間違いという恐怖
初めは気のせいだと思っていた。
最近、なんとなく誰かからずっと見られている気がして。
きっとそれは女装しているせいで周りの視線が余計に気になるから、そのせいなんだと思っていた。
でも、それは気のせいでも何でもなかった。
ある日の朝。
いつも通り、支度をして家を出ようとした時。
郵便受けに何かが入っているのに気づいた。
郵便受けからそれを取り出してみると入っていたのは封筒だった。
オレの自宅の住所は書いてあるけど、差出人は不明。
一体誰からだろ?
そんな気持ちで封筒をビリビリと開けてみると中には。
何枚ものオレの写真が。
通勤時の写真。休日に出かけている時の写真。
1枚1枚違った服装のオレの写真が何枚も出てくる。
写真を見た瞬間、オレは得体の知れない恐怖に襲われた。
なんだ、これ……!
恐怖のあまり、膝から床に崩れ落ちそうになった。
なんとか持ち堪え、近くにあったイスに座り、リビングにかかってある時計をチラッと見るともう家を出ないと会社には間に合わない時間だった。
今日は会社を休もうか悩んだが、仕事をしていた方が気持ちは紛れるだろうと思い、無造作に写真をゴミ箱に捨てると家を出ることにした。
PM5:02
何事もなく、1日の仕事が終わった。
会社に来て、初めのうちはビクビクしていたが、みんな、いつもと変わらない様子だったので朝の出来事について少し考え過ぎかなと思い、それからは普段通りに仕事をすることにした。
会社を出てからは、まっすぐ家に向かう。はずだった。
歩き始めて5分もしないうちに、誰かにずっとつけられている気がした。
いつもは通らない入り組んだ道を歩いて撒こうと測るが、付かず離れずといった具合でピッタリとオレについてくる。
会社を出てからすでに20分が経過した。
いつもならもう家に着いててもいいのに、オレはまだ道を歩いていた。
すっかり日も暮れている。
さらに最悪なことに街灯がない道を歩いてしまったので灯りすら周りにない。
「はぁはぁ……」
対して歩いたわけでもないのに、呼吸は激しく乱れ、背中は冷汗でぐっしょりしており、もはや生きた心地がしない。
そして思う。
これは間違いなく…トーカー……
そして歩き始めて30分。
普段通らない道を通ったため、迷いかけたが、なんとかマンションまで辿り着いた。
オレはマンションが視野に入った瞬間、一目散に走り、用意していたカギでオートロックを解除、中に入るとすぐさまカギでドアを閉める。
そしてドア越しにバッと後ろを振り返ると。
そこには誰もいなかった。
カギを差し込み、玄関をガチャリと開けると、無造作に靴を脱ぎ、フラフラとした足取りでそのまま、ソファにぼふっと倒れこむ。
怖かった。
それしかなかった。
どこの誰かもわからない、見ず知らずの相手に長時間、後をつけられる……
後をつけるという行為は探偵もするが、あっちはプロ。
素人が簡単に見破れるような尾行はしないらしい。
だが、オレの後をつけていたのは間違いなく素人。探偵などではないはず。
靴音も立てるし、気配もあった。
まさに、ここにいるぞ。と言わんばかりに。
おそらく写真を送りつけてきた相手と同一人物だろう。
警察に相談しようかと思ったが、警察は何か起きてからじゃないとうごいてくれない。
そう大学の時の女友達が言っていた。
その時はオンナって大変だなーと他人事のように思っていたが、まさか自分が体験するはめになるとは夢にも思ってもいなかった。
「ん、んん……」
カーテンから漏れている光が顔に当たり、目を覚ます。
毛布を跳ね除け、上体を起こしながら、未だ目覚めきっていない瞼をゴシゴシとこする。
そういや、昨日は確か家に着いてすぐソファに倒れ込んだんだよな。
寝室から持ってきた毛布に包まりながら、震えてたらいつの間にか寝てたみたいだ。
服も昨日のままだから、ブラウスとスカートにシワが付いちゃったな。予備のやつ出さないと……
頭をボサボサとかきながら、部屋にかかっている時計に目をやると普段ならまだ寝ている時間だった。
とりあえずシャワー浴びるか……
服を脱ぎ、バスタオルを洗面所に置いてから、シャワーのコックを捻る。
そして流れ出るお湯に頭を濡らしながら昨日のことを考えてしまう。
今日もまた同じことが起こるのだろうか。
そう考えると家から一歩も出たくない。
でも、会社の人に迷惑はかけたくない。
それに閉じこもってしまえば相手に屈したことになる。
変なプライドかもしれないが、オトコとしてそれだけは嫌だった。
身支度を整え、家を出る。
会社までの道のりをなるべく早足で進んでいった。
道中、誰かがオレをつけているという感覚はなかった。
結局何事もなく、会社につき、中に入っていく。
中に入ってしまえば、長時間、外に出ずに済む。
わずかではあるが、少しばかり平穏が訪れる。
PM5:03
会社を出る。
オレは出勤時と同じスピードで家へ向かっていった。
その間、誰かがつけている感覚もなく、あっという間に家に着いた。
玄関のドアを開け、靴を脱ぐと、ソファに座る。
そして思う。
何もなかった……?
なんか昨日のことが嘘みたいに思えてくる。
あんなに怖かったのに……
すぐにいつもと同じ平和な日々が戻ってきた。
それから何日か経ったが、相変わらず誰かに後をつけられるという感覚はなかった。
もしかしたらあの日のあれは、自分の意識が敏感になり過ぎてたまたま、同じ方向を歩いていた人のことをつけられていると思い込んでしまったのかもしれない。
送られてきた写真に関しても、別にその後、何かされたわけでもないし、あまり深く考えないことにした。
週明けの月曜日。
バタバタと音を立てながら支度を済ませていく。
昨日はついつい夜更かしをしてしまい、少し寝坊してしまった。
だが、急げば間に合わないわけではない。
そう思いながら手を動かしていると。
ブーブーとテーブルに置いていた携帯のバイブが鳴った。
う、急いでいるのに……
まぁそこで無視してしまえばいいのだが、ディスプレイの文字が少し気になった。
見たことないアドレス……
メルマガかな?
とりあえずメール画面を開くと、そこには、たった一言。
早く家を出ないと遅刻しちゃうよ。
「………!」
その文章を見た瞬間、オレは咄嗟に口を手で覆い、悲鳴にならない声を上げた。
携帯を持っていた手で手を覆ってしまったため、携帯はそのまま床に落下する。
口を覆いながら、震える手で携帯を拾い上げ、今度はメールを送ってきた人物のアドレスを見てみる。
知らないアドレス……
いや、その前に……!
オレは慌ててリビングのカーテンを閉める。
何処かからオレの部屋を見ていたってことか……
つまり、相手はオレの部屋を監視できる範囲にいる……!!
そう結論付くと、途端に身体がガタガタと震え始めた。




