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間違いを認めるのも大切。その2

「ゆ、侑芽ちゃんの絵ってどんなんなの……?」


恐る恐る聞いてみる。


「うーん、そうだねぇ……」


アゴに手を置き、何かを考えたあと、クリアファイルの中から真っ白な紙を取り出し、サラサラと手慣れた手つきで何かを描いていく。


「はい」


手渡されたその紙を受け取り、何が描かれたのか見てみる。


「!」


受け取った紙を見た瞬間、思わず、目を見開く。


こ、これは……

オレ?

う、上手い!

絵なんてちっともわからないオレでもそれだけは分かる。

なんてリアルな……

それに顔だけとはいえ、こんな短時間で描けるものなのか?

アマチュアとはいえ、プロ顔負け、いや、プロを超えている……!


この絵は漫画の域を超えている気がする。

売り切れるのも納得だ。

ある種の芸術かもしれない。

海外留学の成果ってわけだ。


「それでさぁ、同人誌も売り切れちゃったから在庫が届くまで何もすることがなくって……」


侑芽ちゃんは、つまらなさそうに視線を落として爪の手入れをし始める。


「ああ、そうだよね」


そもそも3日間で売り切ることを目標に作ったんだもんな。

商品が無くなった以上、宣伝もするわけにもいかないし。

と、2人揃って神妙な顔をしているとお姉さんは何を閃いたように手をパン!と叩いた。


「そうだ!せっかくだから侑芽ちゃん、智花さんと一緒に会場、回ってきたら?」


「「え?」」


その言葉に2人揃ってハモる。


「同人誌が届くまでまだ時間あるし、それに侑芽ちゃん、久しぶりの夏コミでしょ?」


「そうだね。うん、じゃあお言葉に甘えて行ってこようかな……」


侑芽ちゃんは少し嬉しそうに顔をほころばせた。


「それじゃあ、とも姉!行こ!」


そう言って侑芽ちゃんはオレの腕を掴んでズンズンと歩いて行った。


「え、ああ!ちょっと!す、すみません、失礼します!」


オレはお姉さんに慌てて頭を下げつつ、侑芽ちゃんに引っ張られていくのだった。


「………」


お姉さんに見送られ、侑芽ちゃんと共に会場を歩き始めてからまだ10分程度しか経っていない。

にも関わらず、オレの両手には大量の漫画袋がぶら下がっていた。

それもこれも全部、侑芽ちゃんが買ってきたやつだ。

少し歩みを進めるたびに立ち止まっては、同人誌を買っていく。

そして、それを次から次へとオレに手渡してくる。

最初のうちは、袋を持ったままだと買い回りしづらいのだと思い、快く荷物持ちを引き受けたのだが…まさかこんな量になるとは。

しかも、知り合いがちらほらいるのか漫画袋だけではなく、差し入れと称してお土産も一緒にもらっている。


まぁ侑芽ちゃん、可愛いもんな。

本当はオトコだけど……

漫画袋を両手に下げたまま、歩き続けると、どうやらエリアが変わったらしく、先ほどとか違う雰囲気のところにやってきた。

そしてその中に一際、人が群がっているお店があった。


「とも姉、あれなんだろね?」


侑芽ちゃんがお店に向かって人差し指を指す。


「さぁ、人が多くてよく見えない……」


オレは首を傾げながら遠巻きにお店を見ていた。

すると、突然後ろから誰かに右腕を掴まれた。


「!!?」


肩をビクッと震わせ、慌てて後ろを振り返ると。


「ねえ、よかったら着てみない?」


と、言われた。


「へ?」


思わず、素っ頓狂な声が出てしまう。


着てみないって?

まさかその服を?

ハテナマークが頭に大量に浮かぶ。

ちなみにオレの腕を掴んだのは、普通のお姉さんだった。

ただし、見た目は少し普通じゃなかった。

なんというか、その、服装がおかしいというか、いわゆるコスプレをしているのだと思う。


お姉さんはなんとこんな暑っ苦しい場所でメイド服を着ていたのだ。

オレも1度着たことがあるから分かるが、あの服は一切風を通さないのだ。

つまり夏に着るのは自殺行為。

なのに、お姉さんは汗一つかかず、涼しい顔をしていた。

不思議だ……

なんて事を考えているといつの間にか侑芽ちゃんが隣からいなくなっていた。


「あれ?侑芽ちゃん??」


慌てて辺りをキョロキョロと見渡すが、どこにもいない。

どこに行ったんだ?


