ハート6 スペード8
その夜とんでもない夢を見てしまった。
その……あの……あえて難しい言葉を使おう。
淫夢というものだ。
そのぅ……あのぅ……今までに見たことがないとは言わない。
ただその時見た夢の相手は……えっと……抱きしめたのは私自身だった。
まだ暗いのに目が覚める。
ドキドキ。
眠れない。
寝ようとするとあの映像がちらつく。
どうしたんだろう。
でもやはり疲れが出てうとうとしかけて……
そのときはまだ異常は無かったのだが、あれは一種の予知夢だったのかも。
「’&%$#|*”!」
失礼、私は朝このように絶叫してしまった。
うん、もう二度と同じ発音ができるとは思わない。
それだけ衝撃的だった。
眠気なんか吹っ飛んだ、は事実だけれど表現としては弱い。
全細胞が活性化しすぎて爆発したかのようだった。
その~なんというか、うとうとっとした時に、私の股間が戦闘状態になったのだ。
その~なんというか、パオ~ンと。
一応、なんやかんやの映像で見たことはある。
うん、これは誰にも言わない秘密だけれど。
しかしよくテントを張ったと形容される状態をこんな至近距離で見たことは無かった。
実は今現在、それを直接肉眼で確かめていない。
触る、とかもちろん論外だと言い切ろう。
しかしこの猛り狂った状態をどうすればいいのか。
誰もいないのに助けを求めて首を振ると、姿見に映った自分自身と目が合う。
急速に力がなえた。
うん、何してたんだろう。
ばかばかしい。
えっと、寝る!
今日は病欠。
そういうことにしておこう。
何を取り替えられたかもはっきりしているのだし。
この世の中、女性が多い職業に看護士がある。
女性看護師たちは毎日しているのだ、そのぉ、殿方の世話を。
うん。
だから私が出来ないはずが無い。
将来の旦那さまのお父様が居られて……お世話を……。
つまりそれだけの言い訳と決心をして何をしたかといえば、トイレに行って帰ってきただけなのだ。
ふぅ。
疲れた。
あいつ、絶対殺す。
ふと気になって生徒証を見る。
女。
世の中どうなってるの?
自分がこれで女ならばあいつは男。
その男のところに今日も玲奈は!
頭がカーとなって、電話する。
「ただいま電話に出ることができません」
ふと我にかえる。
私は今誰に電話をかけようとしたのだろう。
発信記録の名前の欄には【彼】。
これは誰?
時間だけが経っていく。
私は何か重大なことを忘れている。
何かとんでもない勘違いをしている。
ちょっと赤いジョーカーの気配がしたが、動かない私を見てどこかへ行ったみたいだ。
私の記憶に空白やつじつまの合わない点は無い。
bururururu
スマホが震えたた。
かけてきたのは【彼】。
あわてて手に取り出る。
「もしもし、先ほど電話を戴いたのですがどちら様でしょうか?」
向こうもこちらが分からない。
相手は女、どこかで聞いた事が有る声。
「こちら真田と申しますが……」
「なんだ、真田君か」
「お前か、そっちからかけてきたくせに、なんだってなんだよ、間違い電話でつながったのか? どこへかけようと思ったんだ?」
「確かに真田君に電話しようとしたんだけど……」
「それで?」
「無意識に短縮押してそっちに繋がった……何でかな? って」
「お前が短縮に登録したんだろ。それで何のようだ?」
「そんなはずない、なんで私がキモオタの番号を登録……」
なぜ? 何か心に引っかかる……。
「めんどくさいやつだなぁ。お前が自分で登録したんだろう、去年。それで要件の方は何なんだ? もうすぐ彼女が来る時間だから早くしてくれよ」
「あ、それ! あなた最後の部分まで取り替えたでしょう。彼女を部屋に呼んで……」
「なんでお前がパニクるんだ。そもそも余計な話だろう。最後の部分を変えたのはお前に【性別】なんぞ間違えて取り替えられたくないためだ。一生部分だけ変えられたり、今お前がやってるようにその姿で女やらされたりしたらたまらんからな」
「でも私の体で彼女と……」
「余計なお世話だ」
「でもそれって許せない」
「なんで?」
「なんでって、わたしが、えっとえと……」
「まあ一つ教えといてやる。お前はこのゲームが初めてかもしれないが、俺は3回目なんだ。いろいろあるのさ」
「取られたら取り返せば……」
「相手が生きていたらな」
「それどういうこと?」
「お、来たみたいだ。切るぞ」
行ったこともない彼の部屋に入っていくレイナが想像できた。
私はなぜ、こういらいらと気が落ち着かないのだろうか。
夜になってもやもやとしたものを抱えながらゲームは始まる。
当然ハート6 スペード8。
あいつが最後の交換する単語をカードに書き込み今日のゲームは終わる。
明日は引き分けて、あさってから私のターン。
何から取り返していこうか。
いつの間にか復讐してやるとの憎しみは消えていたのに。私はそれに気が付かなかった。