間違いに気づいてるけどまぁいっかって思うのが間違い
梅雨に入った。
梅雨はキライだ。
毎日傘をさしながら移動しなければならないし、たまの休日に出かけようと思ってもこう雨続きじゃ出かける意欲も失せる。
まったく、せっかくのお休みにお買い物できないなんて、最悪だわ!
って違うだろ!そうじゃないだろ!
一瞬、頭がバーストしてしまった。
ダメだな、気をしっかり保たなければ。
頬をバンバンと叩く。
それにしても外へ出かけないとなると、家でできることも限られてくるな。
休日だから掃除も洗濯もウィッグの手入れもやったし、どうしよう。
と、そこであることを思い出した。
そういえばストッキングにいくつか穴が空いてたよな。
ストッキングは縫うことができないから捨てるしかない。
それに予備もなくなってきたし。
はぁ、めんどくさいけど、今のうちに新しいのを買いに行っといたほうがいいよな。
冷蔵庫の中に食材とかあんまなかったし、せっかく外に出るんだからそれも買い溜めしとこう。
ソファに沈ませていた、重い腰を上げるとオレはウィッグを付け、軽く化粧をしてから家を出た。
家にいた時から分かっていたことだが、外は雨が降っている。
雨の中を歩くのは非常に面倒だ。
しかも、水溜りはデンジャラスゾーンだ。
車が水溜りを弾いた時はとくに要注意しなければいけない。
うっかりしていると全身がずぶ濡れになってしまう。
さらに出退勤の時はヒールにタイトスカートなので水に濡れると気持ち悪いまま、一日過ごさなければいけないので途中で着替える必要がある。
その上、オフィスは梅雨の時期にも冷房をかけているので下手したら風邪をひく可能性だってある。
このように様々な要因が重なるので雨は、とくに梅雨の季節はキライだ。
と、そんなことを思いながら歩いていると近所のスーパーに到着した。
えーっと、まずはストッキングから買っていくか。
エスカレーターを上りながら少し考える。
いきなり食料品を買ってしまうと重い荷物を持ったまんま、移動しなきゃいけないからな。
軽いものから買っていこう。
エスカレーターを上がり、レディース物の売り場まで進む。
くっ……!
この前のランジェリーショップほどではないけど、こういうところに来るのはたとえ女装していても相変わらず慣れないな。
全く、オトコには辛い場所だ。
あ、ていうかサポーターとかブラジャーを買った時みたいにネットで注文すればよかったんじゃん…
そしたらここに来る必要なかったのに。
うう、失敗した……
心の中で公開する。
早く買ってこの場から離れよう。
そう思って素早く商品を選び、レジに向かおうとしたその時、視界の端にある物が映った。
そこには、フロアの一角に今年流行るであろう商品のサンプルが展示してあった。
その中には新作のミニスカートも置いてあった。
うわっ……
見るたびに思ってたけど、やっぱ短いなぁ。
スカートがめくれて中のイケナイものが見えても恥ずかしくないのか?
いや、そういう時のために見えても大丈夫なやつを履いてるのか?
でも、そこまでして身につける意味あるのか?
そこはやっぱオシャレってことなのか?
とか、オトコならではの疑問が次々と湧いて出てくる。
そしてそのまま、しばらくじーっと眺めているとある思いが頭の中を駆けめぐった。
履いてみたい……
って、何考えてんだ、オレ?!
正気か!?
邪念を振り払おうと頭を勢いよく左右に振る。
い、今のはちょっとした気の迷いだ。
きっと、そうだ、うん!
とか考えているにもかかわらず、目線はずっとスカートに注がれる。
で、でもちょっとくらいなら……
そ、そう!これはこれからも女装をしていくのに必要な、いわば体験取材ってやつ!
女性の心を理解するのにも役立つかもだし!!
頭の中で必死に言い訳を並べて自分を説得する。
そして恐る恐るスカートに手を伸ばして、それを手に取るとゆっくりと近くの試着室へと向かっていった。
「ふぅ……」
試着室へ入り、外から見えないようにカーテンを閉める。
やってしまった、持ってきてしまった。
あり得ないくらい心臓がドキドキしてる。
周りにも聞こえてるんじゃないかってほどだ。
今日はジーンズを履いてきていたので、まずはそれを脱ぐ。
「はぁはぁ……」
一つ一つの動作に何故かものすごく気力を使っている気がする。
そして操られたようにジーンズを脱ぎ、心臓をバクバクさせながらスカートを手に取る。
ついにこの時が……
やがて心の中で覚悟を決めるとゆっくりと足をスカートの中に入れていく。
そしてスルスルとスカートを上げていき、腰のところで固定する。
つ、ついに!!
やってしまった、履いてしまった!
オレは二度と引き返せないところまで到達してしまったんだ。
これを機に新たな扉が開きそうな気がする……
とか、心の中で様々な思いが飛び交う。
それにしてもこれ……
何も履いてないのと変わらないじゃないか。
しかも、パ、パンツ見えそう。
これを履いている女性はツワモノだな。
こんなんで人前に出れるとは。
いや、あえて中を見せることでオトコの視線を集めたいのか?
いや、それだと痴女になるか……
うーん……
やっぱりよく分からないな。
と、試着室の中でウンウン唸っていると鏡に自分の姿が映っているのに気がついた。
しばし、ジッと鏡の中の自分を凝視する。
あれ?
なんか結構イケてる?ていうか可愛い?
鏡の前で女の子らしいポーズをとってみる。
うんうん!
やっぱオレ、可愛いな!
今度これで人前に出たらオトコの視線を集めちゃうかもな!
「アハハ!!」
思わず笑いが込み上げてくる。
そして笑いが落ち着いたところで勢いよく頭を壁にぶち当てた。
ちがっーーう!!
何やってんの?
ナニ、イケてるって!!?
全然イケてねーよ!
女装した男がミニスカ履いて気持ち悪いだけだわ!!
勢いよくぶつけたせいか頭がものすごく痛かったが、おかげで正気に戻れた。
そして、急いでスカートを脱ぎ、ジーンズに履き直し、スカートを元あった場所に戻し、本来の目的であるストッキングを購入するため、レジへと早足で向かった。
今日ほど、自分を気持ち悪いと思ったことはなかった。
女装に慣れすぎて感覚がおかしくなってきたらしい。
会計が終わるとエレベーターに乗り込む。
食料品売り場は2つ下なので、エスカレーターの方が早かったが、今は1人になりたかった。
「はぁーーー」
魂も出そうなくらい長い溜息を吐く。
なんでこんなことになったんだろか。
そう思わずにはいられなかった。
しかし、あのときのオレ、可愛かったな。
その時。
(キィ……)
心の中で新しい扉が開いた音がした。