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そして歯車は動き出す

 「ここは危険ですから」


 という伯爵の言葉で、俺達は城壁塔から移動した。

 そして現在、ソフィア姫達と共に伯爵の執務室で紅茶を頂いている。

 ちなみに執務室とは、この世界に来て最初に到着したあの部屋の事だ。

 本棚と事務机しか無い所に、わざわざティーテーブルと椅子を用意させる辺り気配りが良いな、と思ったが椅子は二つしか無い。

 俺とソフィア姫が座り、エレナさんと神様は護衛と言う事で部屋の外で控えた。

 ……正直、俺も同じように外に行けば良かったと後悔している。

 何しろ室内の空気が、放電しているかのようにピリピリしているからだ。


「……さて。随分と遅い到着だったわね、伯爵。弁明の用意は済んでいるかしら?」


 ソフィア姫は空になったティーカップをテーブルに置くと、事務机で書類を処理していた伯爵を親の仇のように睨み付ける。

 しかし当の本人は、一切の反省も後悔も無いような涼しい顔で頭を下げた。


「申し訳ございません、敵襲を受けた直後から様々な対応に追われていました。まさかソフィア様達が、あのような場所にいらっしゃるとは露知らず」

「私達の居場所が把握できなかったと言うつもり? 城壁塔へ立ち寄ることは複数の兵士に伝えたはずよ」

「その伝令が私の元へ届く前に、おそらく彼らは死亡していたかと」

「なによそれ、どういう事?」

「魔力が枯渇した状態で、要塞内に数名の死体が確認されておりますゆえ」


 死体、という言葉にソフィア姫の表情は硬くなる。

 けれどそれも束の間、怒鳴ることよりも冷静さを選んだソフィア姫は、ゆっくりと口を開いた。


「……では原因を教えなさい。まさか魔物の仕業だというつもり?」

「不明です。その真相究明やソフィア様の捜索も指示しておりましたゆえ、魔物への対応が後手になったのです」

「後手? 白々しい嘘を吐かないで。王国の盾と称された貴方の領地にあれだけの魔物が奇襲しただけでも冗談めいているのに、対応すべき兵が現場に一人もやってこなかったのは明らかに人為的なものよ」

「魔物は複数の箇所で同時侵攻したのですよ。人為的とは、まるで私が仕組んだと言わんばかりの叱責だ」

「証拠があれば弾劾しているところだわ。貴方の目的はハッキリしているのだから」

「ほう?」

「惚けないで。異世界の人間を犠牲にする事を反対していた私に、クローの実力を示したかったのでしょう? もくしは、貴方自身がクローの実力を計りたかったのよ」


 反応を伺うようにチラリ、とコチラを見てくるソフィア姫。

 しかしそんなアクションをされても、俺に政治は判らない。

 蚊帳の外だと自覚しているので、大人しく紅茶を口に付けるしか無かった。

 あ、とても美味しい。


「なるほど。では、その実力を知ったソフィア様は、彼の処遇について如何なさるおつもりですか?」

「……結果的に魔物から守って貰ったわ。王族を守った恩人として手厚い報酬と生活の提供をすべきでしょうね」

「ふふ、安全に保護なさるおつもりか。ですが彼の実力を目にした者が、この要塞には数多く居ります。貴方が口を噤んでも、いずれは陛下の耳にも彼の武勇は届きましょう。否応なく、彼は戦う事となるのです」


