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間違いの真実

翌朝。


「ん、んん~……」


窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてきて目を覚ます。


ん、朝か。

上半身を起こし、ふわぁとあくびを一つしながらまだ完全には開ききっていない目をこする。


いやぁ、心地よい疲労感とベッドの絶妙な柔らかさのおかげで熟睡だったな。

部屋で身だしなみを整えた後、オレは朝食を食べるため、食堂へと向かった。


時計を見ると現在の時刻は8時30分。

オーナーの説明によると朝食の提供は6~9時までということだった。

昨日のように落ち着かないまま、ご飯を食べるのはちょっと精神的に辛いのでワザと時間ギリギリに行くことにしたのだ。


食堂まで辿り着くとぐるっと席を見渡す。

さすがに時間ギリギリということもあり、ほとんどの席が空いたままだった。


ほっ、よかった。

安堵の息を吐きつつ、オレは中へと入っていった。

席に着き、朝食を食べつつ、今日の予定を考えていく。

今日はどうしよっかなぁ。

部屋にいるとエステのお誘いされそうだしなぁ。

また外で身体、動かそうかな。

と、そんなことを考えながらフォークに刺したウインナーを口に入れた時だった。


「河野さん……」


色っぽい声と共に誰かがオレの耳にフーッと息を吐いてきた。


「にょわあああ!?」


思わず、奇声が出てしまう。

あ、危ない……

あやうくウインナーを喉に詰まらせるところだったぞ……!

恨めしげに耳に手で抑えながら後ろを振り向くとそこにはオーナーが立っていた。


「あら。ごめんなさいね。悪気があったわけじゃないのよ」


なんて言いながら茶目っ気たっぷりに微笑む。


「それにしても可愛い悲鳴をあげるのね」


「あー、はは……」


そう言われても苦笑いを浮かべるしかなかった。

自分でも無意識だったんだけど……

それにしてもオトコがあんな奇声出すなんて情けない限りだ……


「それより、体調が戻られて何よりです」


オーナーはほっとした表情を見せた。


「あ、すいません、ご迷惑おかけして……」


オレはイスから立ち上がり、頭をぺこりと下げた。


「いえいえ、それに……」


その言葉と同時にオーナーはオレの手を握ってきた。


「!!?」


ちょ、ちょっとぉ~?!


「ミストルームに入られたおかげかこんなに肌がツルツルになってますものね……」


うっとりとした表情でオレの手の甲を撫でる。


ひぃ!

あんまり撫でないで~!

女性に手を触られる度に思うけど、本当の女性と違って、肌が柔らかくないからオトコだってバレる!

ってあれ?

なんでオーナーはオレがミストルームに入ってたことを知ってるんだ?

昨日、大浴場に入ってから出るまで誰にも会わなかったのに……


その疑問を感じた直後、オレ達の背後からオーナーを呼ぶ声が聞こえてきた。

オーナーはオレに軽く会釈すると、声のする方へとかけていった。

その時、オーナーのポッケから何かがひらりと落ちた。

オーナーはそれに気付かず、食堂から出ていってしまう。

オレは落ちたそれを拾った。

それは1枚の写真だった。

そしてそれに写っていたのは。


「!!?」


思わず、目を見開いてしまう。

無理もない。なんと写っていたのは。

ミストルームでリラックスしている表情のオレの裸(ウィッグ&バスタオル付き)の写真だった。


な、なんだよこれ?!

大体なんでこんな写真をオーナーが持ってるんだ!?

写真を掴む手がプルプルと震える。

ていうかどうやって撮ったんだ?!

ミストルームには誰もいなかった。

隠れられるようなところもなかったはず。

それにミストとはいえ、こんなに鮮明に写真を撮るなんて一体…


それにしてもこの写真、やけに上から撮ってるな……?

長い間考えてみたが、結局、どうやって写真を撮ったのかオレの頭脳ではわからなかった。

とりあえず写真は細かく破って近くにあったゴミ箱に捨てておいた。

ウィッグ+バスタオルを付けているとはいえ、女装時の裸の写真なんて!

恥にも程がある!


しかし、誰が撮ったにせよ、許せん!!

オレは拳をグッと握り、一度部屋に戻ろうと、エレベーターに乗った。

中には誰もおらず、オレは部屋まで上がるボタンを押し、扉が閉まる。

やがてエレベーターが上に向かって上がり出したまさにその時だった。


「!?」


な、なんだ?