「おーい!とも姉~!こっちこっち~!」


そう思った時、人混みの奥の方から侑芽ちゃんの声が聞こえてきた。

オレは人混みを掻き分けながら声のする方へ進んでいく。

そしてそこに飛び込んできた光景は。


「な、何してるの?ゆ、侑芽ちゃん……?」


辿り着いて早々、オレは自分の目を疑った。


「何ってー。コスプレだよ、コスプレ」


あっけらかんに言う侑芽ちゃん。


「いや、それはわかってるんだけどさ。そ、そのふ、服装って……?」


「へへー。似合うでしょ?」


得意げにニンマリと笑い、くるりと一回転。

た、確かに似合うけど、丈、短すぎ!!

侑芽ちゃんが着ていたのは、なんと超ミニのチャイナドレスだった。

そんなオレの心境とはよそに侑芽ちゃんは、群衆に向かって次々とポーズを決めていく。

ポーズを決めるたび、カメラのシャッター音や「おおお!」という声が聞こえてくる。


う、うわ!?

今のかなり際どかったぞ?!

だ、大丈夫かな…?

撮られてるわけでもないのに、本人以上にソワソワするオレだった。

侑芽ちゃんが写真を撮られている間、オレはメイド服を着たお姉さんに話を聞いた。

このお店は見た目通り、コスプレのお店だった。

ただし、売っているわけではなく、自作の服を試着希望の人がいればその場で着てもらい、本人さえ良ければ撮影OKのお店だそうだ。


しかも、侑芽ちゃんとはサークルを通じての知り合いらしい。

にしても……

チラッと侑芽ちゃんの方に目をやる。


あんなノリノリで、しかもポーズまで決めて……

まるで本物のオンナの子みたいだ。

やがて、撮影も終わりかけた頃、突然侑芽ちゃんがオレのほうに近寄ってきた。


「あれ?どうしたの?」


少なくなったとはいえ、まだ写真を撮りたそうな人もいるのに。


「いや、せっかくだからさ、とも姉も着てみない?」


「え、ええええ?!む、無理無理!絶対無理!!」


その問いかけにブンブンと左右に勢いよく手と首を振って必死に抵抗する。


「えー?せっかくなんだし、着てみようよー。もったいないよー」


オレの腕を掴み、子供のように駄々をこねる侑芽ちゃん。


「そうですよ。せっかくだから着てみませんか?」


援護とばかりにメイド服のお姉さんもコスプレを勧めてくる。


「いや、ほんと無理だって!」


侑芽ちゃんと違ってオレは好きで女装をしてるわけじゃない。

それは侑芽ちゃんも知ってるはずなのに………!


「とも姉さぁ…」


そんなことを心の中で思っていると侑芽ちゃんがこっそり声をかけてきた。

そしてワンピースの太もも辺りの部分をおもむろに掴んでくる。


「コスプレしないんだったらさぁ。このままワンピースめくっちゃうよ?」


「な!!?」


そ、そんなことをされたら……!


「見えちゃうよねぇ、隠しておきたい部分が……」


見えた瞬間、間違いなくオレの人生が終わる。

しかもこんな場所だ……

瞬く間に情報が伝わっていくだろう。

最悪の事態を想像して、顔が青ざめていくのが自分でも分かる。


「そうなりたくなかったらどうすればいいか、分かるよね?」


まるでオレの心を見透かしたように侑芽ちゃんはオレの耳でそっとつぶやく。


く……

う、うわあああああ!

誰にも聞こえない苦悶の叫びが心の中で鳴り響いた。


(すげー……めっちゃ似合ってる)


(まじ、可愛い……)


(オレ、ああいう子、タイプなんだけど)


(こっちに笑顔お願いしまーす!)


「は、はーい……」


引きつった笑顔で撮影に応じる。

ああ、オレのチャイナドレス姿がこうして出回っていくのか……

しかもこんなミニのサイズで。

最悪すぎる……


「って、ちょっとローアングルはダメ!!!」


迫ってきたギャラリーを慌てて制止する。


そしてなんとか、この状況に心の中で泣きながら撮影に耐えていると。


「とも姉ー!そろそろ違う服に着替えよー」


オレとは少し離れたところで撮影をしていた侑芽ちゃんが声をかけてくる。


「え?まだ続けるの……?」


虚ろな目で彼女の方を振り向く。

も、もう勘弁してよ……

心の中で嘆くがそんなものは伝わるはずもなく。

結局、二人仲良く試着室へ入るのだった。

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