 流れるように動いていた筆を止め、ニッコリと微笑む伯爵。

それに対してソフィア姫は、まるで噴火したみたいな勢いで椅子から立ち上がると声を上げた。


「恥を知りなさい、モート・エル・ヤムナハル。命の恩人を追い詰めるような無礼を働きながら、再び助けを乞えというの。身勝手な国の為に命を削れ、と?」

「えぇそうですよ、ソフィア様。もはや恥という贅沢な感情は捨てて頂きたい。綺麗事を尊べるほど、我が国には余裕がありません。外道であろうと、進むしかないのです」


ソフィア姫が灼熱だとするならば、モート伯爵は氷雪だ。

 そんな温度差の激しい二人の間に挟まれる俺は、空になったカップに紅茶を注ごうとポットへと手をかけ、れなかった。


「待ちなさいクロー。貴方の問題よ、命を駒のように扱う男に何か言う事はないの」


 右手をガシッと掴まれてグイグイと凄まれても、おそらく俺にソフィア姫が望む言葉は言えないだろう。ただ、無言を押し通せないのも理解している。


「……そういえば俺が泊まれる部屋って、何処なんでしょう」

「ちょっと待って。それは今、聞いておくべき重要なことかしら?」

「でも先程から、俺が此処で暮らす事を前提で話を進めていますよね? なら、住居の相談は当然なのでは」

「……それは。帰せる手段があるのなら、私だって」


 ソフィア姫の手から、力が抜けた。

 この様子なら、俺が元居た世界に戻る可能性はなさそうだ。

 帰る気などサラサラなかったが、これで僅かにあった未練も断ち切れる。


「ぶっちゃけ俺は人助けに必要なことなら、どんな事でも抵抗はありません。ただ、より多くの人を救う為にも、杜撰な管理だけは勘弁願いたいのですが」

「そんな扱いしないし、報酬だってキチンと用意するわよ。寝室だって貴族が羨む特注を用意してみせるわッ」

「それは良かった。報酬に興味はありませんが、きちんとした寝床は身体のメンテナンスの為にも必要ですから。これで安心して労働できるというものです」

「……有り得ない。何で来たばかりの国の為に、そこまでしようとするの。貴方」


 申し訳なさそう顔を向けて、もはや聞き飽きた言葉を口にするソフィア姫。

 俺を国の為に命を犠牲にする被害者だと決め付けている善人は、こちらが何を言っても聞く耳を持たないらしい。

 ……それでも、告げずにはいられなかった。


「勘違いしないでください。俺は自分の望みを叶える為に戦うんです。善意なんてこれっぽちもありません」


 本当、それ以上でも以下でも無い。

 むしろ余計な正義感で目的を邪魔されたくないな、とさえ思う。


「この国は魔物が溢れて困っているのでしょう? 俺が魔法で戦って国を平和にして、みんな幸せに成って俺も罪滅ぼし完了です。誰も損しない優しい取り引きです」

「……複雑だわ。ここまで都合の良い人間に会えたのに、まったく嬉しくないもの」


 不機嫌そうに眉を曲げ、呆れた様子をみせながらソフィア姫は席に着く。

 場の空気はクールダウンし、タイミングを伺っていた伯爵が口を出してきた。


「じつに心強い主張だよクローくん。期待するばかりだ」

「……でも、そうする為に、具体的に何をしたら良いのか分かりません」

「安心したまえ。私が采配する」


 悪人がするような笑顔を作る伯爵。

 でも話がスムーズなので、ソフィア姫よりは好感が持てた。


「まず君には、南方にあるアッカド基地に向かって貰いたい」


 瞬間、ガツンと。

 会話を遮るようにテーブルが揺れる。

 原因を作ったソフィア姫を見れば、そこには鬼の形相があった。 

カツカツと床を足で刺すように歩くと、伯爵の机をドンと両手で叩く。


「ふざけないで。あそこは我が国に侵攻してくる魔物との最前線じゃない」

「たしかに。最近は、クリティアスの兵士も目撃されていますね」

「……待って。西方の戦闘民族が、どうして南方領土に?」

「おそらく国の混乱に乗じた軍略の下準備かと。名実共に我が国における危険地帯と言えますね」

「なおさら質が悪いでしょうッ」

