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間違いなんてない

「学校の怪奇現象?」


そろそろ初夏になろうかというある日の夜、オレはリビングでくつろぎながら携帯で電話をしていた。

電話の相手はこの前知り合った絵里ちゃんだ。


知り合って以来、ちょくちょくメールはしていたのだが、電話は今日が初めてだった。

電話の内容は、最近夜になると学校のあちこちで不思議な現象が起きていると噂されており、本当に起きているのか、単なる噂に過ぎないのかどうなのかを確かめるために一緒に行ってほしいということだった。


「確かめるってことは夜に学校に行くってことでしょ?アタシ、部外者だし、もし誰かに見つかったら面倒なことになるんじゃないかな?」


いきなりの申し出に、オレは少し難色を示した。

正直この話しにはあまり乗り気ではない。

まず、彼女と会ったら非常に気まずい!!

未だに目を見て話せる気がしない。

意味もないのに抱きしめちゃったからな……

それにもし、警備員や学校の教師に見つかると面倒だ。

確実に厄介なことになるのは目に見えている。

しかし、そんなオレに彼女は問題ないとばかりに電話越しに笑った。


「アハハ!大丈夫ですよ。既に学校の先生には許可をいただいているので」


「そっかぁ。じゃあ問題ないね……」


ああ、唯一の逃げ道が……

これで断ると誰かに見つかった時より確実に面倒になるだろうし、付いて行くしかないな……

トホホとうなだれながら彼女といつ学校に行くか相談しつつ、一日が終わっていった。

そして、金曜日の夜、オレは仕事が終わるとすぐに家に帰り、私服に着替えて、絵里ちゃんの通う女子校へと向かった。

夜の8時に校門前で彼女と待ち合わせの約束をした。

約束の五分前に校門に着く予定だったが、オレより先に彼女がそこに居たのが見えたので、慌てて駆け寄った。


「ごめんね。待たせちゃった?」


オレの言葉に彼女はほんのり頬を染めた。


「いえ、さっき来たばっかりなので……」


言いつつ、うつむく。


うわぁ、このやりとり、デートみたい…

やっぱ気まずい……

今日は何事もなく終わりますようにと、オレは天に祈りながら彼女と共に学校の中へと入っていった。

それから昇降口から階段を上り、上へと向かう。

怪奇現象が起こるのは音楽室と3年の教室の一つに出るらしく、音楽室は4階、教室は3階にあるのだ。

階段を上りつつ、ふと昔のことを思い出す。


なんか懐かしいなぁ。

オレも中学の時、友達何人かでこうやって夜の学校に忍び込んだことあったっけ。

肝試しとかいって結局は夜の学校で仲の良い連中と遊びたかっただけなんだよな。

案の定、見回りの先生に見つかって長い間、お説教食らったっけ。

しみじみと昔のことを思い出して、つい苦笑してしまう。

と、そんなことを考えているといつの間にか4階へと辿り着いた。

その間、絵里ちゃんはずっと黙ったままだった。

オレは様子が気になったので少し話してみることにした。


「絵里ちゃん、大丈夫?」


オレがたずねてからも、ずっとうつむいていた彼女だったが、やがてゆっくりと顔を上げた。

その瞳にはうっすらだが、涙が浮かんでいた。

あらま、これは大丈夫じゃないな。

まぁ確かに夜の学校って灯りがほとんどないし、不気味ってのは分かるが、これじゃ噂を確かめるなんて無理かもな。

仕方ない。ここは、オレ1人だけで行くのがいいかもな。

そう思い、彼女に問いかける。


「怖いならアタシ、1人だけで行くから大丈夫だよ?」


だが、オレの言葉に彼女はブンブンと頭を左右に振った。


「そ、それだとワタシ、1人ぼっちになって余計怖いので……い、一緒に行きます……」


と、そこでおずおずと手を握ってきた。


「!?」


その感触に驚き、思わずビクッと肩を揺らしてしまった。


手、握られた……

本当の女性じゃないから手とかあんまり握られたくないんだよな。

しかし、ここで手を離してしまうとその後の事態は目に見えている。

仕方ない、このままでいくか。

オレは彼女の手をキュッと握り返した。

その瞬間、暗闇でよくわからなかったが、彼女の頬が少し赤くなっている気がした。


「そういえば音楽室ではどんなことが起こるの?」


音楽室に向かう途中、そんなことを聞いてみる。

すると彼女の口から返ってきたのは、王道中の王道だった。


「誰もいないはずなのにピアノが勝手に鳴るそうなんです……」


怪談としては結構ありきたりなやつだな。

結局それって鍵盤が外れかかってたとか、カラスの鳴き声がピアノの音に聞こえたとか風で窓が揺れたとか、そんなんだよな。

てことは教室も同じ感じかな?

そう思って聞いてみることにした。

だが、彼女の口から返ってきたのは予想をはるかに超えたものだった。


「教室の天井から赤い液体がしたたり落ちてくるんです……」


言って、再び彼女は目を潤ませた。

思わず想像してしまったのだろう。

ていうか赤い液体?!


