間違いは、いずれバレる。その3
翌日。
朝礼の場にて。
「しばらく、こちらにいることになりましたので改めてよろしくお願いいたします」
目の前に並ぶ面子に視線を配りつつ、深々と頭を下げる。
「…………」
目の前で頭を下げる人物を見つめながら、オレはなんとも言えない気分だった。
会社に留まったのは、もちろん加藤さんなわけで。
本来なら本社に戻るはずだったが、課長が現在進めているプロジェクトに対して本社で働く人間の意見を聞きたいと言って、引き留めたそうだ。
普段はこんなことしないのに……
まぁ会社としては良いことなんだろうけど……余計なことを……と、つい思ってしまう。
まぁ、気を使ってれば早々、ボロなんて出ないよな……
オレはそう自分に言い聞かせるしかなかった。
それからというものの、オレは毎日加藤さんと一緒に昼休みを過ごすことになった。
社内では、お互い別々のことをしているが、昼休みになると何故か加藤さんはオレのことをランチに誘うのだ。
無下に断るのも可哀想なので、付き合っているのだが……
加藤さん的には、やはり男性と喋るより、女性と喋ってる方が楽しいらしい。
本当はオレも女性じゃないんだよな……
と、心の中で思いつつ、そんな毎日を過ごしていった。
10日ほど経ったある日。
「そういえば、智花さん、中学の時の同級生に似てる」
と、突然、加藤さんにお昼ご飯を食べている最中に言われた。
「え……」
その言葉に思わず、食べる手を止めてしまう。
ま、まさか……バレた。なんてことないよな……
「その人、男の子だったんだけどさ、ものすごく女顔でよくクラスメイトに冷やかされていたわ」
その時のことを思い出しているのか、加藤さんはクスクス笑いながら話した。
「へ、へー……」
バレているわけではないと分かり、とりあえず一安心しつつ、適当に相槌を打つ。
「あら……そういえば、名字も一緒ね。読み方も……どことなく、名前も似ているし」
先程の笑みから一変、偶然にしては重なりすぎていると気付いたのか、加藤さんは急に顔をしかめはじめた。
「お、おんなじ読み方の名字なんて沢山あるじゃないですか。それにアタシ、女だし……」
「そうね……女性だものね……」
目の前にいるオレを一瞥する。
今、思えばこのやりとりがきっかけでオレの運命は大きく変わっていったのだと思う。
それからいうもの、加藤さんは何かとオレをチェックするようになった。
トイレから出てくるとこを覗いたり、飲み物を飲んでいるとこを遠くから眺めていたり、ほんと、そこまでやるかってくらいに……
また課長や同僚からどんな人物か、どうやって入社したのか事細かに聞いているらしく、オレはいつか正体がバレるのではないかと毎日、落ち着かない日々を過ごすハメになった。
そしてついに……
「な、なんでしょう……」
ある日の昼休み、加藤さんに使われていない会議室に呼び出された。
「河野さん、あなた、本当は男性じゃないんですか……?」
そして単刀直入にそう言われた。
「そ、そんなことあり得ないでしょ……」
言いながら、思わず、そっぽを向き、顔がひきつってしまう。
つ、ついにバレた……!!
口から出た言葉とは裏腹に心の中で叫ぶ。
そして思う。ああ……これでオレの一生終わりかな……
「そう……あくまで女性だと言い張るんですね。ならば、証拠をお見せしましょう……」
言いながら、加藤さんはとある一枚の紙を見せてきた。
「これは、ここの健康診断の記録です。健康診断は企業側から義務づけられているものです。1年に1回、受けなければいけないはず……なのに!」
途端に加藤さんの語尾が強くなる。
「あなたは一度も受けた形跡がない!これは一体、どういうことなんですか?!つまり、身体を見られるとマズイことがあるんじゃないですか!?」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!アタシ、健康診断が毎年あるなんて知らなくて……!」
は、初耳だぞ、そんなの……
「知らないって……そんなすぐに分かる嘘を……見苦しい……」
加藤さんは、まるでバカにするかのような薄ら笑いを浮かべ、そしてすぐにオレをキッと睨んだ。
「とにかく、あなたのことは本社に連絡をいたしました。まもなく本社の人間が迎えにきます」
「え、え……」
お、終わった……これでオレはクビ……それどころか変態として刑務所行きか……
あまりの絶望に今にも膝から崩れ落ちそうになる。
「まさか、中学の同級生が女装趣味の変態だったなんて……でも、これでさようならね、変態さん」
魂が抜けたような表情になったオレに加藤さんはそう捨て台詞をはいてから、ヒールをカッカッと鳴らしながら去っていった。




