ハート4 スペード10
「……………」
私は声にならない悲鳴を上げた。
何時間もフリーズして……実際は5分ほど……。
落ち着こう、私。
もしかしてこんな手を使ってくるかもとは予測していた。
しかしこうなるとは思っていなかった。
ふっ。
ホントこうなってしまうと笑えるね。
取り敢えず今日が日曜日でよかった。
覚悟を決めるのに時間が必要。
起きた格好のまま洋服ダンスの中をチェック。
何を着ようか、ではない。
う~ん、困ったけれど、その、なんていうか、他人事だったら笑えるけれど、いっそのこと笑ってしまおうかな。
しかし笑ったらそのまま狂ってしまいそうだ。
ははははは……。
良かった、まだ狂っていないぞ。
これ自分じゃなきゃギャグなんだけどねぇ。
洋服ダンスの中身は変わっていた。
いや変わっていなかった。
うん、落ち着こう。
ぷ。
我慢できない。
「なんじゃこりゃ~!」
ふぅ、すっきりした。
大声っていいもんだ。
私が今親指と人差し指でつまんでいるのは、柔らかな布でできた丸みを帯びた三角形ふたつと紐のパーツでできた……これはアレなのだが。
まだ混乱しております。
ふぅ。
落ち着いた。
実は、身に着けようとして引き出しから出した変わり果てたブラを摘み上げてお笑い方向に現実逃避。
Cカップの胸が収まるはずの立体的なブラは同じ材質同じ色の平面的な布に成り下がっていた。
視線を下げるとつるぺたの胸。
いや、結構筋肉質で、腹筋も割れてるし。
右を見て鏡を見るとピンクのパジャマを着て水色のブラジャーをつまんだあいつが映っている。
ひらひらネグリジェじゃなくてマジ良かった。
いや実は体を交換されて、エッチなことをされることぐらいは覚悟してたんだ。
だけど……うぷぷ。
これはない。
この変形してしまった私のブラ。
なんとこの筋肉質な胸にぴったり合うのだ。
もしかしてこれをつけねばならないのか。
うぷぷ。
よく見るとパジャマのサイズも大きくなっていた。
こいつ身長が180近いのだ。
それにこのスカート。
ウエストが一回り以上大きくなっている。
おそらく洋服ダンスの中身は全部変形しているのだろう。
トイレに行かねば。
途中、机の上の学生証を確認すると写真だけが代わっていた。
それよりトイレだ。
うちは洋式のが一つ。
パジャマとショーツを下ろし、いつものようにすっきりさわやか。
「あははははは。」
笑っちまうぜぃ。
あいつの外見で、それでも私は【女】なのだ。
おそらく交換されたのは【外見】か【容姿】。
笑う声も以前のソプラノ。
ホント笑っちまうぜぃ。
これで学校へ行ったりしないといけないのか。
うん、軽く地獄だ。
「おっはようございます。お元気ですか~」
また赤いジョーカーが湧いて出た。
狼狽する私を更に追い詰めて楽しみに来たのだろう。
負けるもんか。
にこっと笑って応じてやった。
「うん元気、あんたも元気そうね」
おっ!
なかなかいい顔じゃない、その困った顔を見ただけで胸のもやっとしたものがかなりすっきりする。
「もしかして、出て来ないとこちらの様子はわからない?」
「当たり前じゃないですか、隠れてそっと様子を見るのですよ。何でも分かってしまうとワクワク感とか無くなってしまうじゃないですか」
「もしかして、私が朝おきたところから覗いていた?」
「そりゃ、向こうを覗くよりこちらのほうが面白そうでして」
いつになくこいつは良くしゃべる。
結局なんやかんや言いながら私の無様な姿を見て楽しんだらしい。
ついでにちょっと聞いてやれ。
「それでずっと私を覗いていたの?」
「いやぁ、向こうもなかなか面白くって。あなた妹さんとかと一緒にお風呂に入ったりするんですよね。いやぁ、なかなか見ものでしたよ」
私の気持ちがいっきに氷点以下に下がったのを感じ取って赤いジョーカーはもともと笑っている顔を更に歪める。
「朝一番に妹さんに起こされて驚く彼のほうが感情の起伏が激しかったので、あなたが仏壇の前で絶叫しているところを危うく見逃すところでしたけどね。離れていても分かるのは対戦者の感情のゆれだけですので全く苦労しますよ」
こいつ、私たちの感情を読み取っているのか。
もしかして、あいつの冷たい表情は……。
「見たものと感情だけってもしかしてカードに書いた単語もわざわざ見せなければ分からないの?」
「そりゃ分からないです。一緒に何かな? って考えるのが面白いのですよ。そう思いますよね?」
