そっちも間違ってる
8月に入り、夏も真っ盛り。
世間は夏休みだが、社会人にそれは関係ない。
オレはいつものように会社に出勤した。
すると出勤早々、部長に呼び出された。
課長に呼び出されることは何度かあるが、部長からは初めてだ。
ちなみに部長は普段、オレ達とは違うオフィスで仕事している。
さらに女性である。
いわゆるキャリアウーマンだ。
呼び出された先で相談された話は非常に断りたいものだった。
が、人がいなくてどうしてもと頭を下げられてしまったので、しぶしぶ首を縦に振るのだった。
水曜日。
本来なら会社にいるはずのオレは用意されたウェディングドレスに身を包み、聖堂へと来ていた。
そう、この前部長から相談された話の影響でこのような格好をしているのである
最近、不景気の影響か、結婚式を行う夫婦が少ないらしく、それを改善するためにうちの課とブライダル会社が合同で安くても豪華(立派?)な式を挙げることができる宣伝用の結婚式のパンフレット作成を企画していたのだ。
もちろん、それにはモデルとなる花嫁、花婿が用意されていたのだが花嫁のほうが先日事故にあい、撮影ができなくなってしまったらしい。
本来なら代役を立てるはずだが、あいにく依頼していた会社に空きの代役がいなく、どうしたものかと悩んでいるところにオレの存在を思い出した部長が引き受けてくれないか相談してきたというわけだ。
正直、ものすごく断りたかった。
普段の女装だけならまだしもウェディングドレスなんて着れない。
だって恥ずかしいじゃん……!
オトコがウェディングドレスなんて。
しかも着付けの部分でバレてしまう可能性だってある。
様々な理由から断りたかったのだが、代役が見つからなければ企画そのものが延期、もしくは破綻ということになりかねない。
せっかく企画してくれた会社のためにもそれはよくないよな…と思い、仕方なく、オレは引き受けることにしたのだ。
オレは花婿より先に着替えが終わったので聖堂にあるイスの一つに座っていた。
心配していた着替えだが、なんとかなった。
いやまぁ、実際はなんとかなっていないのかもしれない。
コルセットを付けるときは、必死に胸を隠した。
胸がなくてその上、上げ底で恥ずかしいのね。なんて着付けの人に言われて苦笑いしながら、心の中では、なんでこんな目に……と号泣していた。
「はぁ……」
思わずため息がこぼれる。
女装するようになってからため息を吐く回数が増えた気がする。
ため息を吐くと幸せが逃げるって言うけど、オレの場合めちゃくちゃ逃げていってるよな。
しかし、これから撮影だ。
落ち込んだ顔で撮影はできない。
両頬を手でパン!と叩くと気を取り直した。
そういえば、花婿ってどんな人なんだろ?
撮影を頼まれるくらいだから男前なのかな?
そんなことを思っていると控え室から聖堂へ入る扉が開いた。
そこには、予想をはるかに超えた……
ま、まぶしい……!!
たまらず、目を細めてしまう。
背は高く、笑顔は爽やか、笑顔から見える歯は作り物のようにキラキラで、髪は少し長めで、おまけに高身長という絵に描いたようなイケメンが立っていた。
オ、オトコとしてあれは反則だ……!
全てにおいて勝てる気がしない。
というか女装してるやつに勝てる要素があるわけない……!
オレは心の中で圧倒的な敗北感に打ちひしがれ、今にも膝から崩れ落ちそうになりながら、撮影に望むことになった。
そして4時間後、撮影は無事に終わった。
最初のうちは慣れない撮影に緊張していてNGばかりだったが、花婿役の彼がリードしてくれたおかげで徐々に緊張がほぐれていった。
控え室に戻り、ウェディングドレスを脱ぐ。
「ふぅ……」
ため息を一つ吐く。
疲れたな。
肉体的ではなく、精神的に疲れた感じだ。
慣れないことをやったからだろうな。
私服に着替えた瞬間、身体から力が抜けていった。
たまらず、近くにあったイスに座る。
思ったより疲れてるみたいだな。
少し休んでから帰ろう。
イスに座りながら控え室の近くにあった自販機で買ってきたジュースのフタを開け、飲む。
と、そこで無性に頭がかゆくなってきた。
ウィッグを外せば済む話なのだが、もし誰かが入ってきたら正体がバレてしまう。
どうしよう。
こうして悩んでる間にも痒さは増していく。
う~ん、人の部屋に入るんだから普通はノックしてから入るよな…
きっと大丈夫。
そう思い、オレはウィッグを外して頭をボリボリかく。
あ~、痒いところをかくとわけわかんないけど、なんか気持ちいいよな。
なんでだろ?