それって血で!?

い、いやいやいや、決めつけはよくない。

もしかしたら絵の具って可能性もあるし。うん、きっとそう……

必死に自分を説得しながら音楽室の前へとたどり着いた。


「準備はいい?」


音楽室の扉に手をやりながら彼女に聞く。

彼女は握っていた手をより一層ギュッと強く握るとコクリとうなずいた。

同意を得たオレはゆっくりと扉を開けていった。

そして目をこらして中をよく見る。

うーん、とくに変わった様子はないな。

ま、ここはあんまり気合い入れて確かめる必要はなさそうだしな。

オレが何もなかったって言えば絵里ちゃん、納得してくれそうだし。

そんなことを考えていたその時。


ポロン……

鍵盤の一つが静かに鳴った。


「うっ!?」


「ひっ!?」


2人同時に小さな悲鳴をあげる。

オレは彼女とつないでいた手を離し、慌ててピアノの前に駆け寄る。

い、いま、確かに鳴ったよな……

でもここには誰もいない。

こ、これは……

それにここは4階。

仮に物音を立てずに飛び降りたとしても命の保証はない。

音楽室から扉を使って出ることはできるが、そこにはオレ達2人がいたし、透明人間くらいしかここを出るのは不可能だ。


や、やっぱり、これは幽霊なのか……?

途端に心臓の鼓動が激しくなり、身体が石のように硬まった。

あ、そういえば……

硬くなった身体をなんとか動かし、ふと扉に置き去りにした絵里ちゃんを見やる。

彼女は腰が抜けたのか、床にヘナヘナと座り込んでいた。

慌てて彼女に元に駆け寄ろうとした瞬間。


ポロン……


再び鍵盤がなった。


ま、また……!

しかし、今回は最初の時よりは冷静になれた。

よくよく聞いてみると鍵盤の音になんとなく、雑音みたいなものが混じっている気がする。

まるでカセットテープに録音したような……

カセットテープ?

ん?まてよ??もしかして……

オレはピアノの前までいき、下を覗き込んでみた。


「あ、やっぱり……」


そこには小型のラジカセが置いてあった。

これが原因だな。

タイマー設定で夜中に鳴るようにしてたんだ。

全く、驚いて損したよ……

こんなの小学生のイタズラレベルじゃないか。

オレは怪奇現象の正体がわかり、ホッと胸をなで下ろすと彼女の元へ駆けよった。


「大丈夫。音の正体はこれだったよ」


音を止めたラジカセを彼女の前に差し出し、安心した彼女をなんとか立たせると音楽室の前から離れていった。

それからピアノの鍵盤は二度と鳴ることはなかった。

階段を降り、3階へ。

そのまま廊下を進み、3年の教室の前へ。

さて、問題はここだ。

赤い液体が天井から滴り落ちると噂の教室。

正直、かなり怖い。


音楽室は最初から大したことないと思っていたので大丈夫だったが、ここは違う。

だが、先ほどの一件もあり、もしかしたらこれもイタズラされているだけでは?と考えるようにもなった。

彼女は少し離れたところに居てもらうことにした。

また腰を抜かしてしまうのは可哀想だし、あまり怖い想いをさせたくない。

オレは扉に手をかけ、勢いよく開く。


教室の中は暗くてよく見えなかったが、真ん中の机辺りに液体が集まってできたような塊だけが見えた。

これもイタズラか?

そう思い、あまり構えずに机の前へ。


そこから真上の天井を見ると、ヒモで釣られた美術用の筆が垂れ下がっていた。

やっぱり、イタズラか……

しかもこれまた小学生レベルだ。

全く、誰がこんなくだらないことしたんだ。

年頃の女子が考えることはわからないな。

オレは肩をすくめると教室を出て彼女に真実を説明した。

イタズラが原因と知った彼女は安心して途端に笑顔になる。

そして再びオレの手を握ってきた。


う、自然に握られた。

しかし、これで手を離すのも可哀想だしな。

しばらく、このままにしとこう。


そう思いつつ、なんとか心を落ち着ける。

それにしてもこのイタズラは周りに迷惑がかかり過ぎだ。

誰がやったんだ?

そう思った時、肩を叩かれた。


「絵里ちゃん?どうしたの」


当然、彼女が叩いたのだと思い、横を向いてたずねる。


「え?私、何もしてませんよ?」


だが、彼女はなんのことかわからないとばかりに首を傾げた。


「え?」


そこで気付く。

肩を叩かれたのは真後ろからだ。

彼女の左手はオレと繋がっているから右手で後ろから叩くのは無理だ。


と、いう、こ、と、は……

オレは錆びてガチガチになったロボットのようにゆっくりと後ろを振り返った。

そこには……


「ぎゃーーー!!」


真夜中の校舎にオレの絶叫が響き渡ったのだった。

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