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力を合わせて

 たとえ自分一人が犠牲になっても、救える命があるのなら満足だった。

 ――筈、だった。しかし。


「待たせたなぁ、魔法師クロー」


 覚悟していた未来を打ち壊す声に、俺は攻撃を忘れて顔を上げた。

 その時、夢でも無いのに被災したかつての光景を幻視する。


「安心しろ、今度は吾輩がお前を助ける番だッ」


 圧倒的な質量で落下する脅威から我が身を省みず救おうとする姿に、過ぎし日の思い出を感じて胸が震えた。

 視界が滲む中、殺意が込められたゴーレムの左手を、飛びかかった身体と突き出した拳で跳ね返す光景を見たのだ。

隕石を人の身で弾くような奇跡。

 実際に目にしていながら、有り得ない現象にさえ思える。

 人の強靱な意志が、理不尽を覆す瞬間に心を奪われた。


「ふん、やはりそうか。ここまで戦って、ようやく確信したぞ。その巨体を動かす魔力量も有限に過ぎず、さすがに全身くまなく充足している訳では無いと、な」


 呼吸を荒げるイーシュさんの言葉と攻撃は止まらない。

 押し出されるように飛んだゴーレムの腕が再び接近してきたにも関わらず、弓を引くように右腕を後方に捻って迎え撃つ構えで待ち受ける。


「勝ち筋は見えた。我が一撃は鉄さえ砕く。ゆえに粉微塵と化せ、石材の魔物よ」


 そして、その言葉は現実となった。

 イーシュさんの拳と衝突したゴーレムの拳は、突風に晒された塵芥よりも容易く砕け散ってしまったのだ。

 未だゴーレムの腕自体は健在だが、ゴーレムは怯んだように停止した。

 それは一時的であるが実質的な勝利だった。

 なのにイーシュさんの顔は昂揚など無く、相手を惜しむ無骨な眉の歪みが刻まれる。


「この損害を以て理解しろ、優先順位を間違えたのが貴様の敗因だと。防御では無く、攻撃に魔力を注いでいれば吾輩が負けていただろうに」


 勝者であるのに自虐にも聞こえるイーシュさんの言葉を聞いて、セレネ将軍は感心したように頷きながら呟いた。


「――なるほど。あの脆さはゴーレムが弱点を守護する為、魔力を頭部に集中させすぎた影響ということですか。さすがアッカドを任された軍人、冷静な状況分析だ」


 それは独り言だったのだろうが、結果として俺でも分かり易く理解できた。

 無鉄砲な戦い方ではあったものの、複数による同時攻撃こそが正しいゴーレムの攻略法という訳である。

 しかしこの糸口に辿り着いた立役者は、何よりも先に謝罪を口にした。


「あぁ、遅くなってすまない。撹乱させながらここまで来るのに手間取ってしまった」


 そう語るイーシュさんの軍服はボロボロで、頬や腕に切り傷が無数にある。

 酷使した拳や足なんて血だらけの重症なのに、その表情は安堵を浮かべていた。

 ……あぁ、コレは叶わないなと理解する。

 誰かを助けられて、あんな嬉しそうに喜べるなんて俺には出来ない。

打算など無い、誰かを守れたという誇らしげな表情が目に眩しいのだ。


「しかし、お互いに随分な格好だな。……ん、おい。その双剣はなんだ。味方を突き刺すとは一体どういうつもりだ、セレネ将軍」


 そう呟き、先程とは一転して鬼のような形相になるイーシュさん。

 対して、俺の背後に居るセレネ将軍は含み笑いで答えた。


「集中力が切れて、ようやく目当て以外の存在に気付きましたか。まぁ怖い顔をせず安心してください。これ以上、自分は危害を加える気はありません。ゴーレムの腕が破壊されたのなら、逃げない盾役も必要ありませんから」

