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周りも間違っている

GWが終わり、仕事も再開。

また女装で始まり、女装で終わる。

そんな日々がスタートしていった。

そんな毎日を過ごしているとある日、課長から屋上に来てほしいと呼び出された。


なんの話かな?

も、もしかして、この前の時みたいに……


~~~!!!


あの時の光景が蘇ってしまい、慌てて頭を左右に振る。

い、いやいやいや、それはない!はず。

だいたい課長、結婚してるし、あんな人当たりの良い人が浮気なんて……


なんて、オレは様々な想いを抱えながら屋上へと向かった。

そこで聞かされた課長からの話は実にシンプルだった。

なんでも来週、娘さんが通う学校で文化祭があるらしい。


彼女のクラスでは劇を行うらしく、なんと主役が課長の娘さんだというのだ。

その晴れ姿をぜひ、観に来てほしいとお願いされたのだ。

課長って意外と親バカなんだな。


と、そのことに笑いつつ、屋上から下りていった。

それにしても話しが告白じゃなくて本当によかった。

ほっと胸を撫で下ろす。


でも、なんでオレを誘ったんだろ?

仲の良い部下は他にも沢山いるのに。

少し首をかしげながら、オフィスへと戻るのだった。


そして土曜日、文化祭当日。

オレは課長の娘さんが通う高校へと来ていた。

学校の表札と敷地内を見渡して思う。


ははぁ~、なるほど。

オレを誘った理由が分かった。

女子校だからだ。

確かに子供が通っているわけでもないのに、関係ないオトコが入るにはかなりの勇気がいるよな。


っていうかオレ、実はオトコなんだけどな。

なんか、その事を思い出すと悲しくなってきた……


いや、ここはバレる心配がないってことで良しとしとこう。

少し心を痛めつつ、劇が行われる体育館へと足を向けた。

劇は実に見事なものだった。

セリフも演技もとても素人がやったものとは思えない出来だった。

それに、課長の娘さんも綺麗だったなぁ…


少し離れたとこですすり泣く声が聞こえたけど、あれ、多分課長なんだろうな……

苦笑しつつ、体育館を出ていく。

さて、どうしようかな。

せっかく来たんだから、他にも何か見ていきたいよな。


とりあえず何をやっているのか見てみよう。

オレは来客用の案内板まで向かった。

と、そんなオレの前に一人の女の子がバッと現れた。


「わっ!!」


いきなり出てきたので、少しビックリしてしまった。


「え、え~っと、何か用?」


少し上ずった声で聞いてみる。

急に現れた女の子は眼鏡をかけて、セミロングくらいの髪の長さで、可愛らしい顔をしていた。

そんな彼女は少し緊張した面持ちで声を上げた。


「あ、あの!実はお願いがありまして…」


「?」


辺りがそろそろ暗くなってきた頃。

オレは所々に宝石が散りばめられたドレスに身を包み、体育館の裏手に設置された休憩所兼控え室のイスに座っていた。


間も無く本番の時間だ。

何故こんなことになっているのか。

それは先ほど、オレの前に現れた女の子が原因だった。

彼女は演技部に所属しているらしく、文化祭で演劇部は即興の劇をすることになったらしい。


ただ、劇を行うには一つ条件があった。

それは主役は来場者の中から選ぶことだった。

それで彼女はオレに声をかけてきたのだ。


来客の中に若い女性が中々いなかったらしく、諦めかけていたときにオレを見つけたらしい。

いきなり劇の主役を頼まれてくれなんて言われて少し困惑したが、事情も事情だったので断るのも可哀想だし、オレは役を引き受けることにした。


とはいえ、演目が「眠れる森の美女」なので、主役ではあるがセリフはほとんどなし。

さらに演技に関しても大半をベッドの上で寝ているだけなのでなんとかなると思ったのだ。


しかし、オトコが美女に選ばれるってのはおかしな話しだよな。


さて、気を取り直してここで眠れる森の美女についてのおおまかなあらすじを説明しておこう。


あるところに子どもを欲しがっている国王夫妻がいた。

ようやく女の子を授かり、祝宴に一人を除き、国中の12人の魔法使いが呼ばれた。