急にヒザがガクンと曲がり、身体に力が入らない。


手のひらで額を抑えながら、もう片方の手でエレベーターの壁に手を当てなんとか姿勢と意識を保とうとする。

だが、その頑張りも虚しく、オレの意識は次第に薄れていき、ついに完全に意識はなくなった。


「ん……」


ゆっくりと意識を取り戻す。

エレベーターの中に麻痺性のガスか何かが充満していたのか、目が覚めてからも身体のあちこちが少しシビれたままだった。


どれくらい時間経ったんだろ。

というかここ、どこだ……?

辺りをキョロキョロと見渡す。

ダンボールや資材がたくさん積まれている。

どこかの倉庫だろうか……


ほとんど明かりがないな……

あまり広くはないようだが、倉庫を照らしているのは小さな裸電球、ただ一つだけ。


「って……」


オレは手を地面に着いて立ち上がろうとしたのだが、ロープで後ろに縛られていて自由には動かせなかった。

それにしても誰がなんの目的でこんなところに……

なんにせよ、とりあえずここから出ないと……

まだ少しシビれてはいたが、足はロープで縛られていなかったので、オレはなんとか立ち上がった。

と、同時に倉庫の扉が開いた。

そして倉庫に入ってきた人物は。


「まさか、こんな小娘にこの施設の秘密がバレるとはね」


はぁ。とため息を一つ吐きながらオレの方へと近寄ってくる。

鋭い眼光に刺々しい口調。


「オーナー……?」


そう。オレの目の前に現れた人物はオーナーだった。


「な、なんで?」


思わず、そう聞かずにはいられなかった。


「なんで?決まってるだろ。あんたが勘付いちまうからだよ。全く久々に良いのが来たと思ったらこれだよ」


ひどく苛立ちながら、近くにあったパイプイスを組み立て、それにどかっと座る。


「勘付い?」


どういうことだ?


「今更しらばっくれなくてもいいよ。わかってんだろ?なんで自分の裸の写真を撮られたのかを……」


つ、つまりあの写真を撮ったのはオーナーだったってことか?

でもどうやって?

あの時、オーナーは大浴場にいた。

ミストルームにも入ってきていない。

だったら写真を撮ることは不可能なはず。

いや、まてよ……


あの写真はやたら上からの角度で写真を撮っていた。

それに誰もいないはずなのに、やけに視線を感じた。

いや、監視されてるといった方が正しい。


……!


なるほど、そういうことか。


「監視カメラをあちこちに設置するなんて、ちょっとやり過ぎじゃないですか?いくらなんでもミストルームやグラウンドに設置する意味なんてないでしょ?」


キッと睨みを効かせながら、オレはイスに座っているオーナーに対してそうたずねた。


するとオーナーは不気味な笑みを浮かべた。


「意味?ははっ。あんたは何もわかっちゃいない!」


「……?!」


その得体の知れない笑みを見た瞬間、オレの背筋はゾクリと震えた。


「監視カメラをあちこちに設置しておけば、ここにやってきた可愛い女の子達の無防備なところを映像や写真に収めることができる!これのどこに意味がないと言うんだ!!」


イスから立ち上がり、グッと拳を握りしめ、やたら力説するオーナー。


う、うわぁ……

この人、生粋なHENTAIだ……

女装してるオレが言えたことではないと思うけど……

心の中でそう突っ込まざるを得なかった。


「くっ、くふ……キシシシ……!」


途端に口の橋を吊り上げ、怪しい笑みを漏らすオーナー。


「そして、予想とは違う形になってしまったが、ついに理想のオンナの子を手に入れた……」


イスから立ち上がり、手をワキワキさせながら、ジュルリと舌なめずりをする。


「でも、安心して。会社の人には、上手く誤魔化しておくから。そしてワタシがずっとずっと、そばにいて、愛でてあげるから」


そう言いながらゆっくりとこちらに迫ってくる。


「ひ、ひいぃぃ……!」


ヤバイ!やばすぎる!!