「なんだと?」

「出し抜くより共闘する方が効率的だ、という事です」


 そう言うとセレネ将軍は双剣を俺の背中からズボッと引き抜き、今度は労るように両手で傷口に触る。


「万物の喪失は宿命なれば、再生もまた摂理なり、慈悲を求めるのならば捧げよ、対価と共に与えよう。……『代償の癒やし』」


 その魔法によって、裂かれた背中が痛みを伴いながら回復する。

 まさか、攻撃した本人が治してくるとは思わなかった。

 イーシュさんも同様だったのか、困惑した顔で口を開く。


「一体何がしたいのだ、貴様は」

「言ったばかりでしょう、一緒に戦おうと。貴方が身を以てそれが最善だと証明したのですから、文句も無いはずだ。イーシュ殿も早々に倒して基地に戻りたいでしょう?」

「その原因が自分にあると理解しての発言か?」

「議論している暇はありません。ほら、ゴーレムも次を仕掛けています」


 攻撃は左右からだった。

 自分の頬を両手で挟むように、ゴーレムの両腕が轟音と共に向かってきている。

 この場に留まっていては、逃げ場は無かった。


「ち、仕方ない。クロー。ここは一端、下に降りるぞ。おそらくゴーレムも先程のような華奢な状態で挑むまい。何より1カ所に集中させては相手の有利となるだけだ」


 対処できないと判断したイーシュさんが、すぐさま飛び落ちる。

 俺も倣って行動したが、それは致命的なミスだと気付く。


「――――」


 狙われていた。

 ゴーレムは頭上から滑降する俺達に顔を合わせ、今まで閉じていた口を開ける。

 洞窟のような顎が広がると、そこからマグマのように巨大な炎が溢れ始め、顔に熱風が吹き付けられた。


「ッ、まさか魔法まで使用できるのか、ゴーレムはッ」


 動揺するイーシュさんの声を聞きながら俺も理解する。

 そう。

 無機質であっても魔法で動く物ならば、すなわち魔物なのだ。

 詠唱無しで発射される巨大な火炎弾。

 まだ触れてもないのにジリジリと身を焦がす痛みが、俺とイーシュさんを襲う。

 しかしほんの僅か、何かに遮られるように暑さが和らいだ。


「死なせるものか。もう吾輩の前で、仲間を奪われる真似はさせんッ」


 落下しながらも両手を広げて俺を庇おうとするイーシュさんに、今度は俺の思考が沸騰した。

 ――直撃すれば目の前にいる人は確実に死ぬ。それは嫌だった。

 俺なんかを守ってくれた善意を、あの時のように失いたくは無かった。

 だから、俺は全てを削って魔法を放つ。


「グ、ウォォォォッ」


 必死に抵抗する為の叫び。それが今の俺にとっての詠唱。

 迫り来る熱量に対抗するように、俺の口からも放射された火炎が産まれる。

 衝突する魔法と魔法、しかし相殺するには俺の威力が足りない。

 ドン、と。

 爬虫類特有の腹ばいになる姿勢で無事にゴーレムの胸元付近へ着地できたが、まだ攻撃を止めるわけにはいかなかった。

 だって着地の衝撃に耐えきれなかったイーシュさんが、荒い息で跪いたように留まっているのだ。

 あの熱の塊がこのまま降り注げば、イーシュさんは死ぬ。故に退避は許されない。


「クロー、吾輩に構わず、先に逃げろ。お前の方が、この国に必要だッ」


 そんな心配よりも、さっさと助かって欲しい。

 という愚痴を零す余力も無く、魔力の限界が近付いてくる。

 身体中を覆っていた鱗がサラサラと空気に解けて、元の素肌が露出していく。

 比例するように、俺の火炎放射はゴーレムの灼熱に浸蝕された。

 魔力が枯れていく。人の姿に戻っていく。勝てない。このままでは負ける。

 ――そんな時。


「やはり共同作業は素晴らしい。貴方達に頼って良かった。おかげでゴーレムの核の正確な位置が把握できました。なるほど、ソコにあったのですね」


 まるで計っていたかのような、いや実際に見極めていたのだろう。

 ドカン、と。足場の岩を崩落させながら。

 俺達と一緒に落下せずゴーレムの頭上に留まっていたセレネ将軍が、抜剣状態のまま降ってきた。

 しかしその着地場所は、灼熱と火炎が互いを食い合っている危険地帯だ。

自殺行為だと、誰もが思った。……だが。


「改めて言いますが、この火力程度など自分には効きません」


 獰猛な笑顔で火柱を通過して、ゴーレムの口の中へと飛び込んだ。

 俺とゴーレムが容赦なく爆発や炎上を浴びせているのに、勢いは止まらない。


「あぁ、とうとう捕捉しましたよ、魔力の根源を。強固な殻でも、中身は脆い」


 ――強固な殻でも、中身は脆い?

