Joker
女性目線の【赤】です。
【黒】にするとR18になりますので……。
彼が自殺した。
私へコンサートのチケットとトランプのカードが1枚入った封筒を一つ残して……。
だから私は、絶対に私は、彼から全てを奪ったあいつに復讐しなければならない。
始めてデートに誘われて、昨日はドキドキして眠れずやっと眠れたのは夜明け前。
それで今朝は寝坊をしてしまった。
それでも乙女としては鏡とにらめっこをする時間は削れない。
軽く、ほとんど目立たないように化粧をする。
このくらいならば先生にとやかく言われることは無い。
手は無意識に動いて長い髪をまとめていく。
うん、笑顔OK。
ポニーテールもばっちりきまった。
かなりのマンモス校であるうちの高校でも三本の指に入る美人さんが出来上がった。
むふふ、我ながらかわいい。
昨日彼から行きたかったコンサートのチケットが入った封筒をもらった。
いつもと変わらない朝、いつもと変わらずあわただしく身支度をして学校へ向かう。
明日はコンサート、心は躍る。
いつもと同じように朝が苦手な私は走って公園を突っ切って駅まで最短距離を走る。
明日はデート、待ち遠しい。
いつもと違って公園に人ごみが出来ていたがそんなのにかまってはいられなかった。
明日は何を着ていこうかな。
いつものように始業ぎりぎりに二年一組の教室に滑り込み、あわただしく友達に挨拶をして席に着く。
ふぅ~間に合った。
予鈴がなって静かになった教室にひそひそと話し声が起こり、それがだんだん大きくなる。
時間に思いっきり正確な加藤先生が入ってこない。
担任の加藤先生は大学を出たばかりで私達高校生とさほど年が離れていない。
他の先生はいいかげんな服装で授業を行っているのに一人だけきちっと背広にネクタイで決めている。
校長先生でもジャケットだけなのに。
そんな加藤先生は毎朝決まった時間に教室に入ってくるのに、今日に限って……来た。
「すぐに詳細が分かると思うが、8組の本田が自殺した。臨時職員会議が有るから1時限目は自習しておくように」
加藤先生は、それだけ言ってすぐに出て行った。
教室のみんなは呆然としている私のほうを一斉に見た。
そして私は何も考えることが出来ず、同級生達のひそひそ話が耳に入っても反応できない。
「もしかして、美咲ちゃんに振られたとか……」
「彼、なぜか人気あったけど不細工かだら他に目移りしたとか……」
「ここ二三日様子がおかしかったんだよなぁ……」
「しかしここんところ自殺が多いよなぁ。なにかあるんだろうか」
「偶然だろ? つながりが全くないってニュースで言ってたぞ」
自習がどれだけ続いたのか私は良く覚えていない。
そんななか、加藤先生がガラリとドアを開けて顔だけ出した。
「宮本美咲、ちょっと生徒相談室まで来てくれないか」
進路指導などに使われているその部屋には8組の担任である立花先生と校長先生、それに警察官らしい男女が待っていた。
立花先生は40代半ばのいつもにこやかな叔母ちゃん先生。
校長は定年間近だがまだ髪が黒々としていて実年齢よりかなり若く見える。
かなり疲れた様子の校長先生の代わりに立花先生が私に席を勧めてくれた。
「宮本さん、本田君のことについて警察の方が少し聞きたいことがあるらしいの。そこに座って」
「はい」
後で親友の玲奈に聞いたところによると私はさび付いたロボットのように無表情で先生の後についていったらしい。
おそらくそのままの表情で受け答えしていたのだと思う。
向かって左の女性の警察官が軽く自己紹介をしてから放し始めた。
「後で正式に発表が有ると思うけど、本田君が今朝焼身自殺したの。そのことについてあなたに少し教えて欲しいことが有るんだけど……」
「はい、どうぞ……」
質問者が男の刑事さんに代わった。
「遺書が無かったので自殺の原因について調べなければなりません。まず先に8組の生徒達に個別で質問したのですが、みんな決まって同じ答えなんです」
「はい……」
