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プロローグ

主人公の過去を増やして再スタート(加筆・修正)

 ――昔、人を殺してしまったことがある。

 その後悔の念は一生消えないし、今でも鮮明に思い出す。

 十年前、俺は瓦礫の中で生き埋めになったのだ。

 母と商業デパートに居た時に地面が揺れて、気が付けば視界は暗闇に包まれていた。

 ……目覚めた時の混乱など、状況を理解した瞬間の恐怖によって吹き飛んだ。

 何しろ、認識できる周囲の全てがコンクリートの破片に囲まれていたのである。

 見えずとも触れれば冷たい人工物が体温を奪ってくるのだから、否応なく命の危険を実感できたというわけだ。

 もちろん、そんな場所から逃げようとはした。

 ……五体満足だったら、の話だが。

 ――動かそうと思っていた左腕の感覚は、なくなっていた。

 原因を探ろうと視線を向ければ、コンクリートが噛んだように俺の腕を押し潰していたというわけだ。

 極度の緊張による影響か、それとも神経が機能を失ったのか、痛みは無かった。

 それは同時に、抗う方法と気力も消失した瞬間だった。

 頭や他の部位は無事だった。ただそれも偶然では無く、母親だった者がクッションのように俺を守っていてくれたと言うだけの話。

 ……ある程度の時間を要したが、俺は一つの結論に辿り着く。

 それは独力の脱出は無理だということ。崩れて積み重なった残骸は重く、倒れたままの体勢を動かせる程の広さも無い以上、不可能という他ない。

 視界は暗闇に支配され、いくら助けを叫んでも誰も答えてくれず、食事は口に出来ないのに、排泄だけは垂れ流すしかない状況。

 過去を振り返る度に思うが、あの時以上の絶望を抱くことは今後もないだろう。


『死にたくない』


 ……肉親の喪失による悲壮感や、人だった者が側にある嫌悪感など、自分の命が尽きるという焦燥感に比べれば我慢できた。

 ――あぁ。そんな状況を我慢できる精神性は狂っていると言われれば、きっとそうなのだろう。

 だが六年程度の人生しか歩んでいなかった当時の俺にとってみれば、善悪の定義に悩む理性よりも生存本能の方が強かったし、何より。

 そんな状況でまともな精神を維持できるのなら、きっと俺は人を殺さなかった。


『助かりたい』


 その願望は俺に冷静な判断力と、情報収集を行う集中力を俺に与えた。

たとえ見る事は出来なくとも、サイレンやら人の怒号が耳に入る。

 外の世界で大変なことが起こっているようだ、というのは理解できた。

 つまるところ、助けを求めているのは俺だけではないと知ったのだ。

 だから俺は、生き延びる確率が上がる言葉を叫ぶことにした。


「助けてください、ココは何人も生き埋めにされているんです」


 嘘だった。

 目覚めてから、ただの一度も人の気配など感じる事は無かった。

 生き残ったのは自分だけなのだろう、とさえ思ったほどだ。


『それでも、救って欲しい』


 ……そんな人生最悪の嘘に反応してくれたのは、一人だけ。  


「ちょっと待っててください。今、助けますから」 


 騙されて近付いてきたのは成人女性だった。

 姿は見えないので声色だけの判断だったが、おそらく若いと直感する。


「えっと、子供だよね? すごく不安かも知れないけど、待っててね。もう少しで、救助の人が来るはずだから。それまでは側に居ることしか出来ないけれど」


 それはまるで、地獄の中から幸福が舞い降りたかのようだった。

 その喜びは視界が真っ暗闇のままなのに、声の聞こえた方角が輝いたような幻覚さえ感じてしまうほどに。

 不安や恐怖に支配された心が、たった一つの善意に救われた。

 しかし恩人である彼女との会話はそれっきり。

 ――余震が起きたのだ。

 直後に起きた瓦礫の崩落に巻き込まれて、そのまま死んでしまった。

 皮肉なことに、その女性が放った断末魔を聞いて駆けつけた救助隊によって俺は助かったのである。

 これが俺の犯した殺人で、ソレが精神を蝕む自責の始まりだった。


「……お前を助けてくれた人はね、救急隊員ではなく一般の女性だったんだよ」


 それは病室で父親から教えられた、最も強く印象に残った言葉だった。

『尊い善意に感謝しなさい』と父は言っていたが、成長していくにつれて肥大化していったのは罪悪感の感情だ。

 当然だろう。俺が嘘を吐かなければ、その人が死ぬ事は無かったのだ。

 けれど誰かを犠牲にして生き延びた自己嫌悪と同時に『死の間際に救われたときの幸福感』も俺の心に残り続けた。

 そう、助かったという喜びは今も胸に焼き付いている。

 ……ゆえに、俺は自分を不幸とは思わない。自殺なんて逃避は選べない。


『ただ、生き残った幸運を普通に浪費するのは耐えられない』


 顔を見ないまま死んでしまった恩人のように、誰かの為に命を費やしたい。

 そんな苦悩を抱え十年ほど過ぎた、ある日のこと。


【貴様の願いを叶えよう。ただし、この世界から去ることになるが】


 そう言いながら、目の前に神様と名乗る存在が現れた。

 黒い軍服を身に纏い、その背中からは蝙蝠の羽根を生やした少女だった。

 戸惑う俺に、彼女は言葉を続ける。


【大きな罪悪を持った人間よ。我が、その後悔から救う道を示そう。その命を以て、多くの人を救うのだ。さすれば汝の苦悩は消える。その為の手段を、我が授けよう】


 その声はまさしく天啓だと思った。あぁ、報われたと確信する。

 誰かを犠牲にして得られた奇跡的な生還は、無駄では無かったのだ。

 俺が苦しみ続けていたのは、きっとこの日の為だったに違いない。

 ――だがしかし、ここで疑問が生まれる。

 あんな災厄を与えた神が何故、俺を必要としているのか。


【ふん、迷っているか。まぁよい、ではまず我が権能を示そうか。貴様の腕、我が祝福にて癒やしてみせよう】


 そう言いながら神と名乗る少女は、優しく俺の腕に触れる。

 果たして、その言葉は真実となった。

 災害によって義手となった左腕が淡い光によって包み込まれ、消失したはずの神経と感覚が、実体を伴って俺の身体に蘇ったのである。

 思わず右手で左腕を触る。固い無機質ではない。柔らかい肉体だった。


【驚いたか。これこそ人知の及ばぬ奇跡である。して、どうする? 我に従い、救われるか。それとも現世に残り苦しみ続けるか? まぁ、もし断るなら貴様の左腕は義手へと戻るのだがな?】


 嘲りの伴った選択を迫られて、決断する。

 これが神の啓示でも、悪魔の誘惑でも、最早どちらでも良かった。

 藁にも縋る気持ちで、俺は勢い良く頷く。

 ……そして。

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