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間違ってるけど、それはそれで正解

厳しい冬も過ぎ、ようやく暖かくなってきた春先の頃。

母さんから電話があった。


「帰ってくる?」


ソファに横になり、片手で化粧を落としながら話しをする。


「そう。侑芽君が外国から留学で帰ってくるんだって」


やけに陽気そうな声の母さん。

侑芽君って……

ああ。松浦 侑芽か。

松浦 侑芽とは、オレにとって従兄弟の存在。

母さんの妹さんの息子だ。

オレより、3つ年下で年齢が近いこともあって、昔は家も近かったし、よく遊んでいた。

中学に入る前に確かむこうが引っ越して、それ以降は年に1回くらいしか会わなかった。

むこうが大学に入って絵の勉強か何かで留学したとは、噂程度に聞いてたけど、帰ってきたのか。


「それで急で悪いんだけど、今週末に侑芽君が会いたいって言ってくれてるらしくて。ともくん、何か予定あったりする?」


「いや、特にないけど……」


会いたい……ねぇ……


正直、オレはそこまで会いたいとは思っていない。

だってもう何年も会っていないしな。

会ったらむしろ、なんて話せばいいかわからない気がする。


「ほんと!?良かった~」


電話越しにでも、母さんの上機嫌になるのがわかった。


母さんは会いたいのか……

まぁ妹さんの息子だしな。

親戚というよりは、家族に近い存在なのかもしれない。


そんなやりとりが週末になった。

久々に実家に帰ってのんびりする。

もちろん、女装もなし!!


あー、オトコの姿ってラクだな……

と、そんなことをしみじみと思っていると。

ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。


「はーい」


それに反応して母さんは玄関に向かう。


来た。さて何て言おう……


無難に「久しぶり。元気~?」くらいの感じでいくか?

頭の中でどう切り出すか、シミュレーションを考えていると。


ガチャっとリビングのドアが開いた。と、同時に。


「久しぶり!ともくーん!!」


と、言いながら。

可憐なオンナの子がオレに抱きついてきた。


あれ……

オンナの子……?

侑芽君ってオトコじゃ……?

今までずっと勘違いしてた…とか…?


いやいや!

お風呂に一緒に入ったこともあるんだ!

間違うはずがない!


でも……

オレを抱きしめている目の前の人物は、髪はショートカットで、髪の色は茶色、長袖の上にカーディガンをきていて、下はミニスカート。

どこからどう見てもオンナの子だ。


「あれ?どうしたの?ともくん?あ、もしかして久しぶりに会ったのが嬉しくて、固まっちゃったとか~?」


オレから離れ、ククク。と怪しい笑みを浮かべる侑芽ちゃん(?)


確かに別の意味で固まってるけど……


「うん、嬉しくてさ。つい……」


放心状態で生返事をする。


「ほんとに!?嬉しいな~!!」


そう言うと侑芽ちゃんは、もう一度オレをギュッと抱きしめた。


「!!?」


思わず、目を見開く。や、柔らかい感触がオレの胸に……!

こ、これは間違いない…!

正真正銘、オンナの子だ!

侑芽ちゃんが荷物を空き部屋に置いた後、オレはリビングにあるテーブルに座り、母さんが入れてくれたお茶をすする。


そして反対側の席には侑芽ちゃんが。

コップの先からチラッと彼女(?)の顔を覗き見る。


オンナの子だよなぁ……

子供の頃の記憶はただの思い込みってことだったのかな……

と、あまりにあからさまにジロジロ見ていたのがバレたのか。


「ふふっ」


侑芽ちゃんは、こちらを見てニッコリ微笑んだ。

か、可愛い…!

思わず、ドキッとしてしまう。

その後は母さんも交えて、日が暮れるまで3人で色んな話をした。

久々に会うということで、多少身構えてはいたが、侑芽ちゃんがすごく気さくなこともあり、時間の流れなど感じさせずにあっという間に昔の感じに戻った。


侑芽ちゃんは今、漫画家さんになったらしくて、そこそこ人気があるらしい。

でも、何故だがわからないけど、ペンネームは頑なに教えてくれなかった。

少し不自然に感じたが、こんな世の中だ。

どこから個人情報が漏れるかわからない。

隠したい部分もあるのだろう。

オレも絶対に言えない秘密あるし。


そして夜。


久々に母さんの手料理を食べ、お腹も満足したところで、部屋に戻って休むことにした。

侑芽ちゃんは客人ということで、一足先にお風呂に入っている。

階段を上がり、自分の部屋のドアの前に立った時。


「ん?」


隣の部屋から光が漏れていた。

あれ?

誰も使ってないはずなのに。

母さんが掃除でもした時に消し忘れたのかな?

