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遺跡の守護者

 いま思えば、それはフラグというヤツだった。


「では、行くぞ。ここから先は何が起きるか判らん。全員、油断するなよ」


 慎重な声でイーシュさんが遺跡の敷地に一歩、足を踏み入れる。

 途端、スイッチが入ったように目の前にあった遺跡は、音を立てて崩れ落ちた。


「なんだとッ」


 動揺するイーシュさんの声が、地面と一緒に震える。

 ……だが、この場にいる誰よりも混乱しているのは俺だろう。


「地震、ですか」


 過去のトラウマがフラッシュバックする。身体の寒気が止まらない。

 そんな筈がないと判っていながら、コンクリートの破片が落ちてくる気がして空を見上げてしまう。


【クロー、落ち着け。コレは人為的な物だ。すぐに収まる】

「……そう願いますよ、切実に」


 自慢では無いが、この状況で冷静な態度を保てるのは残り僅かだろう。 

 ゴゴゴゴゴ、とドラムを叩くように連続した低音が響き渡り、重い石材がサイコロのように下へ転がり、足場をグラグラと揺らしてくる。

 連続した立ち眩みのような感覚と共に、俺の意識も朦朧とし始めた。

 しかし有り難いことに、俺が正気の内に崩壊現象は終わってくれたようだ。


【まるでパズルだな】


 ――そう。

 神様が指摘する通り、遺跡の石材は高速で移動しながら組み替えられていく。

 カチカチカチ、と誰かが操作しているかのような滑らかなスピード。

 ソレはピラミッドのような建築物から、人形を思わせる容貌へと変化した。


「あれは一体、なんでしょうかね。神様」

【一種の防衛機能だな。よほど遺跡を人に荒らされたくないらしい】

「……笑えない。あの結界を壊しても、今度は門番が登場って訳?」


 ソフィア姫の掠れた声が騒音に掻き消される最中、三角形の祭壇は無機質の巨人に成り遂げた。……人体を模した岩の身体に、白く輝く眼光を宿した一つ目の顔。

 その異様な風体は、まるで生きた山のようだ。


【ゴーレムか。無機物を自立行動させる高等魔法だが、ここまでの巨体は初めて見る】

「まったく、悪夢を見てる気分ね。何しろ遺跡が丸ごとゴーレムだもの。断言するけどここの制作者は根暗だわ。モートみたいに、嫌がらせする為に生きてる性格よ」


 そんなソフィア姫の皮肉が耳に入ったわけでも無いだろうが、ゴーレムは照準を合わせるみたいに発光する一つ目を向けてきた。


「――――」


 無言の威圧が上から降り注ぐ。見下ろされる感覚と共に訪れたのは拒絶だ。

 侵入者には容赦しないとばかりに、ゴーレムは俺達の間近で両腕を勢い良く地面に叩き付けた。ズシン、という地鳴りと衝撃が周囲に走る。

 たったそれだけで、俺達の身体は数センチ浮いたのだ。


「まるで仲良くする気は無いという意思表示ね。伝説化するくらい人と関わってこなかったのに随分と仕事熱心だこと。私達からすれば厄介極まりないけれど」

【確かにゴーレムは面倒な相手だな。だが勝機はある】

「あら素敵。どうやるのかしら?」

「奴の身体を形成している機能、核と呼べる物を破壊すれば停止するぞ】

「そう。あの巨体の、どこにあるのかしら?」

【我の見立てなら、あの頭部だろうな】

「……一つ目のようなアレ?」

【うむ。あの体格に相応しい、膨大な魔力を作る燃料があるのは間違いない。あの輝く球体は間違いなく魔石だろう。ならば、ゴーレムの核である可能性は高いのだ】

「それは朗報ね。でも調べるのも近付くのも骨が折れるくらい苦労しそうだわ」


 苦々しい表情で呟くソフィア姫を聞きながら、俺は必死に考える。

……ゴーレムの弱点だと推察される場所は余りにも遠く、勝機があると言われてもソレは手の届かない代物にしか思えない。

 それでも、人を救える可能性が目前にあるというのなら。

 魔法を唱えることに、もはや躊躇いはなかった。


「……風の刃に慈悲はなく」


 ――先手必勝、死神の嵐を放つ。

速攻で打ち出した魔法は、鉄さえ切断する百を超える風圧だ。

 俺にとっては魔物相手に無敗を誇る魔法であり、もはや必殺技みたいなもの。

 放った時点で、勝敗は決したようなものだ。しかし。


「やったか?」


 イーシュさんの言葉は、即座に否定される。