財宝でも発見したような声を聞いて、ようやくセレネ将軍の目的が理解できた。


「そうか、外郭を攻撃するより、魔石のある内部に侵入さえしてしまえば」


 強烈な異音によって、イーシュさんの言葉は途切れた。

 バリィン、と。

 ガラスを叩き割るような破裂音が、ゴーレムの口内から伝わってくる。

 途端、石像の巨人は致命傷を受けたように絶叫しながら身体を仰け反らした。


「――――」


 攻撃されたゴーレムの断末魔は、波紋となって森中を震えさせた。

 超音波のような振動が、まるで麻痺したように思考と動作を鈍らせる。

 だがそんな状態でも判ることはある。ゴーレムは倒されたのだ、と。

 事実、滝のように降り注ぐ火は消えた。

 空に慟哭する敵は、胸元に居る俺達を無視して両手で頭を覆う。

 そして頭痛に苦しむような格好のまま、文字通り石化したように停止した。


「やった、のか?」


 イーシュさんが半信半疑の様子で頭上を見上げる。

 と同時、ゴーレムの頭蓋の一部が内側から爆破されたように飛散した。

 吹き飛ぶ粉塵と共に現れたのは、双剣を鞘に戻すセレネ将軍だ。


「核を破壊しました、これで戦闘終了です」 


 敵を討ち果たしたセレネ将軍は脱出したゴーレムの顔から、俺達の居る位置にまで躊躇泣く滑降する。


「……吾輩達は、本当に勝ったのか。ではこれで南方の魔力異常は改善されると?」

「おや、実感が沸きませんか? まぁ遺跡の調査が台無しになったので理論的な確証は出来ませんが、歪んだ魔力が正常に戻りつつあるのは魔法師なら肌で理解できる筈だ」

「数年間も戦い続けたのだ、楽観視など出来る筈が無い、なにより、クローを傷付けた者の言葉を素直に受け入れるものか」

「そうですか。ですが自分は喜ばせて貰います。これで本国に帰れそうだ」


 彼女の意思を示すように、竜化していた部分が崩れて元の姿に戻っていく。

 まぁ、ソレは俺にも言える事だった。

 原因は魔力切れだが、鱗も尻尾も綺麗サッパリと消えている。魔法のローブの効果なのか、服装に損傷がないのは大変ありがたい。

 そんな俺の様子を見たイーシュさんは、安堵の溜息をついて近付いてきた。


「良かった。無事で何よりだ、クロー。しかし失敗したとは言え、竜化の護身を扱えるとは底知れない奴だ。まぁ、それが出来ない吾輩にとっては複雑だがな」

「……俺としては反省するばかりです。結局、何の役にも立たなかった」


 むしろ足手まといだ。何しろ、今も力尽きて動けないくらいである。

 それを察してくれたのか、イーシュさんが自分の肩を貸して起こしてくれる。


「何を言う。お前の攻撃があったからこそ、ゴーレムは口を開いたのだ。セレネ将軍だけで戦っていたら、あの展開は起こりえなかった筈だ」


 ソレを言ったら、イーシュさんの協力無くして俺は生きていなかった。

 ……両手の皮はボロボロに破れ、両足は朽ちた老木のように今にも折れそうだ。

 俺より重症なのに、イーシュさんは疲労を見せずに誇らしそうに笑う。


「ここまで反論がないのは、吾輩の主張は肯定されたという事だろう、セレネ将軍」

「えぇ、否定はしません。認めたところで、最大の功労者が自分だという事実は覆りませんからね。とはいえ、些細な御礼として忠告はしてあげます」

「ぬ、なんだ?」

「早く此処から離れた方が良い。魔力で維持されていた人形の動力が消失したのです。ならばゴーレムは元の姿に戻るでしょう。人工物では無く、ただの土塊にね」


 澄まし顔のセレネ将軍は、もはや用事は済んだとばかりに会話を打ち切ってゴーレムから地上へ向かって飛び降りた。


「クロー、吾輩達もここから離れるぞ。悔しいが、セレネ将軍の言い分は正しい。ゴーレムの活動が停止した今、この場が保っていられるのも時間の問題だ」


 イーシュさんの言葉を証明するように、足元の石床から亀裂が発生する。

 地割れを見ると、まったく嫌になる。

 グラグラと地鳴りを伴う揺れも相まって、過去を思い出して吐き気を催すのだ。


「急ぐぞ、クロー。このままでは崩落に巻き込まれて押し潰される」

「それは気が滅入りますね。苦手だというのに、こう何度も被災するのは呪いにかかっているとさえ思えます」

「意識はしっかりしているようだが、自力で走れる余裕はあるか?」

「……いえ、俺には歩く体力も残っていません」

「ふむ、では緊急処置だ。悪く思うなよ」

「えっ」


 驚く暇も無く身体がヒョイッと浮き、次にガッシリと受け止められる感覚。

 それは魔法では無く腕力の賜物、お姫様だっこである。


「は?」

「あまり口を開けるな。舌を噛むことになるぞ」


 つまり抗議の封殺であった。

 いや実際、文句を言う暇なくジェットコースターのような落下が始まる。

 イーシュさんは最速を目指したのか、たった二回の飛び降りで神様達が居る場所に着地した。


「うぷっ」


 恥ずかしさと内臓が持ち上がった気持ち悪さで、胃の中が荒れる。

が、とある視線に気付いた瞬間、吐き気が消え去るほど我に返った。


「……私が気絶している間、随分と妙な出来事があったようね」

「そ、ソフィア姫。起きたんですか」


 仁王立ちのソフィア姫の背後は、軍服姿に戻っている神様と居心地の悪そうなエレナさんが見守るように控えている。


「あれだけ大騒ぎしていれば目も覚めるわ。ところで、いつまで貴方達は抱き合っているのかしら?」


まっすぐ見据えてくる碧眼が、突き刺さるように痛い。

 別に害など与えていないはずだ。

 なのに、罪悪感が芽生えるこの気持ちは一体何というのだろう。

 そんな悩みに囚われながら俺はイーシュさんから離れ、ソフィア姫に言い訳めいた説明を開始することにした。

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