間違いだらけの果て。
寮の構造は4階建てで、1階には食堂とレクリエーションルートと呼ばれる異常なほど広い部屋がある。
2、3階は生徒達の部屋。
そして4階には。
「うっわ……広……」
思わず、そんな声が漏れてしまう。
オレは自分の目の前にある光景が信じられなかった。
なんとこの寮には。
30人は裕に入れるであろう広さの大浴場が完備されていた。
香織さんがいる大学の大浴場も広かったけど、ここの大浴場も顔負けだ。
いや、むこうは確かに広かったが、内装は普通のお風呂だった。
いわゆる、銭湯って感じ。
だが、こっちは内装だけでもかなりお金がかかってるように見える。
チラッと左手に付けている腕時計を確認する。
今は11時46分。
午前の授業終了までまだ時間はある。
朝に入ったばっかだけど、久しぶりにデカイお風呂に入ってのんびりしてみたい……
ちょっとだけなら良いよな?
オレは盗っ人のように周りに誰もいないか確認するとそっとドアを開けて中へ入っていった。
中へ入ったところで何やら違和感を感じた。
なんかお風呂場の方から声が聞こえるような……
いやいや、そんなはずはない。
変に警戒し過ぎて物音に過敏になってるだけだ…
そう自分に言い聞かせながら上着へと手を掛ける。
だが、次の瞬間。
ガラッ。
お風呂場から更衣室へのドアが開いた。
そこには。
バスタオルこそ着けているもののほとんど裸に近い生徒達2人が。
「んぶっ!?」
突然の光景に奇声が出てしまう。
そして、咄嗟に彼女達から目を逸らした。
いかん!目に毒だ!!
ていうかなんでここにいるんだ!?
今は授業中のはずなのに……!
「あれぇ?お姉様じゃないですかぁ?」
そんなオレとは裏腹に彼女達は呑気な声を上げる。
「あ、あはは、ごきげんよう……」
オレは引きつった笑顔で挨拶をする。
「なんでここに?あ、もしかしてぇ、お姉様もお風呂入りにきたんですかぁ?」
「え、本当ですかぁ?それなら大歓迎ですぅ。一緒に入りましょうよぉ~」
勝手に納得がいったらしく、彼女達は急に盛り上がり始めた。
た、確かにお風呂に入ろうかなと思っていたけど、それは正体がバレる心配がないことが前提なんだ!だから、今は絶対に無理!!
「ご、ごめんなさい…アタシ、お風呂に入りに来たわけじゃないの?というかあなた達、今は授業中じゃ?」
「そうなんですけどぉ、実はその前の授業が体育で、汗かいちゃってぇ、気持ち悪かったからお風呂入りにきたんですぅ。あ、私たち、卒業が決まってるのでちょっとくらいサボっても大丈夫なんですよぉ」
オレの問いかけに対し、実にあっけらかんとした口調で答えた。
お嬢様でも授業サボるんだな。
そして自由すぎる……
「そんなことよりぃ、私たちのことはいいんですよぉ。ほらほら、お姉様、一緒に入りましょう~」
グイグイとオレの手を引っ張ってくる。
ちょ、ちょっとぉ!!
そんなに近づかれたら嫌でもその姿が目に入ってくるじゃないか!
「い、いや、本当に申し訳ないんだけど、さっきも言ったようにアタシ、お風呂に入りにきたわけじゃ…それにあなた達、上がったばっかりじゃない。あんまりお風呂入ってるとのぼせちゃうからさ……」
オレは顔を真っ赤にさせながら、できる限り、彼女の姿を見ないように目線を逸らしながら、なんとかこの状況を回避できるように抗う。
だが、オレが必死に抵抗を試みている間に、もう1人の女の子がオレの背後に回り……
「!!?」
こ、腰に手が!
「遠慮しなくていいんですよぉ……私たちと気持ち良いことしましょう……ふふふ……」
そんな言葉と共にオレの耳に息をフーッと吹きかけてくる。
お、お嬢様ぁ!
積極的過ぎんだろ!!
積極的すぎる行動にオレの完全に固まってしまった。
その上、動かないことをいいことにオレの背後にいる女の子はオレの上着に手をかけてきた。
「ほら、リラックスしてください…」
色っぽい言葉遣い。
ああ、このままでもいいかも……
ってダメダメ!
でも、ここで逃げると怪しまれる可能性が。
ど、どうすれば……!
頭の中で必死に逃げ出す理由を考えている間にもオレの上着はゆっくりと、めくれ上がっていく。
こ、このままではやばい……!