そのままにしておくわけにもいかないので、隣の部屋のドアを半分ほど開けて電気を消そうとした。

ドアを開けようとした瞬間、先にドアが開き、部屋の中からにゅっと誰かが出てきた。


「うわっ!?」


たまらず、叫んでしまう。

そこにいたのは。


「あ……」


小さく声を漏らす。

出てきたのは侑芽ちゃんだった。

そういえば、泊まってる間は空き部屋使うって母さん言ってたっけ。

お風呂から上がってそのまま部屋に来たみたいだ。


「ごめんね。誰もいないと思って電気だけ付いてたから消そうと思って」


とりあえずドアを開けようとした理由を話す。


「そうだったんだ。ふわぁ……」


侑芽ちゃんは相槌を打ちながら小さくあくびを漏らす。


「もしかしてもう寝るところだった?」


「うん……なんか疲れちゃって……」


と、言いながら眠そうに手で目をこする。

か、可愛い……!

なんかマスコット的な愛らしさがある!

しかも、ルームウェアに着替えてるから余計、可愛さが際立つ!

って変な目で見ちゃいけないよな、いかん、いかん。

頭をフルフルと振り、邪念を払う。


「そっか。じゃあゆっくり休んでね。お休み」


なるべく平常心を装いつつ、そう言う。


「はい、お休み~……」


ほとんど目を瞑った状態で、侑芽ちゃんは部屋のドアを閉めた。

そしてわずか数秒後、穏やかな寝息がドア越しに聞こえてくる。


早い……

それだけ疲れてたってことかな。

さて、オレもお風呂入って寝るかな。

あくびをしながら、ゆっくりと階段を降りていく。


そして翌朝。


「ん……」


目が覚める。

ふと、横を見ると侑芽ちゃんの顔が。


あれ……って……


「えええええええ!!!?」


たまらず、大絶叫。


「すうすう……」


そんなオレの大絶叫を気にも止めず、穏やかな寝息を立てる。

な、なんで一緒に寝てるんだ!?

起きて間も無いが、あまりの急展開に頭は完全に覚めていた。

き、昨日は確かに別々に寝たはず……!

寝ぼけて部屋を間違えたとか……?

ありえなくはないが、可能性は極めて低い。

じゃあ……

オレと寝たかったから…?

そう考えた途端、ドキンと心臓の鼓動が跳ね上がる。


勝手な思い込みかもしれないけど、もしそうならめちゃくちゃ嬉しい。

寝ている侑芽ちゃんの顔をじっと見る。

すう、すうとかすかな寝息。

わすがに開かれた桃色の唇がやけに艶かしく見える。


「ごくり……」


思わず、息を呑むオレ。

や、やっぱ可愛いな……

朝一番に同じ布団の中にオンナの子がいるというのは、気持ちの高ぶり方が尋常じゃない。

と、半ばにやけつつある顔で視線を下に落とす。

寝ている間に服が乱れたらしく、上の服が大きくはだけていた。

見てはいけないと思いつつ、ついつい見てしまう。

そこには、豊かなボリュームの女性特有の膨らみが。


なかった。


え?

あれ、おっかしーな……

目をゴシゴシこすり、もう一度見る。

うん、やっぱりペッタンコ。

代わりにオトコ特有の見事な胸筋がチラッと見えた。


う、うそだろ……

い、いや!きっとこれは夢なんだ!!

夢なら頬を思いっきりつねっても痛くないはず!


「…………」


というわけで、つねってみた。

痛い……

とりあえずベッドから離れ、イスに座る。


えぇぇぇ……

まさかのオトコかよぉ……

頭を抱え、まるで10R闘い終えたボクサーのようにグロッキー状態になってしまう。

やっぱ子供の頃の記憶は正しかったってことか……


昼間に感じた胸の感触もニセモノってわけだ。

多分、シリコン入りパッドだろうな……

オレも持ってるし。

胸に当たるとホンモノみたいな感触なんだな……

それにオレ、オトコの子に可愛いとか色々思ってたわけだ……


しかも、これ2回目だよ……

麻耶ちゃんの時もこんな風にグロッキー状態になったよな……


はぁ、凹む……

ていうかオレの周り、女装男子多くない?


オレを含めて3人。

類は友を呼ぶってやつでオレが呼び寄せてんのかな?