「全員、本田君についてこう言うのです。本田君は不細工でスポーツも勉強も苦手だけどなぜか人気があっていじめなんて考えられないって」
「私もそう思います」
「宮本さんのようなかわいい彼女ができたのに、自殺なんて考えられない。むしろリア充シネって……ね。彼に昨日コンサートに行こうと誘われたんでしょう?」
「はぃ。土曜日のチケットが手に入ったから一緒に行こうって。これが昨日もらったチケットです……私も楽しみにしてたんです」
刑事さんに封を切っていない封筒をそのまま渡した。
「開けていいですか?」
「どうぞ」
中には明日のチケットとなぜかトランプのジョーカーが一枚。
「手紙の類は入っていませんね、しかしこのカードは何でしょうか」
「さぁ、なんでしょう」
「とにかく明日のコンサートを楽しみにしていたのなら、失恋しての自殺の線が消えました。昨日、あなたと別れてからもコンサートを楽しみにする本田君についても、複数の証言があります。ネットやスマホの接続業者に確認しましたが、それから彼は真っ直ぐに帰宅して部屋に閉じこもり、家族以外の誰とも連絡を取っていないのです。良く有る自殺の原因のいじめについては本田君に関してだけはありえないと、話を聞いた全員がそのように証言しています。彼の健康状態についても全く問題はありません。怪しげな薬物を摂取した形跡もありません」
「はぃ」
「では、なぜ彼は死なねばならなかったのでしょう……」
私はほとんど働かない頭で考えた。
「自殺じゃなくて誰かに……」
「それもありません。遺書はなかったのですが朝の体操をしていた老人や早朝出勤の会社員など、かなり多くの人たちが彼が自分でポリタンクから灯油をかぶって火をつけるのを見てたのです。そしてそれは公演の隣に有るコンビニの防犯カメラにも映っていたのです」
「分かりません」
「あなたなら何かご存知かと……」
「分かりません、分かりません、分かりません!わぁぁぁぁぁ~!」
それから後は覚えていない。
気がつくと保健室のベッドに寝ていて、心配そうな両親と担任の加藤先生に見下ろされていた。
「ごめんね」
「いえ」
加藤先生に謝られても……。
そのまま両親に付き添われて家に帰り、習慣になっている日記を書いた。
最悪の内容だ。
それ以上何をする気も起こらず、ベッドにもぐりこんだ。
そのまま寝入ってしまう。
眠りが浅くなったころに人の気配。
両親だろう。
私は自分の部屋に鍵をかける風習がない。
小さな子供みたいに頭をなぜられて、なんだか安心してまた寝てしまう。
「起きろ」
知らない声、薄く目を開ける。
「起きろよ」
それを見た、やっぱり夢だ。
「起きろよっ!」
うるさいなぁ、夢のくせに。
私は耳元で騒いでる5センチくらいの赤い小人を人差し指で弾き飛ばしてまた眠りについた。
「なんて乱暴なやつなんだ。おぃ起きろ!」
「あんた何?」
「ジョーカー様だよ。本田ってやつがお前の所へ行けっ……おい離せ、苦しい」
本田君の名前を聞くなり意識が覚醒して、ベッドに這い上がろうとしていたピエロみたいな悪魔みたいな小人を鷲掴みにした。
何だろこれ、確かにカードの絵柄のジョーカーだけど……。
得体の知れない生き物を掴んではいるが、不思議と恐怖は感じない。
「本田君のところから来たって言ってたわね、あんた何?」
「おいちょっと苦しい、話してやるから手を放せ」
「答えて、あんた何?」
「俺は見ての通り。カードの精霊、ジョーカーだ」
「何しに来たの? 本田君について何か知ってることはあるの?」
「あいつはゲームで負けそうになって自殺したのさ。根性なしが……いぁこっちの話」
「聞こえないじゃないのはっきり言いなさいよ」
「まったく他人に物を聞く態度かよ、それ」
「握りつぶすわよ」
「おっかねぇなあ、わかったよ。話すよ」
ジョーカーはとんでもないことを話し始めた。
「本田はよぅ、真田とカードゲームをして負けそうになって自殺したんだ」
「そんなことで?」
「自分のすべてを賭けるゲームさ」
ジョーカーの説明によるとゲーム自体は単純なものだった。