と、そんなことを考えていると。
ガチャっと部屋のドアが開いた。
入ってきたのは花婿役の彼だった。
オレは咄嗟のことに反応できず、ウィッグを手に持ったまま固まっていた。
「えっ……」
オレの姿を見た彼はドアの前に立ち尽くし、オレと同じように固まった。
先ほど、撮影した時の女性はどこにもいない。
居るのは、女性の服に身を包み、ウィッグを手からぶら下げているオトコのみ。
やばい、やばすぎる………
見られてしまった……
オレは混乱している頭でなんとか状況を整理しようとした。
正体バレる→警察にいく→刑務所→女性になりすました変態として社会的に抹殺。
終わったーー!!!
ダメだ!
完全にバッドエンドしか待ちうけていない……!!
ど、どうすれば。
オレが頭を抱えて混乱する頭で必死に策を巡らしているといつの間にか彼が目の前に立っていた。
オレは思わず、顔を上げた。
もう覚悟を決めるしか……!
心の中である種の諦めを頂いたオレの両肩に彼は手を置いた。
そして一言。
「いい!!」
「はっ……?」
予想外の一言にオレは思わず、そんな言葉が口から出た。
いい!!………ってなにが?
急展開すぎる出来事にオレの思考は全くついてこない。
そもそもウィッグを外している時を見られた瞬間から思考は既に停止寸前だったのだ。
そんなオレに彼は言葉を続けた。
「まさか理想のオトコの子にこんなところで出会えるとは!一目見たときから他のとは違うと思っていたが、オトコだったとはね!!」
興奮のあまり、彼は早口で一気に喋り出した。
えっ?えっ??
わけがわからない。
一体どういうことなんだ?
オレの心の内を察したのか彼は言葉を続けた。
「ごめん、ごめん。いきなりすぎてわからないよね。実はボク、女性には興味ないんだよね。この外見のせいでモテるけど、オトコの子しか目に映らなくて。けど、今日ボクは運命を感じた!!まさかこんなところで理想のオトコの子に出会えるなんて!」
そして感動のあまりか彼はオレの両手を自身の手の平で包んできた。
「声、身長、身体つき、顔……!どれをとってもパーフェクト!!今、ボクの理想が目の前にいる!!」
彼の言葉にオレは呆然としていた。
えっ?
てことはなんだ?
この人、つまりそっち系!!?
だからオレの正体を見たとき、あんな一言が出たのか…
と、ようやく納得がいったところでオレの身体は彼に抱き寄せられた。
「!!?」
えっ……?!
ちょ……なに……?!
「ちょうどいい。ここは結婚式場。これも運命だ。ここで式を上げちゃおうか……」
そう言いながら彼は目を閉じてゆっくりとオレに迫ってきた。
「だ……」
迫り来る彼を前にオレは拳を握りしめた。
そして思いっきり力を込めて。
「誰が挙げるかー!!!」
と、叫びながら渾身の一撃を彼の鼻先めがけてパンチを食らわした。
オレのパンチをモロに食らった彼はそのまま後ろ向きに倒れて気絶した。
慌てて荷物をまとめてウィッグを付けるとその場から急いで逃げた。
「うわぁぁぁ~~ん!!!」
オレは泣きながら全力で道をかけていった。
そして心の中で大絶叫した。
二度とウェディングドレスなんか着るか~~~!!!