そんなことを考えつつ、20分ほど経ってから、侑芽ちゃん(?)が目を覚ました。


「ふわぁぁ。よく寝た……」


目をゴシゴシこすり、上半身を起こし、大きく伸びをする。


「あ、ともくん。もう起きてたんだ。おはよ」


オレに気づき、可愛らしく挨拶してくれる。


「うん、おはよう……」


それに対してオレは魂が抜けたような返事をする。


「ってあれ!?なんでともくんがここに!?」


侑芽ちゃんは、布団をばっと身体に引き寄せる。


「オレも起きた時は驚いたんだけど、ここオレの部屋だよ……」


オレは床を指差す。


「え……」


侑芽ちゃんは慌てて部屋を見回す。


「あ……」


そして小さく声を漏らした。


「ご、ごめんね。夜中にトイレ行った時に寝ぼけて部屋を間違えちゃったみたい……」


苦笑いを浮かべつつ、頬をポリポリとかく。


「別にそれはいいんだけど…違うこと聞いていいかな……?」


オレは床に視線を落としたまま、たずねた。


「いいけど、なに?」


対して侑芽ちゃんは、不思議そうに首をかしげる。


「なんでオンナの子のフリしてるの?」


オレはストレートにそう聞いた。

理由を聞かないという手段もあった。

もし、オレが誰かに「なんで女装してるの?」と聞かれたらすごく困る。

だけど、それ以上に気になった。

麻耶ちゃんの時と同じだ。

女装する必要がないのに女装している。



「………」


わずかな沈黙。

だけど、とても長い時間のように感じられる。

やがて、侑芽ちゃんが口を開いた。


「お、オンナの子のフリなんてしてないよ?あ、アタシ……元からオンナの子だし……?」


明らかに動揺してるのがわかる口調だった。


「実はさ、さっき、見ちゃったんだよ。上の服がはだけてて……胸が……」


そこまで言ったところで、オレは口を噤ぐんだ。

この先を口にするのはオレにとっても侑芽ちゃんにとっても酷だ。


「……」


再びお互いが沈黙。

やがて。


「うう……うううう……」


侑芽ちゃんが泣き出した。


「え、え!?」


な、なんで泣き出す!?


「バレたぁ!ともくんにバレたぁ!!」


侑芽ちゃんはベッドの上で子供のようにジタバタと暴れだす。


うわっ……

だだっこな侑芽ちゃんは、めちゃくちゃ可愛い……

じゃなくて……!

まずは泣き止んでもらわないと話しもできない……!


そして数分後。

ようやく泣き止み、落ち着いてきた侑芽ちゃんがポツポツと女装のワケを話し始めてくれた。

高校の頃、文化祭の余興で女装をした時、周りの反応が良かったらしく、それをきっかけに女装にハマったらしく、以後、プライベートでも積極的に女装をするようになったそうだ。

しかし、誰もがその趣味を受け入れるわけもなく、当時付き合っていた彼女には一言、「キモい」と言われ、さらに直後に両親にバレて、勘当されたそうだ。

その苦すぎる経験から、近しい人間には女装趣味のことを決して明かさないと心に決めたらしい。

女装をやめようと何度か試みたこともあるそうだが、そう簡単にやめられるものではなかったみたいだった。

ちなみに母さんには、何も聞かれなかったらしい。


オレという存在がいるからな……


むしろ、ムスメ(のような存在)が増えて嬉しいと思っているに違いない……!


「やっぱキモいよね。女装するオトコなんて……」


自虐的に影のある笑みを浮かべ、そんなことをつぶやいてくる。


「いや、キモいっていうか……むしろ親近感湧くっていうか……なんというか…….」


一方オレは視線を横に逸らしながらポリポリと頬をかく。


「親近感……?」


その言葉にずっと沈めていた顔を恐る恐る上げる侑芽ちゃん。


「見せた方が早いかな。ちょっと待ってて……」


そう言うとオレは部屋に置いてあった自分のカバンを持ち上げると、部屋から一度出ていった。

念のためにってことでとりあえず女装セット一式を持ってきておいたけど、まさかこんな形で役に立つとは……


「お待たせ……」


10分後。オレはゆっくりと部屋に入る。


「………」


オレの変わり果てた姿を見て呆然とする侑芽ちゃん。

やがて少し経ってから。


「お、お姉様!」


と、叫んできた。


「お、お姉様!?」


何言ってんの、この子?!


「まさか、ともくんも女装趣味だったの?!」


興奮した様子で聞いてくる。


「いや、オレの場合は少し特殊で……」


とりあえず説明した方が早いか……

というわけで、簡潔に説明する。


「なるほどねぇ」


話しを聞き終え、うんうんと頷く侑芽ちゃん。


「しかしまさかねぇ……」


うっとりとした目でオレを見つめてくる。


うっ……

なんだ、その眼差しは!

そして。


「まさかこんなに可愛いなんて!」


言いながら抱きついてくる。


「ちょ!?ちょっと!?」


思わず、身体を反らし、のけぞる。


「可愛いよ!ともくん!いや、とも姉!」


愛おしそうに、すりすりとオレの胸に頬をこすらせてくる。

ひいい!

オトコ同士で何やってんだ!?

さっきまではオレも侑芽ちゃんのことを可愛いと思ってたけど、今は違う!

力を入れて抱擁から抜け出そうとするが、全く緩む気配がない。

ど、どこにこんな力が?

見た目はめちゃくちゃ華奢なのに……!


「アタシ、嬉しい!こんな近くに同じ人がいたなんて!」


侑芽ちゃんは瞳から一粒の涙を流す。


「………!」


その言葉と表情を見た途端、抵抗する力がなくなっていく。

そっか。

女装趣味ということを話せば、相手に拒絶されるかもしれないという恐怖に怯えて、結局誰にも言えなくて今まで過ごしてきたんだ。


辛かったんだろうな。

オレの周りの人たちは、何事もなく受け入れてくれたけど、もしかしたらオレも侑芽ちゃんのようになっていたのかもしれない。


「まぁオレで良ければさ、他の人には話せないことも話せると思うし、いつでも頼ってよ」


侑芽ちゃんの目を見てしっかりと気持ちを伝える。

侑芽ちゃんは呆然と目を見開いてオレを見つめる。

やがて、その口元がゆっくりと綻んで。


「うん!!」


と、元気良く返事をしてくれた。


あーあ……

なんかすごいことになっちゃったな……

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