それはデビルカードともゴッドカードとも呼ばれる不思議な力を持つカードでのみ行われるゲームである。
審判と進行役はジョーカーが行う。
挑戦者は赤のダイヤかハート、どちらかのカードを13枚持つ。
受けたほうは黒のスペードかクラブのどちらかを13枚持つ。
1から13まできちんと並べ、先攻は13から、後攻は1から順に1枚出して大きい方が勝ち。
Aは1として扱いKに負ける。
つまり先攻は6回勝って、引き分けを挟んで6回負ける。
先攻になるか後攻になるかはジョーカーを持った挑戦者が決める。
勝負の間隔は挑戦を受けたほうが1日毎とか一時間毎などと指定する。
デビルカードを持ているものは必ずジョーカーを持っている者の挑戦を受けねばならない。
勝った方は負けた方と交換するものを一つの単語で指定することができる。
たとえば勝った方が【自動車】と指定すれば、勝った方の軽トラックと、負けた方の最高級リムジンと交換することができる。
ただし、交換できるものは今現在所有しているものに限られる。
そしてそれを相手が持っていない場合は一方的に押し付けることになる。
また、そのゲーム中は同じ単語は二度と使うことができない。
ただし【両親】を交換されたら、取り返すのに【父】と【母】の2回に分けて指定することはできる。
両親を交換するなんて、と思うが、魔法でこの世の因果律をゆがめてそれが正常だということになる。
入れ替わった父母を対戦者だけはそれと認識できるので、負けた方には過酷なことが多い。
さらに負けた方は、何を交換されたのか、自分で調査して対策しないといけない。
勝負と勝負の間に時間を開けるのはその調査のためでもある。
交換したものを奪い返される前にゆっくり楽しむという意味もあるが。
もちろん間隔を縮めて勝負を急いでもいい。
「だから本田はな。お前とアニメのポスターと、つまり2次元の恋人と【恋人】で交換されそうになって自殺したのさぁ。自慢の容姿はあいつにとられちまったがねぇ。」
同級生の真田は頭はいいし容姿もいい。
かなり女の子にもてそうだけど、ものすごいオタクで友達もいない。
あははは、と、馬鹿笑いするジョーカーを見ていると体の奥底からどす黒い憎しみが湧き上がってくる。
ふと覚える違和感。
もしかしてあの真田の【容姿】は本田君のものだったのかもしれない。
私たちは、お似合いねってよく言われてたじゃないのっ!
そうだったんだ。
「私、真田に挑戦する!」
「対戦中は誰ともゲームについて話をしてはならない。途中中断など規約違反者は魂が地獄送りになって体は相手の奴隷になるそれでもいいかぃ」
「いいわ、始めて」
「良し、受け賜……ん!誰かが先に始めてしまったようだ。お前はその勝負が終わるまで待て」
「ほかにもジョーカーがいるの?」
「ジョーカーは予備に1枚ついてるものさ。とにかく結果がどうであれお前のゲームは次に入る。おぼれた犬をいじめてもよいし、勝ち誇った絶頂から叩き落としてやるのもいい。勝負を宣言したお前は今始まったゲームで因果律の変化に巻き込まれないから面白いものが見れるかもしれねぇな」
「結果が見れるの?」
「ああ、対戦相手はサッカー部のキャプテン、片桐だとさ」
「え!」
3年生の片桐先輩は、私の親友玲奈の彼氏。
「対戦間隔は2分だとよう、あいつかなり自信が有るんだろうな」
ジリジリとした時間が過ぎる。
「おっ! 今終わった。向こうのヤツが言うには簡単にケリがついたそうだ勝負の結果はオレには言えねぇ。自分で明日確かめるんだな。お前との勝負の開始は明日の午前0時。勝負の間隔は1日、つまり毎日午前0時に勝負する事に決まった。勝負の5分前にまた来るさ。作戦、考えとけよ。それからこのゲームに関係有ることを無関係な人間に話したらその場で地獄に連れて行くからな」
我に返った時には手元にはジョーカーのカードが一枚。
その夜はまた寝付けなかった。
この世界の隣のある場所で、2匹のジョーカーがケタケタと笑い合うのも知らず、私は復讐で真っ黒に染まった心で、ひたすら敵に勝つ方法を考えていた。