間違いという恐怖。その4
「え…」
嘘だろ……
なんで玄関のドアが……
カギはちゃんと閉めたはずなのに……
あ……!しまった……
家の中は安全と思い込んでて、ドアのチェーンをかけておくのをうっかりと忘れてた……
と、とにかく、今は後悔している場合じゃない!
オレは慌てて寝室のドアを開けようとした。
見つかる前に家を出れば!と思い。
だがその時。
ガチャっと音がし、無常にも寝室へ入るドアは開き、そして。
「やっと見つけた」
ジュルリと舌舐めずりをしてほくそ笑むオトコが目の前に現れた。
「あ、あ……」
恐怖からまともに立っていることもできず、その場に崩れ去る。
「君がいけないんだよ?僕のことを無視するから……」
そう言いながら一歩ずつ近づいてくる、ストーカー。
明かりもなく、顔はわからない。
それが余計に恐怖を増大させる。
な、何か武器になるものは……!
慌てて周りを見渡すがここは寝室。
クッションか衣類しかない。
絶体絶命。
そんな言葉が頭の中で浮かび上がる。
「クフフ、これからは僕とずっとずっと一緒にいようね……」
言いながらストーカーの手の中にある何かがバチバチと音を立てて光った。
あれはスタンガン……?
だ、ダメだ……
携帯の電源もオフにしている。
今更、助けなんか呼べない。
外に出ようにも、もう腰にチカラが入らなくて立ち上がれない。
その前にあのストーカーを振り抜けて玄関まで辿りつけるわけがない。
そう思ってる間にもゆっくりとスタンガンの光がオレに迫ってくる。
終わった……
瞳から涙を一粒流し、目を固く閉じたその瞬間。
バン!と、寝室のドアが勢いよく開けられ、誰かがストーカーに思いっきり飛びかかった。
そして。
「逃げろ!!」
こちらを振り向きながら、大声でそう叫ぶ。
相変わらず真っ暗で姿は見えないが、その声はわかる。
「か、香織さん……?」
「なんだお前、彼女に手を出すな!!」
ストーカーはそう言うと持っていたスタンガンを香織さんに向ける。
「手ェ出してんのは、あんたの方だろ!」
負けじと香織さんも声を上げて、向かってくるスタンガンの手を鮮やかにかわし、すれ違いざまに手刀でそれを弾く。
「ぐっ!」
手の甲に走った痛みに怯んだストーカーは、たまらずスタンガンを手放してしまう。
その隙をみてオレは慌てて置いてあった携帯を掴み、すぐさま電源を入れ、110番に電話をかけた。
「お、お前ーー!!」
ストーカーはキッと香織さんを睨みつけると、怒り狂った顔で襲いかかってきた。
「きもっ……」
香織さんはボソッとそう呟くと床に置いてあったスタンガンを拾い上げ、そして。
「2度と近づくな…!」
その言葉と共に馬乗りになり、スタンガンを思いっきり、ストーカーにぶち当てた。
それから数十分後。
駆けつけた警官に連行され、ストーカーがパトカーに乗せられる。
ストーカーの正体は、いつの日かドアノブにぶら下がっていた有名ケーキ屋の若社長だった。
オレがメイド時代に立てこもり事件があったが、あの中にその若社長もいたらしい。
そして事件を解決したオレに異様なまでの好意を寄せ、ついにストーカー行為に及んだらしい。
しかし、メイドを辞めてからオレの足取りが一時的にわからなくなったので、見つけ出すのに時間がかかったそうだ。
住所に関しては勤め先の会社を見つけ出してから会社に連絡をかけ、「同級生だから同窓会を開くために住所を知りたい」と言って住所を知り得たらしく、カギに関してはプロの鍵屋に頼み、合鍵を作ってもらったらしい。
1時間ほどで警察の事情聴取は終わり、リビングへと戻ってくる。
これでようやく恐怖から解放される……
心の底から安堵した途端、身体からチカラが抜けていき、ソファに倒れ込む。
「お疲れ様……」
オレと一緒に部屋へ帰ってきた香織さんに肩をポンと叩かれ、いつの間にか買ってきていたらしい缶コーヒーを差し出してくれた。
「ほんとにありがとうございました……」
潤んだ瞳でお礼を言う。
「な、泣かないでよ」
バツが悪くなったのか香織さんは頬をポリポリとかき始めた。
「すいません。でもほんとに……もうダメかと思ったんで…」
言ってるそばから涙が溢れてくる。
情けないな、オレ……オトコなのに……
そう心の中で思っていると。
「大丈夫、もう大丈夫だから……ね?」
まるで子供をあやすように香織さんは優しくオレを抱きしめ、背中を撫でてくれる。
ああ、明日は目が腫れてきっと会社では失恋したのか?とか色々聞かれるんだろうな。でもいいよな?今日くらい。
心の中で苦笑しつつ、しばらくの間、オレは抱きしめられながら、泣き続けた。
「そういえば、なんでオレの家に来たんですか?」
ようやく落ち着いたころ、コーヒーを飲みながらふと疑問に思ったことを聞く。
「ああ、実はさ、夕方くらいに一回ともくんの携帯に電話してみたんだけどさ、一向に出てくんなくて、でメールも返事なし、時間置いた後にもう一回電話かけた時は電源も入ってなかったから、なんかあったのかなーって思って」
コーヒーをぐびっと口元に傾けながら、香織さんが答える。
「ああ、なるほど」
家に帰ってからずっと携帯が鳴ってたけど、あの着信の中には香織さんからのやつもあったのか。ほんと間一髪のところで来てくれて助かった…
「でも携帯繋がらないくらいで家まで来ますか?」
「それはデート行くなら好きな相手と行きたいじゃん……」
「え……?ごめんなさい、最後の方ちょっと聞こえなかったんですが」
なんか香織さんにしては珍しくゴニョゴニョした言い方だったな。
「な、なんでもない!もうなんだっていいじゃん!」
香織さんは慌ててそっぽを向く。
「はぁ………」
いきなりどうしたんだろ…?心なしか顔が赤いような。
ま、とにかくこれからはストーカーなんてされないように気をつけよう。