間違いという恐怖。その2
「はい、すいません、失礼します……」
携帯のスピーカーから耳を離し、ボタンを押し、通話を終了する。
今日は会社を休むことにした。
こんな気分で働けるわけがない。
オレはソファに寝そべると、全身を毛布で覆い、目を閉じた。
どこからやってくるかわからない恐怖に怯えながら。
どれくらい経っただろうか、オレは目を開け、毛布の中からむくりと起き上がると部屋にかかっている時計を見た。
PM0:25
もうお昼か。
と、思ったその時。
「ぐうぅぅ~」
腹の虫が盛大になった。
人間、何もしなくてもお腹はすく。
そういえば、今日は遅刻するかもしれないからと思い、朝ごはんは食べてなかった。
何か食べるか。
オレはゆっくりとソファから出ると台所に移動した。
「いただきます……」
ボソリとつぶやき、手を合わせ、ご飯食べ始める。
冷蔵庫の中には作り置きしておいた料理がいくつかあったので、それを電子レンジで温め、お昼ご飯にした。
でも、冷蔵庫の中が空になってしまったから後で買い出しに行かなくちゃな。
はぁ、できれば、外に出たくないのに……
お昼ご飯を食べた後、ソファに座り、テレビの電源を入れ、それをボーッと眺める。
明日は会社行けるかな。
なんてことを、つい心の中で考えてしまう。
OL(見た目は)がオレしかいないから、ちょっと休んだだけでも結構仕事が溜まるんだよな。
なるべくなら行きたいけど……あまり心配もかけたくないし……
テレビを見ながら、そんな考え事をしているといつの間にか夕方近くになっていた。
そろそろ買い出しに行くか……
重い腰をゆっくりと上げ、最低限の身だしだけ整えてから家を出る。
「………」
玄関を出て鍵を閉めたところで辺りをキョロキョロ見回す。
どっかから監視してそうな人は……いないな。
オレは帽子を深く被ると、なるべく目立たないようにコソコソと歩いていった。
「ありがとうございましたー」
店員さんのそんな言葉を聞きながらスーパーを出る。
とりあえず1週間は持つ程度の食材は買っておいた。
スーパーで買い物している間もなるべく周りに気を配りながら、店内を歩いていたが、特に誰かに見られてるやら、つけられてるという感じはなかった。
今も自宅までの道を歩いているが、特にこれとおかしな所はない。
このまま何もなければいいんだけど。
心の中で切に願う。
エレベーターから降り、玄関に近づいたところでドアノブに何かがかかっているのが見えた。
なんだろ?
何かの差し入れ?
隣の人が引っ越してきたとか?
ドアノブにかかっているそれは、小さな紙袋に入っていた。
紙袋のロゴから中身が都内で有名な洋菓子屋さんのケーキだとわかった。
一体誰が……
噂では常に予約でいっぱいらしくて、中々食べられないって聞いたけど。
とりあえずドアノブから取り下ろし、中身を見てみる。
中には小さな紙切れが一緒に入っていた。
紙切れを取り出し、中の文章に目を通す。
瞬間。
バン!!
スーパーの袋が床に落下し、中に入っていた卵のケースが潰れた。
でもそれを拾い上げ力すら、今はなかった。
紙切れにはたった一言。
甘いものでも食べて元気出して。
「そう言われてもね、被害が出ていない以上、警察としてもあまり大きく動けないんだよねぇ……」
警察のおじさんが渋い顔をする。
紙袋の件でこれ以上のストーカー行為には耐えられないと思い、警察に来てもらったのだが……
「そうですか……」
やはり大学時代に聞いていた通り、警察は本格的には動いてくれなかった。
「まぁ見回りやパトロールを強化したりはできるから。それじゃ」
警察のおじさんはそう言うと足早に家から出ていった。
夜になり、日も落ちて、すっかり暗くなったがオレは部屋の電気も付けずにベッドに入り、毛布に包まっていた。
ぎゅっと固く、目を閉じる。
今、この瞬間もどこかで誰かに見られているかもしれない。
そう思うと身体の震えが止まらなかった。
そして、翌朝。
チュンチュンと小鳥のさえずりが窓越しに聞こえてくる。
もう朝か……
結局恐怖で一睡もできず、ギンギンに血走った目をこする。
とりあえず顔、洗おう……
毛布から這い出るとノロノロと洗面所へ向かい、顔をバシャバシャと洗う。
顔をタオルで拭きながら、リビングへ移動し、時計を見る。
AM6:28
普段ならまだ寝ている時間で、会社にも誰も出勤していないはず。
だが、昨日のように遅刻しそうになったところで、ストーカーからメールが来るのは嫌だ。
そう思い、オレはコーヒーを一杯だけ入れ、グイッと一気に飲み干すと、いつもの仕事着に着替え、家を出た。
AM7:13
会社に到着。
朝早いこともあってかストーカーにつきまとわれることもなく、携帯にメールもこなかった。
会社の鍵を持っていたため、すんなり入ることができるので、とりあえず昨日休んだ分を取り戻すために、オレはなるべくストーカーのことを考えないようにしながら、淡々と仕事をこなしていった。
8時を過ぎた辺りで続々と会社の人達が出勤してくる。
一睡もしていない影響で顔色も悪く、また昨日休んだこともあって誰かに会うたびに「大丈夫?」と心配される。
正直、全てを吐き出したかったが、余計な心配をさせるのもなんだが悪い気がして、「大丈夫ですよ」と虚勢を張るしかなかった。