半ば諦めかけていたその時。
オレは閃いた。
だが、この言葉を言うには非常に勇気がいる。
そして同時に大切な何かを確実に失う。
今まで女装してきたことによって色んな何かを失ってきたが、それとは比べものにならない気がする。
だが…それでも言わなければこの場から逃れる術はない!
くっ!
オトコなら覚悟を決めるしかない!
言え、言うんだ!
オレはグッと拳を握った。
「だ、ダメなの……あ、アタシ……」
恐る恐る口を開く。
そして。
「あ、あの、あの、あの日だからぁ!!!」
オレの絶叫が更衣室に響き渡る。
オレの言葉を聞いた彼女達はポカンと口を開けたまま、固まっていた。
もちろん、上着を脱がそうとしていた手も止まっている。
ハハハ、言った、言ってやったぞ……
女性特有のあの日。
まさか、それを言い訳に使う日がくるとは。
恥ずかしいなんてもんじゃない。
できることなら、今すぐこの場から消えてしまいたい!!
くうぅぅオレはオトコなのにオトコなのにぃ……
泣けてくる……
「すいません、お姉様があの日だとは知らずに……」
「あの日だと、お風呂は辛いですよね……」
オレの魂の叫び(大袈裟)に2人は申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「いやいや、わかってくれればそれでいいからさ!」
なんだかイケナイことをしてる気持ちになって慌てて取り繕う。
むしろ、ごめんなさい!!
あの日の辛さなんて一切わかってないのに……!
でも、こうするしかなかったの。
なんとか難を逃れたオレはすぐさま、その場を去り、寮にある部屋へと戻った。
彼女達が「お風呂に入りにきたわけではないのなら何故、ここにいるの?」という疑問を持つ前に逃げ出せてよかった。
しかし、あの時の自分の素早さは自分で褒めてやりたいくらいだ。
「ははは……」
自虐的な笑みを浮かべつつ、ソファにドカッと座る。
あ~なんか疲れた……
結局、学校の魅力は発見できず。
お嬢様の魅力なら嫌というほど、感じたけど。
妙な寒気を感じながら、テーブルに置いてある時計をチラっと見る。
PM0:02
ちょうどお昼か。
よし、美味しいものでも食べて気分、変えよう。
そう思いたち、ソファから立ち上がり、食堂へと向かった。
シェフが作ってくれたとても美味しい昼食によって栄気を養ったオレは午後から取材を開始した。
1年生のクラスは午後から花道の授業ということだったので、それを取材することにした。
先生のお手本を参考にしながら、生徒達は生け花を造っていく。
デジカメを使うとシャッター音で気が散ってしまうので、オレはその光景を伝えるため、リーフ紙にペンを走らせていた。
すると。
ブーブーブー。
ん?
胸ポケットに入れていた携帯のバイブが鳴った。
連続してバイブが続いているので、恐らく電話だ。
オレはペンを走らせるのをやめて、教室を出てから携帯を取る。
着信相手は課長だった。
そして時刻は過ぎ、PM3:14。
オレは大きなバッグを肩にかけ、自宅までの道のりを歩いていた。
突然ではあるが急遽、取材は打ち切りという形になった。
課長から掛かってきた電話によると、オレが不在だったことにより、会社の設備の不具合や、備品の発注ミスが多発しているらしく、加えて大口の取引先との契約が決まったことで、このままでは会社の経営そのものにも打撃を与えかねないと判断したらしく、止むを得ず、オレを呼び戻すことになったのだ。
とはいえ、パンフレットを作るくらいの資料は取り揃えてあったので、オレは部屋の荷物をまとめると、学校を出た。
面倒ではあるが、一度家に帰ってから今度は会社に行かなければいけない。
課長の慌て具合からして相当な仕事が溜まってるんだろうな。と、想像がついてしまい、思わず苦笑してしまう。
こうしてオレのお嬢様学校での生活は終わった。
そのころ、学校では。
「これが、お姉様と夜を共にしたベッド…」
「こちらにはお姉様が口を付けたカップがありますわ。洗い残したのか、うっすらと口紅の後まで付いて」
「顔を拭いたと思われる、タオルも……」
「「ハァハァハァ……まさに桃源郷ですわ……!」」
お姉様が帰った後に部屋に忍び込み、何やら怪しげな笑みを浮かべる2人組がいた。
「ん?」
今、背筋がゾクリとしたような……
日も落ちてきてし、寒くなってきたのかな。
早く家に帰ってあったかい格好に着替えよう。