「だからこそ、問題が解消された場合の見返りは大きいのですよ。アッカド基地を平定できれば、国内の混乱は大きく沈静化が進みます」


 伯爵は何事もなかったように筆を走らせ、また一枚の書類を紙の山に積み上げた。

 なにか我慢するようにソレを見ながら、ソフィア姫は低い声で伯爵に尋ねる。


「えぇ、そうね。見返りは大きいでしょう。でも召還されたばかりのクローには、荷が重すぎる。場合によっては、せっかくの異世界召還者が失われてしまうわよ?」


 一瞬の沈黙。

 伯爵は顔を机に向けたまま、優しい口調で答えた。


「その時は、また別の者を召還すれば良いのです」

「――――」


 ……あ、ソフィア姫が伯爵を平手で叩こうとしている。

 さすがに不味い、と俺は慌てて席を立つ。

 伯爵の眼鏡が飛んでしまっては、俺との交渉に支障が出てしまうだろう。

 なので、俺は伯爵を襲おうとしている少女の身体をグイッと引き寄せた。


「きゃっ」


 不意打ちで背後から身体を掴まれたら、人は誰しも振り向くものだ。

 そして無意識であっても、邪魔者を排除しようと防衛本能が働く。


「なっ」


 相手が誰か気付くソフィア姫だが、もう遅い。

 彼女の指先は俺の顔に進路を変更して止まらない。

 バチンと頬を弾く音が頭を揺らし、痛みで意識が白く染まる。

 痛い。痛いが、これも人助けになったと考えれば耐えられた。


「あなた、何でッ」


 慌てて手を引っ込めたソフィア姫が、心配した顔で俺を覗き込む。

 どうやら想定外のことに怯んだ様子だ。これはチャンスである。


「アッカド基地という場所に行って、俺は何をすれば良いんですか?」


二人の動きが止まり、双方の視線がコチラに突き刺さる。

 ソフィア姫は呆然とした顔を見せてきたが、伯爵は歓迎するように口を開いた。


「そうだね。まずはアッカド基地の周辺に封印された、魔物の異常発生を引き起こすと言われている遺跡を見つけて欲しい」

「――何よ、それ。知らないわ。そんな話、私は聞いたこと無いわよ」


 険しい顔のソフィア姫が再び机に詰め寄った。

 しかし伯爵は余裕な態度を崩さず、淡々と説明をこなす。


「南方でも知る者の少ない噂程度の話です。ですが、無視も出来ますまい」

「だったら、多くの部隊を派遣すべき案件でしょうッ」

「ソレが出来る地域ではないことを、貴方は知っている筈だ」

「……くっ。それは、そうだけど」


 途端に歯切れの悪い態度をとるソフィア姫に、俺は首を傾げる。

 一方、彼女の様子を満足そうに笑うモート伯爵は俺に向かって話しかけてきた。


「まぁ遺跡の件は本命では無いよ。基本的な目的は魔物退治と基地の機能回復だ。アッカド基地は私が個人的に支援していてね。あそこが無くなるのは不味いんだ」

「どうしてですか?」

「南方の最前線が崩れるというのは、西を預かる私の領地にも悪い影響が出てしまうからね。魔物は各地に出現するが、南方のアッカドが特に多い。ならできる限り、厄介は押し込めておきたいのは当然だろう?」

「でもそうなると、アッカド基地が一番被害を受けるのでは?」

「それは必要な犠牲だよ。戦っている者達も承知の上だ。だからこそ私は感謝も兼ねて物資を輸送している」


 伯爵の言動には不快感を感じるが、来たばかりの俺がそれを言うのは躊躇う。

 支援もしているというのだから、部外者が良心の呵責を問うのは烏滸がましい。

 それよりも。


「……最前線と言う事は、即戦力を期待されてる訳ですね。でも俺はそこで役に立つことが出来るんでしょうか。戦いなんて未経験です。少し不安になりました」

「数は少ないが、現地にも人間は居る。君が到着する前に、彼らに協力を取り次いでおこう。具体的に何をすべきかも教えてくれる筈だ。安心したまえ」


 さすがに、そんな言葉で胸を撫で下ろすほど脳天気ではない。

 ……成果や身の保障は求めていない。本当に欲しいのは理由付けだ。


「何か迷うことがあるかね? 君が基地の防衛に成功すれば多くの領民が救われ、我が国の再生は大幅に早まる。いや断言しよう。これは神の使徒になった君にしか出来ない仕事だとね」

