間違いだらけ。その2
「きゃ~!!!」
茶道室へ戻ってきたオレを見た瞬間、生徒達が好奇の悲鳴をあげる。
授業を体験すればいいと思っていたオレだが、先生がどうせなら着物を着てみてはどうかと提案してきたのだ。
オトコが着物なんて冗談じゃないと全力で拒否したのだが、ズルズルと無理矢理手を引かれ、更衣室へと連れていかれた。
その上、そこまで言うなら拒否する理由を教えてほしいと言われてしまい、「オトコだから……」と言うわけにもいかず、結局着るハメになってしまった。
ちなみに着物を着る時は、和服用の下着を身につけるらしく、一度裸になる必要があるため、そのおかげで着替えを見られることはなかった。
しかし……
うう……オトコが着物なんて……
グスン……アタシはもう戻れないところまで来てしまったのね……
心の中でシクシクと泣きながら授業は始まっていった。
生徒達に混じり、正座をして授業を受ける。
皆がシャカシャカと心地よい音を立てながらお茶を点てていく。
一方、オレは先生のアドバイスに従って手を動かしていく。
お茶を点てるのって結構大変なんだな……
紅茶と同じで作法の仕方、一つ一つで味が変わる。
実際、オレが点てたのと先生が点てたのを飲み比べたが、明らかに味が違っていた。
うう……
お茶の一つ、まともに点れることができないようではお嫁になんていけませんわ……
でもアタシ、頑張る!!
拳をグッと握る。
って違う違う!!
オレ、お嬢様じゃない!
そして何回も言うけどオレ、女性ですらない!
どうやらお嬢様達の空気に当てられて最近、頭が良くバーストしてしまう。
オレはオトコ。
オンナじゃない。オーケー?
心の中で今一度、再確認し、再び授業に臨む。
それにしても、茶道の仕方を教わるなんて中々ない体験だ。
ここで開き直って逃げ出すのも癪なので、せっかくだし、この時間中にまともなのが点てられるように頑張ろう。
そして40分後。
なんとか授業が終了した。
皆は着物から制服に着替えるため、茶道室から出ていく。
かくいうオレも同じように茶道室から出て私服に着替えるため、一目散に寮の部屋へと向かった。
生徒達から「一緒に着替えましょうよ~」とお願いされたが、さすがにそれは無理だった。
だって今、和服用の下着付けてるんだぞ?!
借り物だから付けっ放しってわけにもいかないし、ブラ外したら胸がないことバレるし……
それにしても時間ギリギリまでお茶は点てたが、結局納得のいくものは出来上がらなかった。
記念ってことで先生から茶道用具一式もらったし、今度やってみようかな……
それから、寮の部屋で私服に着替えてから、借りてた和服用下着を返してから再び取材へ。
といっても校舎から部屋への往復で少しばかり時間が経っており、時間的に授業は、まもなく半分は過ぎるという頃だった。
今更って気がするし、どうしようかな……
ちょうど校舎と寮への架け橋となる廊下でこれからどうするか迷っていると、どこかからか甘い匂いが漂ってきた。
ん……?
なんかめちゃくちゃ良い匂いが……
鼻をスンスンと啜り、嗅覚を頼りにして匂いのする場所を探っていく。
そして歩くこと数分後。
匂いを頼りにやってきたのは食堂だった。
腕時計を見てみるとちょうど午後のティータイムの時間だった。
そこではなんと、学校お抱えのシェフがケーキを作っていたのだ。
一つ一つ丁寧にお皿に盛られたケーキはそこいらのスーパーで買えるような安物ではない見栄えだった。
うわぁ!!めちゃくちゃ美味しそう……
ケーキを見た瞬間、オレの胃袋はたちまち空腹を訴えてきた。
でも、これ、食べていいのかな……?
