ハート2 スペードQ
あえてうだうだと続きますがそうでないとダメなのです。
何をされたんだろう?
疲れているはずなのに、気が高ぶって朝早く起きてしまう。
部屋をざっと見渡しても異常はない。
何を交換されたのだろう?
何を交換されても私だけにはわかるはずなのだ。
ただ起きる勇気がなくて、いつも鳴る目覚ましの音がするまでベッドから出ることができない。
何をされたんだろう?
身支度を終えて部屋のドアを開ける。
「お姉ちゃんおはよう」
「おはよう」
いつもと同じ妹の声がどんなにうれしかったことか。
「いただきま~す」
「どうぞ」
昨日までいい加減にもう飽きたと思ってた目玉焼きがどんなにおいしかったことか。
「食べながらテレビを見るんじゃない!」
うざったくしかりつけるお父さんの声がどんなにやさしく聞こえることか。
「美咲、何かいいことあったの?」
何にもないけど、いいことなんて何にもないけどただうれしい。
異変は学校に着いてから始まった。
「おはよう」
いつものように友達に挨拶したら怪訝な顔をされた。
「おはよう、玲奈」
いつものように挨拶したら不思議そうな顔をされた。
なんか変だ。
玲奈はそんな目で私を見たことがなかったはず。
「おはよう。えっと美咲さん、どうしたの? 美咲さんから挨拶してくれるのって初めてだよね」
「ぇ。ま、まぁなんでもいいじゃない」
「まぁそうなんだけど……」
同級生の女の子全てが何となく私から距離を開ける。
「真田君、おはよう」
「おはよう」
「真田君あのね……」
女の子たちに囲まれているあいつを見ていたら、分かった気がする。
カードに赤いジョーカーが書いたのはおそらく【友達】の文字。
あいつはボッチで友達がいない。
それでも小学生時代の友達くらいはいるかもしれない。
たぶん、そんなのと私の友達を取り換えられたんだ。
人ごみの中から私を見るあいつの目は限りなく冷たい。
授業のグループ学習の班割、始めて一人あぶれた。
お昼、たった一人でお母さんの作ってくれたお弁当を広げながら考える。
【友達】を取り返すのには何を充てればいいのだろう。
【友情】だめだ、それを交換しても友達が戻ってくるとは思えない。
【仲がいい人】だめだ単語じゃない。
「宮本、何難しい顔をして考え込んでいるんだ?」
「加藤先生、友達って別の単語で言い換えればなんになりますか?」
「え? パズルかなにかか?」
「そんなものです……」
「う~ん、難しいぞ。えっとダチじゃだめだし……友人、朋友、かな交友関係のある人って意味だから。朋友じゃだめか?」
「ありがとうございました。それでいいかもしれません」
お礼を言ったものの朋友じゃだめかもしれない。
単純な言いかえはダメとか言ってたような気がする。
あ、もしかして交友関係を交換すれば友達も戻ってくるかもしれない。
「ありがとうございます、先生」
「そうか、しかし宮本、あまり難しい顔をして考え込むなよ。何事が起こったかと思うじゃないか」
「ごめんなさい、先生」
取り戻すのに使う単語が分かったのもうれしいけれど、変わらずに心配してくれたことが嬉しい。
もう何をされても怖くない。
なんとかなる。
このときは本気でそう思った。
しかし囲まれている人壁の中から送られてくるあいつの視線。
たった学校にいる間だけの、つかのまのボッチと分かっていても私の心は血の涙を流した。
さりげなく元友達に無視され続けただけでその日は何とか乗りきっ……あ。
明日は土曜日、こんな学校には来たくは無いけど、それでも来ないと何を取り替えられたか分からない。
いつもは誰かと一緒に帰る道をひとりで歩きながら気分が更に重くなってしまった。
「ただいま、もう帰ってるの?」
「お帰り、今日は部活がおやすみ。それよりさぁ、お姉ちゃんあのね、今日……だからね、……」
ちょっとわずらわしいと思っていた妹の結衣のおしゃべりが心地よい。
癒される~って、こういうことなんだね。