 いくら鎌で切り付けたところで、山は沈まない。

表面はザクザクに傷付けているものの、相手は相変わらずの不動だった。


【まぁ、相性が悪いな。あの魔石は堅牢な岩の箱に守られた宝玉のような物だ。風の力では容易く防がれる】

「……じゃあ神様の水属性を利用した魔法でなら、どうですか?」

【今の貴様の不安定な精神力では、大した威力も出せまい】

「まぁ、否定は出来ませんが」


 あのゴーレムという存在は、どうにも被災した過去を俺に連想させる。

 排除したいのは山々だが、どうにも恐怖と苦手意識が芽生えてしまう。


「どうやら、ここは私の出番のようね」

「……ソフィア姫?」

「クローの最大火力で軽傷程度だもの。こうなったら、私の範囲魔法でどこまで頑丈か試すほか無いでしょう」

【おい、待てソフィア。お前の攻撃は規模がでかすぎる。我らも被害を受けるぞ】

「大丈夫。調整はするから」


 そう言いながらもソフィア姫は、何か仕掛けようと手を構えて詠唱の準備に入る。

 ゴーレムの頭上に向けられたその腕は砲台のように固定され、ソフィア姫による着火が始まろうとしていた。


「業火を生み、強奪を好む魔の兇徒よ、今ここに暴虐の贄を与えよう。我が身を糧に、深く沈む根の国より顕現せよ、偉大なる真紅、十角七頭の末裔」


その詠唱と同時、清涼だった森の空気が焦げるように熱くなっていく。

 昨夜経験した、喉が爛れるような危険な香りが周囲に充満する。

 ――つまり、コレはヤバイ。

 しかし止める間もなく、既にソフィア姫の魔法は完成していた。


「喰らい尽くせ、火流が如くッ」


 ゴーレムの真上に蛇を思わせる長身の炎が七つ出現し、螺旋状を描きながら敵の全身を覆うように直撃する。

 ドカン、と。

 それは噴火のような爆発を作り、粉砕した成果であろう岩の破片がゴロゴロと落石しながら地上へと降り注ぐ。


【ええい、ソフィア、もう少し場所を考えよ、全滅させる気かッ】

「もちろん理解しているわよ。これでも被害を和らげるよう、狙いを一極集中させなかったんだから」


 ソレは無駄骨である。断言するが、ソフィア姫の配慮はまるで足りなかった。

 確かに頭上から落下してくる脅威は少なかったが、ゴーレムを囲むように爆散した魔法の影響は大きく、周囲は薄汚れた灰色に染まり、視界が遮られている。


【クロー。判っていると思うが、これは過去の再現では無い。辛くとも現状から逃避せず耐えよ。でなければ精神どころか身体ごと死ぬぞ】

「心配されずとも平気です。俺が被災した時は火弾なんて降ってきませんでしたから。ここまで派手だと、いっそ別物だって認識できます」


 ケホケホと咳き込む最中、山頂を見上げるようにゴーレムの姿を探す。

 そして俺の視界に映ったのは白煙の中、巨大な影が大気を薙ぎ払う瞬間だった。

 と同時、ブオンという風圧によって霧が晴れるように景色が一気に広がる。

 だがそれは希望では無く絶望を抱かせる現象でもあった。


「……参ったわ、心が折れそう。手加減したけど、まさか外郭さえ崩れないなんて」


 ソフィア姫の憂鬱な声が現状を語る。

 そう、ゴーレムは未だ健在。周囲に散らばる岩の破片は成人男性の上半身くらいの大きさが精々で、それは敵の表面が剥がれたに過ぎないことを示していた。


「まぁ、でも問題は無いわ。威力を上げて、次を放つだけだもの」


 山脈の如く静止するゴーレムを前にして尚、ソフィア姫の気力は味方にとっても脅威に感じるほどの充足があった。

 しかし、その行動は意外な人物によって阻まれる。


「――姫殿下、貴方の魔法は周囲を巻き込みすぎる。ここからは接近戦で自分が対処しますので、控えて頂きたい」


 そう口にするセレネ将軍の顔は、玩具を手にした子供のような喜びを秘めていた。

 つまり戦おうとしていると言うよりは、楽しもうとしているとしか思えない。


「貴方こそ私の前を塞がないで。あんな怪物相手に接近戦なんて、無謀も良い所だわ」


 ソフィア姫とセレネ将軍の間で、火花が散る。

 剣呑な雰囲気を作りながら、それでもセレネ将軍は妥協しない。


「まずは魔物の核を確認することが最優先だ。撹乱させながら接近して、推察が正しいと判断したらゴーレムの頭部を破壊する。自分の竜化の護身なら、単独であってもソレを可能とするでしょう」