「じゃあ行きます。そこまで必要とされているのなら」


 虚言であっても踏ん切りは付いた。別に名誉も報酬も、どうだって良い。

 俺は、心の中で粘つく泥みたいに張り付いた罪悪感を払拭したいだけ。


「いやはやクローくん、君の即決っぷりは美徳だ。手間が掛からなくて助かるよ」


 伯爵は当てつけるようにソフィア姫へ視線を向け、新しい用紙に手を付けた。

 指摘された当の本人は、何か耐えるようにプルプルと身体を震わせている。

 ……けれどソレは長く続かない。

 揺れていた身体がピタリと止まると、ソフィア姫は冷静な声を出し始めた。


「――決めたわ、私もクローに同行する」

「は? いま、なんと」

「聞こえなかったのかしら、伯爵。貴方にとって煩わしい人間が、アッカド基地に向かうと口にしたのよ」


 その台詞に伯爵は石化してポロリ、と書類を落とした。

 床に到着したソレを鮮やかにソフィア姫が拾うと、春の日差しのような暖かい表情と一緒に机へと戻す。


「私、本気だから」

「……馬鹿なことを。正気ですか、ソフィア様。彼を止められないというのなら、せめて目の届く範囲で見守りたいとでも?」

「ふぐっ」


 ――あ、茹で蛸みたいに顔を赤らめるソフィア姫だ。

 王族が恥を掻くなど貴重な出来事に違いない、この映像は脳内に保管しておこう。


「……違うわよ。来たばかりの異邦者が命を賭して戦うと言うならば、王女たる私が安穏とした生活など過ごせるものですか。これを機に、私は国難に挑む事を決めたのよ」

「覚悟は立派ですが、そのことを陛下に何と申し上げるおつもりですか?」

「説得は貴方に任せます。そのくらいの負担は、わざわざ王都に出向き、私の保護者を買って出た貴方の務めでしょう?」

「…………」


 伯爵は不機嫌な顔を隠さず、ソフィア姫を睨む。

 しかし相対する側は澄まし顔で受け流した。


「もちろん断っても構わないわ。その代わり、私は勝手に抜け出しますけれど。今ならまだ、貴方の制御できる状況下で事が進むとは思わない?」


 してやったりという態度を隠さないソフィア姫。

 一方、伯爵の眼鏡が反射していて、その表情はイマイチ読み取れなかった。

 けれど紡がれた言葉だけは、ハッキリと耳に伝わる。


「……七日間。その期間ならば、滞在を許しましょう。無論、命に関わる状況が発生した場合は、即時に帰還して頂きます。それがアッカド基地行きの条件です」


 溜息混じりにそう呟くと、伯爵は再び資料の作成に勤しむ。

 直後、ソフィア姫はクルリとコマのように半回転すると、腰に手を当てながら勝利を喜ぶ顔を向けた。


「そういう訳だから。今後ともよろしくね、クロー」

「……こちらこそ」


 変な姫君だな、と思った。けれど、嫌悪感は沸かない。

 多分、この人の善意は俺と違って打算がないからだろう。


「では早速、行動を開始しましょうか。まずは、その変な服装を正すところからね」


 そう指摘されて、俺は確認するように自分の姿を見る。

 ……なるほど、ブレザーのことか。

 異世界に来たのは学校帰りの放課後、つまり制服のままだったのだ。


「けれど別に、変な格好ではないでしょう?」

「バカを言わないで。私がこの白いドレスを着るように、我が国を救おうとする貴方には相応しい仕立てが必要でしょう」

「そういうもの、ですか」

「えぇ。本来なら、王都で一流の職人に作らせるべきだけど。……そうね、一日ほど我慢しなさい。私の権限で、できる限りの仕立てを用意するから」


 俺以上に張り切り始めたソフィア姫を見て、きっと世話好きな性格なのだろうと思いながら俺はカップに紅茶を注ぐ。

 ……うん、やっぱり美味しい。

 砂糖を入れていないのに、仄かな甘みが口内居を優しく包み込む。

 あっという間に空になったカップを眺め、ふと思い付いたことを口にする。

 紅茶一つでこれだけ美味しいのならば、と。


「すみません。もし本当に感謝してくれているのなら、今日の夕食は豪華な食事を用意して欲しいのですが」


瞬間、ガラスのように空気がピシリと割れる。

 様子を窺うとソフィア姫が顔を輝かせ、伯爵は蒼白な顔で首を横に振った。


「えぇ良いわ、私が腕によりをかけて振る舞ってみせましょう」

「お止めください。せっかくの魔法師が、基地に行く前に死んでしまうッ」


 先程までの駆け引きいはどこへやら、今度は料理について熱く議論を始める二人。

 ……どうやら俺は、なにか禁忌に触れてしまったようだ。

ちなみに。

 その日の夕食は、生まれて初めて感涙してしまうほどの料理が出てきてくれた。

……まぁ。そんな風にして、俺の異世界生活は一日目を終えたのである。

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