ハート3 スペードJ
「いやぁぁぁぁ~」
私が絶叫したのは両親の寝室だった。
朝起きていつものように台所に下りても人の気配が無い。
お母さんはいつも一番に起きて朝食の準備をしていてくれるのに。
朝最初に開けられるカーテンさえ閉じたまま。
あわてて2階へ駆け上がり両親の寝室のドアを開けた。
さほど広くない部屋に大きなベッドとオーディオ機器の置かれてある棚が一つ、そのはずだった。
それが……。
ない。
あったのは見たことも無い仏壇と小さな椅子。
気が付いたら床に座り込んでいた。
そうだ、結衣!
あわてて妹の部屋に行く。
私の部屋と全く同じ間取りで同じ家具……。
なにも……ない。
開けたドアをすぐ閉めて台所にもどる。
まな板の上に出したままの出刃包丁が目に入る。
……。
ふぅ~落ち着け私。
もう一度今は仏間になってしまった両親の寝室に戻る。
さっき来たとき何か違和感があった。
思い出せ。
なんだろう?
あっ、そうか。
分かった瞬間にどこかから見ていただろう赤いジョーカーの声。
「なんだ、落ち着かれたのですねぇ。てっきり包丁でも持って飛び出していくと思ってたのですが」
「そんなことをしたら取り返せないじゃない。あの包丁、あなたが目に付くところに出しておいたの?」
「ははは、残念です。気が付かれてしまいましたか。この場面でリタイアする人がかなり多かったのですがねぇ」
仏壇に感じた違和感。
位牌が二つだけ。
数が合わない。
合わないんだ。
何よりも優先したいことが出来たが、 今ジョーカーが気になることを言った。
些細なことでも今しか出来ないことをしなければならない。
質問しなければ……。
「リタイアするってなに? そんなルール聞いて無いんだけど」
「いやだなぁ。定時に勝負するってルールが有るじゃないですか。一日毎とか挑戦者が決めたルールですよ? こちらで決めていませんのできちんと守って迎えに行くのを待っていてくださらないと」
そう言い訳するのね……でもあの時……もしかして緒戦で寝ていたなんて非常に危なかったのか、私。
「もしかして、寝過ごしてもだめってこと?」
「当たり前じゃないですか。一度はサービスいたしましたが。緒戦リタイアっておもしろくないでしょ?」
こいつ悪魔だった。
忘れてはいけない。
「じゃぁあなたが私に話していいことって何?」
「ルールだけですねぇ。助言とか無理ですよ。では、また今夜」
とにかく確認しなければ……。
私は隣の県で行われているサッカーの会場に急いだ。
今日うちのサッカー部が決勝に出るはず。
試合は後半戦ロスタイム中。
点数は1対1、いえ、そんなのどうでもいい。
観衆が叫ぶ!
自陣ゴールのポストに当たるボール、大きくサイドに蹴りだして時間が止る。
ボールがグラウンドに投げ入れられて時間が動く。
シュート。
キーパーがパンチングではじきディフェンダーからサイドへ。
まだ敵ボール。
ドリブルで入り込もうとする相手にあいつがスライディング。
ディフェンダー2人がパスを回して、ライン際であいつが受ける。
ラインに沿って高速ドリブル。
3人かわしてセンターへ。
だれもが追っていたボールを私は見ていなかった。
ゴ~~~~ル!
応援団と一緒に、私も感極まって泣きながら絶叫を上げた。
だって応援席の最前列に両親と妹がいたんだもの。
あの三人なら応援に来ないはずが無いもの。
応援されるのがあいつであってもこのさいどうでもいい。
このシーンは地方テレビ局に撮られた。
それもどうでもいい。
そのまま隣にいた誰かと抱き合ったまま叫んでいた。
今日初めてたった一人で食べた夕食は美味しかった。
うん、生きているなら何とかなる。
最低、私と他人になっても元気ならば……。
笑顔でカップめんをすする私の頬に涙が流れた。
絶対何とかなる。
また勝負の時が着て、ジョーカーがとこからとも無く現れる。
「ひとつ伝えておきますが、【家族】で交換されたお三方ですが、【父】とか【両親】で取り戻せてもあなたに兄弟はありませんから【妹】、【兄弟】なんて使えませんよ……おゃ、しぶといですね。ここで心が折れるところなんですが」
「どうすればいいか分からないけど、ここで絶望したら最後じゃないの。それより助言はしてくれないんじゃなかったの?」
「やだなぁ、ルールの再確認ですよ」
「いい性格してるはねぇ、黒いジョーカーも似たような性格してるの?」
「もちろんでございますとも、あやつめは目下次の挑戦者説得しているはずなのですが……、はて、どうしたのでしょうね。まだ連絡がございません。誰か別の人間の手に渡っているはずなのですが、あ、余計なことを申しました。お忘れください。では、参ります」
またあの部屋に連れて行かれた。
すでに待ってるあいつ。
なぜか昨日までの冷たい視線は感じられない。
その代わり探るような目。
なんだろう?
まぁいいや。
ゲームは淡々と進み、ジョーカーがカードに書き込む。
「待って」
「何でしょうか」
「同じ単語はだめなのよね」
「はい」
「じゃあ、【家族】と【family】はいいの?」
「残念ながら同じものとして不可とさせていただきまぁす」
だめか、別の方法を考えないと……。
一応残念そうなポーズはとるものの、いかにも嬉しそうなジョーカーに腹が立つ。
「【家族】と【家庭】なら同じものが交換されようが別概念だよな」
「そ、その通りでございます。家庭を交換するということは家族構成から全て交換することですから。ただし、【家庭】の場合人間以外もいろいろと交換されてしまいますが」
「とにかく【家族】を含んで交換されるわけだよな」
「さようでございますがぁ、しかしそのように助言などされては困……」
「何を言ってるんだ。俺は一つ、そっちも一つ、同じ例を挙げてルールの確認をしただけじゃないか」
「……その通りではございますが」
「文句は無いな」
「はい、ございませんです」
「そういうことだ。こいつはルールの確認には応じないとならないし、嘘もつけない」
「それも」
「黙れ、ルールの確認だけだ」
「……」
ありがとうと言おうとした私を黙って手で制して彼は帰っていった。
いったいどうしたんだろう。
とにかく、彼にどんな心境の変化があったのかしら無いけれど、私は彼に勝つしかない。
そして次の朝、私は昨日と違う悲鳴をあげた。
つぎあたり、タグにあるアレがきます。
もちろんジョーカーが勝手に変えたのです。
濃くするべきか薄くするべきか、果たしてそれが問題だ、うん。