「大した自信家ね。長期戦を視野に入れていると言う事かしら」

「百聞は一見にしかず。十分程度の猶予を自分にください。その間に姫殿下が広範囲魔法を放たずに済む状況を作って見せましょう。自分が勝っても負けても、そちらに損は無い作戦だと思いますが」

「負けたら困るわよ。貴方はアッカド基地に部下に守らせているのよ。貴方に万が一のことが起きれば、彼らが牙を剥くのは目に見えているのだけれど」

「仕方ありません。ならば、コレを差し上げます。それで懸念は晴れるでしょう」


 セレネ将軍がゴソッと何か取り出して、ソフィア姫へ放り投げた。

 パシッと受け取ったソフィア姫の手には、銀色に輝く紋章が握られている。


「……竜の刻印のペンダント。まさか」

「正真正銘、昨日見せた我が家の家紋です。ソレをカドモスに見せ、ここまでの事情を説明すればいい。それでアッカド基地と貴方達の安全は保障される」

「貴方、クロー以上の刹那主義だわ。貴方にとってどれだけ重大なことか知らないけど僅かな成果の為に、一族の恩恵さえ投げ出すなんてッ」


 天地が引っ繰り返ったような、とても信じられないという顔でソフィア姫はセレネ将軍を問い詰めた。

 しかし当の本人はゴーレムから目を離さないまま、平然と話す。


「元より、惜しむ居場所ではありません。この地で帝国の利益になる成果を出さねば、自分は帰る事さえ出来ないのだから」

「え?」


 それは意表を突かれたソフィア姫の声だが、その場に居た全員の代弁でもあった。

 てっきり戦闘を楽しみたい為の横やりだと思っていただけに、差し迫った状況を語られるとは思わなかったのだ。

 ただ一人、消しゴムで擦ったみたいに無感情なセレネ将軍が静かに呟く。


「それは捨て身の覚悟を証明する物です。結界破りで貴方達の手を借りた以上、独力で手柄を上げるのは今より他にありません。自分とて必死だと言う事だ」


 今までのことを鑑みれば、セレネ将軍の言動は信用できない。

 だが先程の言葉だけは、今まで聞いた中で一番、切実に聞こえた。

ソフィア姫は少し考え込むように黙った後、探るような顔で口を開く。


「……もし貴方を残して私達がアッカド基地に戻った場合、貴方の部下に私達がこれを奪って、利用したと勘違いされない保証は?」


「無駄な仮定だ。自分の部下達は、ウサギが狼に勝てると思わない。まぁ、この戦いに負ける気などありませんので、その心配は杞憂で終わりますが」


「――そう。なら健闘を祈るわ、十分間だけね。家紋に免じて、我慢してあげる」

「では交渉成立だ」


 ソフィア姫を押しのけるようにセレネ将軍はゴーレムへ向かい、ソフィア姫はソレを止めずに黙って見ていた。

 いつの間に唱えていたのか、その姿は『竜化の護身』で変わっていく。


「あと一歩、ここを踏み出せば戦いの始まりです。ですが超えなければ安全だ。アレは遺跡を守るモノ。侵入せず大人しくしていれば、追っては来ないでしょう」


 そういう当人は躊躇いなく、前へと進んだ。

ゴーレムは地鳴りを生み出しながら、近付いてきた挑戦者に巨体を動かし迎え撃とうとしている。


「相手にとって不足無し。自分の剣技を存分にぶつけましょう」


 ソレがまさに戦いの合図となった。

 先制したのはゴーレムで、大きな図体の癖に素早く岩石の拳を叩き付ける。

 城壁が迫るような状況の最中、セレネ将軍は不敵に笑って双剣を振り下ろす。

 まるで、落雷と落石が同時に訪れたような轟音。

 圧倒的な物量と衝撃波の破壊が交差した刹那、周囲の景色が白く弾け飛んだ。


「いやはや力比べで互角とは驚きです。久しぶりに本気で戦えそうだ」


 その余裕を含んだ声に、俺達は驚きと共に息を呑む。