「そうね、確かに他人事なら面白いよね」
「そうなんです。それがやめられないのです。ところでその摘んでいるの、身に着けないとだめですよ。不自然になりますから」
「もしかしてスカートも?」
「外へ出ればすぐお分かりになると思いますが、女性がブラをつけてスカートをはいているのは自然なのですよ。ただあなたの心は、うぷぷ……失礼。ではこっそり覗かしていただきますので、一旦失礼いたします」
そしてお昼前の玄関。
誰かが覗いているような視線を感じる。
いた。
玄関にぶら下がっている鏡に赤いジョーカーが映っている。
平常心、平常心。
おぃ、笑うな。
おなかを押さえてひっくり返って笑っている。
覚悟を決めた私の姿は、ピンクのスニーカー、タータンチェックのスカート黒いセーターに生成りのジャケット。
うん、バグパイプでも演奏したら似合いそうだ。
玄関を出て門を開け、更に7歩。
敵影確認。
「こんにちは、美咲ちゃん」
「こんにちは向井さん」
お隣の向井のおばさんに挨拶された。
バコンバコン。
落ち着け私の心臓。
平常心で歩こう。
下りたままのシャッターが多い商店街に足を向ける。
まばらな人影は私を無視して行きかう。
「コロッケ二つください」
「美咲ちゃん、いまあげるから待ってて」
「はい」
ショーケースから離れて待つと代わりに別のおばさんがお肉を注文する。
コロッケを買っただけで、家に戻った。
ふぅ~、疲れた。
近くの商店街にお買い物、これだけのことで神経をすり減らしたわたしはひざの力が抜けて玄関でしゃがみこむ。
かけて会う鏡に笑い転げるジョーカー。
はぁ~~~~。
ますます大喜びしている。
朝ごはんを兼ねるお昼。
ご飯にコロッケが二つ。
母さんにきちんとお料理習っとけば良かった。
いただきます。
……。
足りない。
体が大きくなっているからなのか。
我慢できなくて近くのファミレスへ出かける。
「今ですとレディスセットがお得です」
「それお願いします」
こんな姿でも、私が女だと認識されているみたい。
生物学的に本当にまだ女なんだけど。
頼んだセットが来る前に席を立ち、化粧室に行った。
30前の女の人がお化粧直しをしているけど、後ろを通り過ぎる私に注意を払わない。
確認終了。
わざわざ彼女の後を付いてここに入ったのだ。
キャー、なんて言われるかも、なんてドキドキしながら。
私の姿はあいつのものと取り替えられた。
でも、取り替えられたのは外見だけ。
みんなが私を私と認識してくれている。
余裕でた。
そして考えようか、私。
夕食はガッツリと牛丼屋さん。
初めて大盛りなんて頼んだ。
そして帰ってお風呂。
鏡に映してマッスルポーズなんてやってみる。
こんな余裕が有るのも股間にぶら下がるものが無いからだけど……。
ちょっと好奇心……。
サワサワ。
胸なんて触っても何も感じなかった。
お湯に買って来た少し贅沢して高めの入浴剤を入れる。
はぁ~。
こんな体になっても気持ち良いものはいい。
「こんば」
スコーン。
「痛いじゃないですか、ほら頭がへこんで」
スコーン。
「暴力反」
スコーン。
「ん? 死んだかな?」
「死んだかな、じゃないで、ごめんなさい、、ごめんなさい、ホントに死んじゃうかも」
「おいら人じゃないです、ジョーカーです、桶でぶん殴らないで」
「覗き魔としては当然のお仕置きでしょ」
「ジョーカーに性別なんて有るはず無いじゃないですか、だから、ぁ、また構えてる。やめれやめれ」
「何しに来たの?」
「そりゃ、わ~とか、きゃ~とか、!やめれやめれ暴力反対。あなたの胸見たりしてるのはあっち」
スカ~ン。
「ちょっと音が悪かったわね、もう一回叩きなおす」
「すいません、すいません。二度と言いませんです」
「他に用がなければ帰って」
「ハイです、また今夜」
あえて気にしないことにしてるのに~。
腹たつね。
もしかして、まだ居るかも。
「ジョーカー!」
「ハイッ!」
ガシッ。
クリティカルヒット!
ジョーカーはつぶれたまま消えていった。
ちょっとすっきりした。
うん。
浸かりなおそう。
夜また12時が来て赤いジョーカーが迎えに来る。
儀式のようにゲームは進み、今夜はあいつが自分でカードに何かを書いた。
蔑んだ目はされないようになったけれどあいつは無表情だ。
なんか腹が立つ。
ジョーカーでもぶん殴……ぉゃ、逃げた。
早く帰って寝よう。
まだ薄いですね。
濃い人は別に出ます。