「どうしたの、美咲、うれしそうね」
「このハンバーグ、すごくおいしい。幸せ噛み締めてる」
「今日は本に書いてある通りに作りましたからね。……」
「ごめん、そんな意味じゃなくって」
前回のハンバーグはヘルシーにとか言ってお母さんがものすごくアレンジしたためにとんでもない味に……。
「ううん、ほんとにおいしいって」
「はいはい。隠し味に愛情一さじ、ちゃんと入れましたよ」
「今度手伝うから……」
「じゃぁ、お茶碗洗うところからお願いしよっか」
「うん、わかった」
「あら、今日は素直ねぇ」
愛情って本当に美味しかったんだ、とゆっくり湯船に浸かりながらしみじみ思う。
お父さんの好みで、小さい家にしてはバスルームが広い。
私はまだ小さかったので覚えていないんだけど、この家を建てるとき、俺の書斎が~なんていろいろ抵抗したみたいだけど、このバスルームしか希望は聞き入れてもらえなかったらしい。
「お姉ちゃん、私も入っていい?」
「いいよ、私もうすぐ出るし」
浴槽に2人はちょっと厳しいけど、最初に体を洗うので入浴時間の節約になる。
ただ1人だけここに混じれない人間がいるのはまぁ仕方が無いことだ。
父親という物はそういうものだ。
「おやぁ、今日はお目覚めなんですねぇ」
0時まで寝ないで待っていたら赤いジョーカーがやってきた。
「いかがでしたかぁ? 私の選択は。気に入っていただけましたですかぁ?」
「あんた悪魔ね」
「いぇ、近いものですが、ジョーカーです。でも取られた分は利息をつけて取り返せばいいのです」
「そうするわ」
「しかしなぜか言葉に険がありますねぇ、すこし怖いですよ」
「向こうの手口ぐらい教えてくれれば少しぐらい笑ってあげるわよ」
「それを教えることは禁じられているのです。彼と戦ったことが有る人に聞けばいいのでしょうが、皆さん死んじゃってますからねぇ」
「誰にも話すなって言われたような気がしたけど」
「ゲームの経験者はいいのです。もう知っておられますからね」
それもそうだけど、こいつルールを全部教えてくれていない。
「他に何か私が聞いていないルールって有る?」
「そうですねぇ。あなたがお持ちのジョーカーですけど試合が終わる前に誰かに渡してくださいね。最後まで持っているとやはり地獄行きですからぁ」
「うそ、何でそんな大事なこと言わなかったのよ。他に有る?」
「一応ゲームの中盤まで効かれない限りは黙っていてもいいのです。他には、そうですねぇ、ルール違反すれば地獄行きだと言いましたが、彼は相手にルールを破らせる名人なのですよ。それで負けた相手はルール違反で自殺するのです。怖いですねぇ」
もう無いですよ、わたし達は嘘がつけませんから本当ですよ、はははははと笑うジョーカーの顔はどう見ても悪魔だった。
そしてまたゲームが始まる。
確かに自室の椅子に座っていたのに瞬きをしたらまた昨日来た対戦部屋にいた。
あいつはまた人を蔑んだあの目で私を見る。
今度は私もにらみ返す。
あれ? 今のはなんだろう。
一瞬彼の表情が、いやそんなのはどうでもいい。
また楽しそうに赤いジョーカーがゲームの開始を宣言する。
「今日もまた~、ゲ~ムスタ~トゥ」
「では~一番上のカードを一枚、表にしてください」
当然私がハート2、あいつがスペードQ。
「残念ですね~挑戦者の負け~」
何が残念なものか、当たり前だろう。
あいつの方を見ると、ゲームの方を見もしないで何か考えている。
またジョーカーが勝手に彼のカードに何か書いてゲームは終わり。
これってわざわざここに来る必要があるのだろうか?
私はそのゲームのシステムについて何も考えずに、何を交換されるのだろうかと後で考えればいいことばかりが頭の中を占めていた。
翌朝、私があげた大絶叫、ジョーカーというやつはとことん腐った悪魔だった。
当然交換されたのは、あれです。
エロ度のきわめて低いお風呂場シーンを出したのは、あれです。