魔法使いは一人ずつ、魔法を用いた贈り物をする。


宴の途中に、一人だけ呼ばれなかった13人目の魔法使いが現れ、11人目の魔法使いが贈り物をした直後に“王女は錘が刺さって死ぬ”という呪いをかける。

まだ魔法をかけていなかった12人目の魔法使いが、これを修正し「王女は錘が刺さり百年間眠りにつく」という呪いに変える。


呪いを取り消さなかったのは修正以外、不可能だったためである。

王女は順調に育っていくが、15歳の時に一人で城の中を歩いていて、城の塔の一番上で老婆が紡いでいた錘で手を刺し、眠りに落ちる。


呪いは城中に波及し、そのうちに茨が繁茂して誰も入れなくなった。

侵入を試みた者もいたが、鉄条網のように絡み合った茨に阻まれ、入ったはいいが、突破出来ずに皆落命した。


100年後。

近くの国の王子が噂を聞きつけ、城を訪れる。

王子は剣で茨を切り開きながら城の塔へと向かっていく。

やがて、王子は塔へと辿り着き、美しい姫に口づけをする。

王女は目を覚まし、2人はその日のうちに結婚、幸せな生活を送った。


劇は夜の7時に開幕。

それまで時間があったので出演者全員でリハーサルをすることになった。

とはいえ、オレはとくに覚えることもないので受け取った台本をペラペラめくりながら皆の演技を眺めていた。

どうやらオレに声をかけてきた子が王子役をやるらしい。

可愛らしい顔立ちだが、度胸がありそうだし、似合ってそうだもんな。


本来ならお互い、逆の立場のはずなのに。


そう思い、気づかれないように苦笑いを浮かべていると、ふとある事を思い出す。


あれ、演目が眠れる森の美女ってことはキスシーンあるよね……


~~!!


瞬間にしてボン!と音が聞こえそうなほど、オレの顔は赤く染まりあがった。


いや、いやいや……

これは学校の劇なんだ。きっとしてるフリだけに決まってる。

心の中で激しく動揺しつつ、なんとか自分に言い聞かせる。


そんなオレの心を察知してくれたのか、王子役の子がそっと耳打ちしてくれた。


「大丈夫。キスのところはフリだけですから」


その言葉にハッと我にかえり、彼女を見つめると優しい笑みを浮かべていた。


ふぅ、だよな~。


よかった。いや、なぜか少し惜しいことをした気がするが、気のせいだよな、うん、きっとそう。


自身に言い聞かせたところで、夜の7時になり、劇が開幕。

オレの出番はお姫様が成長したところからだ。

劇は滞りなく進み、お姫様は13番目の魔女に呪いという名の魔法をかけられてしまう。


ちなみに何故13番目の魔女が呼ばれなかったのか。

それは、13という数字が不吉であると思われていたかららしい。


その後、お姫様はスクスクと育ち、15歳のある日、錘に刺され、100年の眠りについてしまう。

当然、オレはベッドの上で眠っている。

スポットライトが直に当たってないとはいえ、それでも緊張する。


体育館はかなり広い。

その人たち全員に見られてるかと思うと。


うう、時間の流れが遅い気がする…

早く終わってくれないかな……


少し不謹慎なことを思いながら劇は進んでいった。

そして、いよいよ物語はクライマックスにさしかかった。


100年後、お姫様を救うため、12番目の魔女が隣国の王子様に100年前の出来事を魔法で映しだす。

お姫様を不憫に思った王子様は城へと向かった。


もうちょっとでキスシーンか。

フリとはいえやっぱり緊張するな。

心の中でドキドキとしながら、茨の道を乗り越え、ついに王子様はお姫様の元へとやってくる。


「おお、なんて美しい姫なんだ!

今、あなたの呪いを解いて差し上げましょう」


王子役の女の子がオレに近づいてくる。


く、くる、くる!!


早く終わってくれ~!

心の中で叫ぶのだが、そんなオレの心境とは裏腹に女の子の動きが止まったような気がした。

ちょ、どうしたんだ!?

緊張しすぎてどうにかなってしまいそうだ。早く……!


少し間があったが、やがて女の子の髪がオレの額部分にフワッとかかってきた。

目を閉じていても彼女が近づいてくるのがわかる。

よし、あとはキスのフリをすれば終わりだ……


