スターフェスティバル。その2
というわけで2人ならんで短冊に願いを書くことに。
オレはペンを握ったまま、短冊を目の前にして悩んだ。
願い、願いか……
1番の願いは「オトコとして普通に生活できますように」なんだが、この願いを見た人からなんて言われることか……
何の面白みもないけど、「平和に過ごせますように」でいいかな。
オレが短冊に願いを書いていると胡桃ちゃんは既に書き上がっていたらしくて、笹に願いを括り付けると、とてとてとこちらへ走って戻ってきた。
「何てお願いしたの?」
「それは内緒……えへへ」
そう言って微笑む。
だけど。
まただ、またあの悲しい笑顔だ。
オレが笹に短冊を括り付けると、再び胡桃ちゃんの手を握って、街を歩く。
時刻はもう9時を過ぎていた。
親御さんはずっと見つからずじまい。
オレが保護するわけにも行かず、もう一度近くの交番に言って事情を説明して保護してもらおうと考えた。
だがその道中、胡桃ちゃんが声をかけてきた。
最後に2人だけで行きたい場所があると。
街から少し歩いたところにある高台にオレ達はやってきた。
ここから街を一望することができる、知る人ぞ知る穴場だ。
ここに来るのは小学生の時、以来……
小学生?
何かとても大事なことを忘れてるような……
一体なんだ……?
腕を組み、頭の中で必死に考える。
その時。
胡桃ちゃんがオレの前にバッと現れた。
そして。
「河野智花さん、いや、智明君……」
そうつぶやいた。
その瞬間、オレの心臓はドクンと波打った。
な、なんでオレの本名を?
急に目の前にいる幼い女の子に得体の知れない恐怖を覚える。
だが、そんなオレの表情から心の内を読み取ったのか、胡桃ちゃんはクスリと笑った。
「小学校1年、七夕、事故……何か思い出さない?」
「え……?」
小学校1年の七夕……
「あ!」
その時、オレは全てを思い出した。
今から20年前、ちょうどオレが小学校1年の時。
小学校に入りたてだったが、とても仲の良い友達4人がいた。
そして友達、皆で七夕のお祭りに行こうと約束した。
だが、皆と集まるほんの少し前の時間に近くで事故があった。
スリップしたトラックに巻き込まれて女の子が死んでしまった。
それはオレ達と仲の良かった女の子だった。
その女の子の名前は。
「本田胡桃……本当に胡桃ちゃんなの?」
オレは自分の目が信じられなかった。
今、目の前にいるのは20年前に死んだはずの女の子。
しかし、彼女は間違いなく存在していた。
手の温もりも、年相応の無邪気な笑顔も本物だった。
これが作りものだなんて思えない。思いたくなかった。
そんなオレの願いとは裏腹に胡桃ちゃんの身体は徐々に光に包まれていった。
「ちょ!」
彼女の身体の一部一部が光の粒となって消えていく。
オレは慌てて手を掴もうとした。
だが、オレの手は何も掴むことはなく、ただ空を切るだけだった。
つ、掴めない?!
オレは自分の手と今も消えゆく彼女の身体を交互に見つめた。
「ごめんね。もう時間切れみたい……」
悲しげに微笑む胡桃ちゃん。
その瞳からツーッと涙が一滴零れ落ちる。
「そんな……せっかく……せっかく、また会えたのに!」
オレの叫び声が辺りに響く。
「でも、また会えたのが智明君で良かった」
「え?」
それはどういう意味……
「実はね、私、もし皆で短冊に願いを書くことになったとしたら、ずっと書こうと思ってたことがあるの」
「それって……」
その答えをオレは薄々分かっている気がする。
だけど、こう聞くしかなかった。
「智明君に好きって言えますようにって……」
その言葉を聞いた瞬間、オレの瞳から涙が溢れてきた。
「だからね、また会えたのが智明君でよかったの」
そう言って微笑む胡桃ちゃん。
彼女がどんな理由で蘇ったのかわからない。
だけど、もしオレのうぬぼれが的中しているのなら、死んでもなお、オレのことを好きだと思い続けてくれていたのか……
もう涙が止まらなかった。
次から次へと込み上げてきては雫となって落ちていく。
そして同時に自分自身に対して怒りを感じた。
そこまでオレのことを想ってくれていた女の子のことをオレはついさっきまで忘れていたんだ!
「せっかくかわいい顔してるのにそんなに怖い顔しないでよ」
フフッと笑ってオレの頬に手を当ててくる。
実際には触れていないのかもしれない。
だけど、どこかに温かさがあった。
「ごめんね。せっかく会えたのにこんな姿で……」
オレは自分の格好がどうしようもなく、情けなく思えてきてつい、謝罪の言葉が口から出てきてしまう。
「そんなことないよ。とっても似合ってる」
「そう言われると複雑なんだけど」
「フフフ。あ……!じゃあね、智明君、これで本当にバイバイだよ……」
その言葉と同時に胡桃ちゃんの身体はより激しく光の粒となって消えていった。
「オレの方こそ、また会えてよかった……」
その言葉を聞いた瞬間、胡桃ちゃんの両目から涙が。
「えへへ。でも、やっぱり……まだ消えたくないや……」
その言葉を最後に彼女は本当に消えてしまった。
「………」
しばらくの間、オレはその場に膝をついたまま、放心状態だった。
そして。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
オレの大絶叫が夜の街に響き渡った。
しばらくしてからトボトボと歩きながら、帰路をたどる。
その帰り道の途中、オレと胡桃ちゃんが短冊を書いた笹が置いてあるところまでやってきた。
そういえば、結局、彼女の願いはわからずじまいだった。
オレは何気無く、彼女が括り付けたであろう場所まで歩みを進めた。
そして該当するも思われる文面に目を這わせる。
その瞬間。
「……!!」
バッと口元を手で抑える。
オレは再び溢れ出る涙を堪えきれなかった。
その短冊には。
智明君にまたいつか、会えますように
「大丈夫。忘れない。今度は絶対に」
涙を拭き、真剣な表情で夜空を見上げる。
夜空には満天の星空。
その願いを叶えるかのように流れ星が一つ瞬いだ。