 なんと、セレネ将軍は剣撃だけでゴーレムの打撃を押しとどめていた。

 いや、それだけではない。

 麻痺したように動かないゴーレムに遠慮無く近付き、その身体に飛び乗ったのだ。


「さぁ、ゴーレム。自分の魔力が尽きるか、貴方の耐久力が保つか。次は我慢比べをしましょうか」


 セレネ将軍は階段を走るように腕から肩へ侵攻し、関節部分を双剣で斬り付けた。

 ドガン、と。

 まるで重機で土を掘ったかのように、ゴーレムの表面がゴッソリと弾け飛ぶ。

 だが相手からすれば軽傷、蚊に刺されたような範囲に過ぎない。

 それでもセレネ将軍の表情には、恐怖も焦りも無い。

 あるのは、とびきりの笑顔。

 要塞を一人で挑む無謀な戦いの中、セレネ将軍は上機嫌で攻略していく。

 その光景をじっと観察していた神様が、大人しくなったソフィア姫に尋ねた。


【どうする、ソフィア? あの女将軍が指摘した通り、ゴーレムは受動的な存在だ。でなければ、会話をしている暇も無く襲われていた。だが安全も今だけだ。アレが暴れ続けていれば見境無く攻撃してくるぞ】

「……どうもこうも、私達の選択肢は二つでしょう。あと数分待って戦いに加わるか、この場を離れててアッカド基地に戻るか」

【では、それを分かっていても、まだこの場を動かぬ理由は一つか】

「もちろん、戦うに決まってるでしょう? 基地に残る兵士達は心配だけれど、遺跡の問題を解決すれば南方の環境は大きく改善する筈だもの。この際、最上級魔法を解禁してでもゴーレムを排除するわ。私の全力なら夕方までには片が付くし」

【南方の森を消滅させる気か。少なくとも、近隣の生態系は崩壊するぞ】

「自然保護も良いけど、魔物の脅威を排除して人命を優先すべきだと思うわ」


 そう宣言したソフィア姫に対し、神様は呆れたように押し黙る。

 まぁ俺としてはソフィア姫に賛成だ。無言を貫いているがイーシュさんも反対する様子は無い。ただエレナさんだけが、曇った顔でソフィア姫の真正面に立つ。


「姫さま、申し訳ございません」

「え?」


 ――ドスン、と鈍い音が周囲に響く。

 寸秒、ソフィア姫の身体が崩れるようにグラリと傾いた。

 その光景を見て、俺は我が目を疑う。

 ……エレナさんの右拳は、ソフィア姫の腹部にめり込んでいた。

 倒れるソフィア姫をエレナさんが左手で腰を支え、肩を貸すように受け止めた。


「安心してください、姫さまには気絶して貰っただけです」


 ……なんで?

 状況を理解できず呆然と見ていた俺達に対し、エレナさんは心苦しそうに顔を俯かせて呟いた。


「イーシュ隊長、クロー様、私と姫様はアッカド基地へと帰還します。お二人には護衛を頼みたいのですが」


 その言葉を聞いて、俺はようやく気付くことが出来た。

 エレナさんは南方の平和よりも、ソフィア姫の安全を優先したのだと。


【……これは意表を突かれたな。騎士が主人を殴る場面を見ることになるとは】

「私としても苦肉の策です。ソフィア様の魔法は強力すぎて、自滅する危険がありますから。失敗した場合もゴーレムの標的になるのは確実です。安全の為にも、このまま戦って貰っては困ります」

【的確な判断ではあるが、面倒になったのも事実だ。気絶させて、逃げ帰った後はどうする? いっそのこと、このまま南方から離れるか?】

「人聞きの悪い。転進と言いなさい。結界は破れたのですから、準備を整えてから遺跡に戻ってくれば良いだけです。わざわざ少数人数で挑む理由はありません。いっそ、このままゴーレム退治の手柄くらい帝国に譲っても良いとさえ思います」

【まぁ確かに、ゴーレムは役目を終えると元の形に戻る。帝国の女将軍の勝敗がどちらでも、アレは元の遺跡に再構築するだろう。万全を期した調査は出来る。だが、ソフィアが納得するか?】