小さく悲鳴を上げたオレは、オーナーから逃げるため、後ずさりしていく。

だが、手を縛られた状態では上手く動くこともできず、その上、得体の知れない恐怖に襲われていたオレの身体は、ちょっとした床の段差につまずいて、立ち直すこともできずに、そのまま床に倒れてしまった。


「あっ……」


床に倒れるまでのわずかな時間がまるでスローモーションで再生されたかのようにゆっくりに感じる。


し、しまった……


「逃げても無駄よ。ここに逃げ場なんてない。さあ、大人しくワタシのお人形になりなさい……」


オーナーの影がゆっくりとオレに迫ってくる。


お、終わった……

絶望感で身体が硬直していくのがわかる。

捕まれば、オーナーにはオレが本当はオトコだってバレるだろう。

リスクを犯してまでオレを捕まえたんだ。

怒りで何をするかわからない。

最悪、命が……


こんな形でオレの人生終わっちゃうのかな……

もっともっとやりたいこと、したいことあったのに。

そして死ぬ時くらい、オトコの姿で死にたい……

それだけは切実に願う。


ああ、神様……

ギュッと目をつぶり、心の中で祈る。

すると、その願いが神に通じたのか、はたまた単なる偶然なのか。


「そこまでだ!」


勢い良く扉を蹴り開け、大声と共にスーツ姿のオトコ達が何人も倉庫に入ってきた。


ファーン……


遠くの方でパトカーのサイレンが鳴り響く。

その音を聞きながら、オレは救急車の荷台部分に座り、差し出されたコーヒーを飲んでいた。

まさに間一髪だった。

倉庫に入ってきたのは、警察の人で何でもスパリゾートの従業員から内部告発があったらしく、すぐに摘発に踏み切り、従業員全員を拘束した後、オーナーの居所が倉庫と分かり、突入してきたわけである。

そして先ほどオーナー達が、パトカーに乗せられ、事情を聞くため、警察に連行されたところだ。


しかし……

先ほどの光景を思い出す。


オーナーは、パトカーに乗る際、「アナタと離れるくらいなら死んだほうがマシよ!」と、泣き叫んでいた。


あの時の光景を思い出すだけで全身に鳥肌が立つ。

本当に助かって良かった……


「落ち着きましたか?」


少し経ってから、警察官の人がオレの様子を見にきてくれた。


「おかげさまでだいぶ、落ち着きました。あ、コーヒーご馳走様でした」


空になって紙コップを少し上に持ち上げて軽く会釈する。


「そうですか。それは良かった。良ければ、ご自宅までお送りしましょうか?」


優しい笑みを浮かべながら、言ってくれる。


「あ、すいません。実は、もうすぐ会社の人達が迎えのバスに乗って来てくれるんです」


せっかくのご好意なのに、申し訳ないな。


「そうなんですね。失礼しました」


規律正しく、ペコっと頭を下げてくれる。


「失礼ついでに一つお聞きしたいんですが、何処かで会ったことありませんか?」


首を傾げながら、オレの顔を見つめてくる。


「えっ?ないと思いますが……?」


突然の質問に少し困惑してしまう。

今のところ、警察のお世話になったことはない。


ないない、いや……ある……

そう、あれは忘れもしない元旦の日だ。

うっかりしていて、ウィッグが外れた時に会った警察官の人じゃん!!!

心の中で大絶叫。

ま、まさか…まさかのここで再会!???

あの時はウィッグが取れて、服装はオンナ物とはいえ、見た目はオトコだったから今の姿にイマイチ、ピンとはきてないみたいだけど。


「そうですよね、おっかしいなぁ……」


頷きながら、しかし、心から納得しているわけではない様子。

と、とりあえず一刻も早く、ここから逃げ出したい!!

顔を見続けられていると、思い出されるかもしれない…!

紙コップを持つ手がプルプル震え、背中から冷や汗が尋常じゃないほど流れ出てくる。

は、早く課長達、迎えにきてくれないかな……

心の中で切に願う。

すると、再び神にその願いが通じたのか。


「あ!」


遠くの方で迎えのバスがこっちに向かって来るのが見えた。

よ、良かった……

と、安心したのも束の間。


「あーーー!思い出した!!」


隣にいた警察官の人が大声を上げた。

ええー!!

あとちょっとでおさらばなのに、ここでバレた!?

こ、こうなったら仕方ない……!

オレは荷台に置いてあった荷物を勢いよく掴むと、そのまま猛ダッシュでバスの方まで駆け寄っていった。


「あ、ちょっと!」


後ろの方でそんな声が聞こえるが、人生が終わるかどうかの瀬戸際なんだ!

止まるわけにいかない!

息を切らせながらバスに飛び乗り、慌ててその場から去るのだった。


「はぁー……」


座席に座り、ぐったりする。

とんだ慰安旅行になってしまった。


一方。


「あーあ、行っちゃったか…やっぱりあの人、あれだよな。立てこもり事件で大活躍した人。せっかくだから話し、聞きたかったのになぁ……」

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