しかし、何故か彼女は必要以上にオレに近づいている感じがした。


あれ?


そんなに寄らなくても大丈夫なんじゃ……?

そう思った時だった。

チュッと柔らかい感触が唇に走った。


えっ、今の、もしかして……


想像すらしていなかった行動にオレの思考は完全に停止してしまった。


観客側からは本当にしていると思われていないらしく、みんな静かに劇のクライマックスを見守っていた。

オレはベッドの上で固まったまま、唇に手を添えていた。


そのまま、何事もなかったように劇は進んでいき、そして王子が最後のセリフを言い終わると天井の幕がゆっくり下がっていき、劇は終わりを迎えた。

幕が完全に下がりきると劇が無事に終わったからか、みんなは喜びの声を上げた。

オレはというと未だにベッドの上で固まったままだった。


「あ、あの!」


横から声がしたので半ば虚ろな目で振り向く。

声の正体は王子役の、オレとキスをした女の子だった。

彼女は頬を染めつつ、頭を下げてきた。


「ご、ごめんなさい!!するはずじゃなかったのにそ、そのキ、キスしちゃって……」


「え、ううん、別にいいよ。気にしてないから……」


オレは完全に魂の抜けた声で返事をした。

案の定、心の内がバレてしまい、彼女はより深く頭を下げてきた。


「本当にごめんなさい!!で、でもなんだかお姉さんがものすごく魅力的で…なんか目を閉じているとこを見てるとドキドキしちゃって……つい……」


魅力的って……

もしかして本能的にオレがオトコって気付いてるんじゃない…?

心の中でそう思いながら、オレはようやく身体が動くようになったので控え室へと戻っていった。


「はぁ……」


それから、なんとか元の服に着替えたオレは学校の門の前で溜息を吐いた。

まさかキスするなんてな。

未だに信じられない。

劇の最中とはいえ、まさか女の子からされるなんて、はじめてだ。

しかも、あの子、結構可愛かったし……

なんてよこしまな想いが浮かんでくる。

と、そんなオレの元へ今、まさに思っていた例の彼女が走ってやってきた。


「あれ?ここに来て大丈夫なの?」


ここにいる理由が気になったのでとりあえず聞いてみた。

本来なら体育館の片付けを手伝っているはず。

彼女は息を切らせ、肩で呼吸をしながら紙切れをオレに渡してきた。


「こ、これを渡したくて……」


「これは?」


その紙切れを受け取ると電話番号とおそらく携帯のアドレスであろう文字が書かれていた。


「こうして一緒に劇を演ったのも何かの縁だと思って…で、その…これからも仲良くしたいなと思って……」


彼女は気恥ずかしそうに頬をかき、俯きながらそうつぶやいた。

オレは少しの間、ポカンと口を開けていたが、やがてクスッと笑みを浮かべた。

そして紙切れを受け取ってそのまま、彼女をギュッと抱きしめた。


あれ?オレ、何やってんだ?!

なんで、こんなにナチュラルに彼女を抱きしめてんだ!?

ていうか、マズイ!


密着し過ぎると胸がないことがバレる!!


「ご、ゴメン!」


我に返り、慌てて彼女を離すとその顔は真っ赤に染まっていた。


「い、いえ……嬉しいです。そ、その……」


彼女は、ほおずきのように真っ赤に染まった顔を隠すように深く俯いた。


うわぁー、考えもなしにやってしまった……


少しの間、沈黙が続く。

やがて、その空気に耐えかねたのか、彼女が口を開いた。


「そ、それじゃ、アタシ、そろそろ戻らないといけないんで失礼します!!」


そう早口に告げると逃げるように学校へと走っていく。

と、途中で足が止まった。

そしてクルリと振り向くと。


「それからアタシの名前、小田原絵里って言います!」とだけ言って再び走っていった。


あーーーあ……


抱きしめるなんてとんでもないことを。

後ろ姿を見送りながら思う。

なんとなく彼女とはこれっきりで終わるわけがない気がする。

次からどうしよ

ちゃんと顔見て話せるかな……


最後の最後に悩みのタネが増えたオレだった…

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