「叱られるのは覚悟していますし、こうやって喋る時間も惜しい。もし、お二人の協力がなくても姫様と私は一足早く帰らせて頂きます。私の最優先は姫さまの安全ですから」


 ソフィア姫を担いで、ゴーレムから離れ始めるエレナさん。

 その後ろ姿を追いかけるように、イーシュさんが口を開く。


「待て、吾輩も同行しよう。姫殿下の意思も尊重したいが、部下の安全が確保できるなら喜ばしいというのが吾輩の本音だ」


 どうやら二人とも、戦線離脱という意見で一致しているようだ。

 だが残念ながら、俺は違う。


「じゃあ、俺は残って戦います」


 この言葉を聞いて、二人の歩調が綺麗に止まる。

 イーシュさんは難しそうな顔で沈黙するが、エレナさんは非難する意志を隠さない。


「……クロー様は、この状況でゴーレム退治を優先なさるのですか?」

「違います、優先するのは人助けです。相手が誰であれ、危険な目に遭うというのなら加勢するのは当然なんです」

「加勢ですか。まさかセレネ将軍を助ける気なのですか、貴方は」

「はい。俺に敵国なんて振り分けはありません。ここで遺跡の魔力を正常化させれば誰もが喜ぶというなら、それは早く解決する方が良いに決まってる」


 そう言って、止められる前に全速力で走る。

 だが手に持っている神様だけは、無視するわけにはいかなかった。


【待て、クロー。すでに上級魔法の使い過ぎだ、また意識を失うぞ】

「そうかも知れません。でも、ここで逃げたら俺は後悔してしまう」

【我が加護を受けたとき、多少は自覚したはずだ。自分を大切に扱えない奴が、まともな人助けを出来るものか】

「……救える誰かを、我が身可愛さで見捨てることになるかも知れない。ソレが何より一番嫌なんです。我が侭ですが、俺は自信が欲しい」

【なに?】

「本当は撤退する方が賢いのかも知れません。でもここで頑張ってゴーレムを倒せば、俺も少しは、胸を張って生きれるかなって思えたんです。だから」

【――ちッ、仕方ない奴だ】

「神様?」

【そう言われては仕方あるまい。良いだろう、手を貸してやる】

「……感謝します。さて、体感的に十分は経過してますので」


 戦闘開始の合図を口に出すとともに杖をギュッと握り、自分が唱えられる最強の呪文を唱える。


「風の刃に慈悲は無く」

【全体を満遍なく攻撃するのではなく、頭部に集中しろ。ソフィアの魔法と違って二次被害は少ないし、殺傷力は高まる。合理的だ】


 そのアドバイスにコクリと頷く。元々、狙い定めていた所があったのだ。

 ……一応、巻き込まないようにセレネ将軍の位置を確認する。


「――死神の嵐」


 再び舞う鎌は、双剣を構える敵に夢中なゴーレムの顔をギザギザに切り刻む。

 並の魔物ならば百体は屠れる威力を結集させた事が功を成し、上空から砂嵐が発生したかのように岩の粉塵が飛び散った。

 ……それで隙間でも出来たのか、ゴーレムの頭部から漏れる光が一際大きく輝いて周囲を照らす。

 まぁそれでも与えた損害は致命的ではないが、セレネ将軍より目障りな存在だと認識されたらしい。


「よし」


 と、得意気に浸る余裕はない。

 ゴーレムは噴火を思わせる気炎を上げながら、俺に向かって拳を振り上げた。

 しかし遅い。


「亀が歩く程度か。なら怖くありませんね」


 ずっと続いていたセレネ将軍の攻撃の性か、動作が鈍くなっている。

 これなら回避は余裕だ。最悪、転がるように逃げれば良い。

 ――筈だった。


「がッ」


 ドガン、と。

 トラックに跳ねられたような錯覚と共に、息が詰まり、視界が暗くなる。

 ミシミシと骨と筋肉が軋む音を聞きながら、蹴られたサッカーボールのように吹き飛ばされて、上空に舞った。


「ゴホッ」


 口から上昇してきた血を撒き散らしながら、俺は悟った。

 フェイントだ。

 緩慢な動きで油断を誘い、隙を狙って急激な加速をして殴りつけてきたのだ。

 咄嗟に逃げようとしても、その攻撃範囲は余りにも広かった。


【クローッ】

「……目算が、甘かった」


 結論が出た頃には、吹き上がった俺の身体を引力がズブリと下へ沈めに来た。

 ヒュウ、と風を切る音が背中から聞こえる。

 あぁ、俺は溺れるように墜落するのか。

 そんな風に浮かび上がった感想も、すぐさま底をつく。

 ガシン、という衝撃と共に、俺は地面に叩き落とされた。

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