へ去っていった。代わりに、静けさが訪れる。
閑静な夜。暗がりの中、湖の表面が揺れている。水底で星が、月明かりに照らされ、水面を浚っている。
こうして2人の愛が繰り返される。
読んでいただき、ありがとうございます。
分かりにくかったら、すみません。不思議な雰囲気の作品が好きで、それを作れたらと思い書いてみました。
ご感想など頂けると幸いです。