間違いを認めるのも大切。その3
二人が入るにしてはかなり広めの試着室。
オレは試着室に入るなり、何故か置いてあるパイプ椅子に腰掛ける。
「はぁ……」
もはやため息しか出ない。
しかし、まさか侑芽ちゃんがあんなこと言ってくるなんて……
長い間会わないうちに、アタシの知らない悪い子に育ってしまったのね……
心を痛めていると、侑芽ちゃんがハンガーにかかった服を両手にぶら下げながら近づいてきた。
「ねぇねぇ!とも姉は、どっちを着る!?」
何故かものすごいノリノリで聞いてくる。
「どっちって……」
オレは虚ろな目で侑芽ちゃんが両手にぶら下げている服を見る。
右手にはナース服、左手には何かのアニメのキャラクターのコスチュームなのだろう、フリフリの魔法少女のコスプレ服がぶら下がっていた。
まさに究極の2択!!
「き、着ないって選択肢は?」
恐る恐る聞いてみる。
「ありません」
真剣な顔でピシャリと言い放たれる。
やっぱりか……
着るしかないのか。
でも、と先ほどの光景を思い出す。
周りにいる皆がオレの写真を撮っていた。
ポーズや笑顔を決めるたびに歓声が湧き上がって……
案外、撮られるのも悪くないかも……
なんてことを思っているとつい顔がにやけてしまう。
「なんだ、とも姉。何気に乗り気じゃん」
それに気づいた侑芽ちゃんがクスリと笑う。
「あ、案外、悪くないかもね」
モデルの人はいつも、こういう気分になるんだろうか。
それなら少し羨ましいかも
「だったらもっと目立つには、これしかないよ」
言いながら、侑芽ちゃんは左手に持っているコスプレ服をオレに突き出してきた。
「う……」
一瞬ひるむ。
撮影されるのは確かに良い気分だけど、さすがにその服はハードルが高い……
ここは無難にナース服か。
いや、でも……
結局、なんだかんだでコスプレに慣れてしまったオレだった。
「や、やっぱこっちが限界かな」
少しの間、悩んだ結果、侑芽ちゃんの右手にかかっているナース服を取ろうと手を伸ばす。
あとわずかで届くという距離で侑芽ちゃんが唐突にポツリとつぶやいた。
「じゃあアタシがこれ着るね」
「え?う、うん……」
他にもコスプレ服はあるけど、まぁ別にいいか。
「アタシがこれ着ちゃったらきっととも姉のコスプレなんてみんな、興味なくなるよね」
「な?」
その言葉にカチンと頭にくる。
「そ、それはど、どういう意味?」
「だってさぁ、どう考えてもこっちの衣装の方が目立つじゃん。それにアタシが着た方が似合うと思うし」
挑発的な笑みを浮かべる侑芽ちゃん。
「わ、わかんないよ?オレの方が似合うかもしれないし」
これまで散々かわいい、かわいい言われてきたんだ。
きっとそのコスプレだって似合うに決まってる!
「えー?どうかな~?似合うって言うんだったらさぁ、これ着てみてよ?」
そう言うと侑芽ちゃんは魔法少女のコスプレ服をオレにグイッと押し付けてきた。
「い、いいよ?!あとで後悔しても遅いからね!?」
オレがそう言ってコスプレ服を掴んだ時、侑芽ちゃんの口の端がニヤリと釣りあがった気がした。
あれ?
オレ、もしかしてハメられた?
しかし、時すでに遅し。
そして5分後。
(きゃー!なに、あの子達?!ヤバくない!?)
(傷ついた魔法少女をナースが癒すって異色の展開か!?)
(こ、これは撮るしかない!)
夏コミのとある一角でギャラリーが盛り上がっている中心には。
「かわいく撮ってね~?」
とびっきりの笑顔を振りまき、ギャラリーの歓声に応えながらポーズを決めまくる侑芽ちゃんと。
「…………」
恥ずかしさで顔を真っ赤にさせ、頭がどうにかなりそうになってしまいそうかオレがいた。
ゆ、侑芽ちゃんに乗せられるままに着たわけだけど。
死ぬほど恥ずかしい!!
や、やっぱハードルが高かった!
フリフリのスカートにステッキなんか持って……
26のオトコが着る衣装じゃない!
は、早く元の服に着替えたい!
しかし、そんなオレの心とは裏腹に周りはドンドン盛り上がっていくばかり。
い、いつになったら終わるんだろう……
結局、侑芽ちゃんが所属するサークルから同人誌が会場に届いたと連絡があり、オレがコスプレから解放されたのはコスプレを始めてから1時間後のことだった。
しかも、ヘトヘトになりながら会場を歩いていると、すれ違う人から次々と「さっきの魔法少女だ!」と声をかけられる始末。
夏コミが終わるまでこんな具合なのかと思うと意識が遠くなりそうだったので、侑芽ちゃんには悪いが、一足先に帰ることにした。
はぁ、全くとんだ1日だったな……
電車に揺られながらコスプレには2度と手を出さないと心に固く誓ったオレだった。
ちなみに翌日のネットニュースの一つに夏コミのことが取り上げられており、オレと侑芽ちゃんが仲良く(?)コスプレしている写真が掲載されていた。
オレの恥は瞬く間に全国に知れ渡ったのだった。