誰かに頼まれて作ったとか昼食や夕食の料理と違って生徒達だけのものとかかも……
むぅぅ…
悩みつつ、オレは恐る恐るシェフにケーキを食べていいのか聞いてみた。
すると、学校の関係者ならどなたでも食べていいと言ってくれたので、オレは喜んでケーキをトレーに載せて寮の部屋へ戻っていった。
そして部屋についてからテーブルにゆっくりトレーを下ろす。
おっと、飲み物、飲み物。
キッチンへ向かい、オレはいつもと同じ要領で紅茶を淹れていく。
ちなみにオレが選んだのはショートケーキ。
王道中の王道。
シンプルだからこそ、味がよくわかるというものだ。
紅茶をテーブルに置いてから、イスに座り、ケーキをフォークで一口大に切り、口に運ぶ。
ん!!
このシフォン、フワフワだ……
口に入れた瞬間、溶けるように消えていく。
生クリームも軽くてとてもあっさりしている。
それにイチゴも新鮮でとても甘酸っぱい。
なんていうか…優しい味って感じかな…
とにかくものすごく食べやすい。
寮の部屋ということで人目もなく、オレはあっという間にケーキを平らげていった。
紅茶をズズッとすすり、一息つく。
あぁ~……美味しかった。
他のケーキも取っておけばよかったなぁ。
もし、明日も食べれたらその時は持てる分だけ、ケーキ取っておこう。
そんなことを考えながらイスに座っていると、程よい感じで胃が刺激されたのか、オレの意識はゆっくりと夢の中へと落ちていった。
「ん、んん……」
ゆっくりと瞼を開ける。
つい先ほどまでは照明がなくても明るかったのに今は廊下から漏れる明かりがドアの隙間から足元を照らす程度だった。
いつの間にか眠ってたみたいだな。
瞼をゴシゴシ擦りながら電気のスイッチを入れる。
部屋が明るくなってからテーブルに置いてある時計を見る。
どうやら2時間程度眠っていたらしい。
少し経ってようやく意識がはっきりしてきた時、廊下が騒がしいことに気づいた。
どうやらちょうど夕食の時間らしい。
起きたばっかで食欲ないんだよなぁ。
部屋でゆっくりしてようかな。
そう思い、再びイスに座ろうとしたとき、テーブルの上のあるものに目が止まった。
あ、しまった。食器返すの忘れてた。
オレは一目散に食堂へ向かい、食器を返しに行った。
幸い、特に言われることもなく、その場から立ち去ることができた。
ふぅー、よかった。
さて、部屋に戻ってゆっくり……
と、部屋に戻ろうと踵を返した時、今朝の出来事を思い出した。
あ、そういえば口紅切れてたじゃん。
ちょうど良い。時間のあるうちに買いに行っちゃおう。
考えをまとめるとオレは部屋に戻って支度を始めた。
学校から10分ほど歩いたところにスーパーがあったのでそこで普段使ってる口紅を買った。
しかし…都会だと忘れるくらい、スーパーまでの道のり、誰ともすれ違わなかった。
なんか平和だ……
そんなことを思いながら学校まで戻った。
何事もなく、学校までたどり着き、門にあるカードリーダーにICカードを通し、中へと入る。
そして、そのまま寮に戻ろうと道を歩いていると遠くの方に人影が見えた。
外灯もない真っ暗な中で月明かりの光のみが人影を照らしている。
制服のブラウスとスカートが見えた。
ということは生徒だ。
しかも2人いる。
こんな時間に何してるんだろ?
校則では20時以降の外出は原則禁じられている。
無論、寮から出るのも。
仮に外出許可をもらっていたとしても、保護者あるいは教員の誰かが一緒に付いていなければいけない。
お嬢様がむやみに校則を破るとは思えない…
何をしてるのか気になったオレは足音を潜めてゆっくりと彼女達の近くまで寄っていった。
運良く、花壇が近くにあったので花壇に植えられている草花を盾にして潜む。
2人は向かい合って話をしている。
「手紙をくれたのはあなたですか?」
オレから見て右側の女の子が口を開く。
「はい。読んで下さいましたか?」
反対側の女の子が返事をする。
手紙……?
「ええ、読みました……」
手紙をもらった女の子は少し困った口調で答えたように見えた。
「実は私、1年の頃からずっとお姉様を見ていて……だから…私の……私だけのお姉様になってほしいんです!」
はっきりとした口調でそう告げる。
お、お姉様!?
しかも、私だけのってことはその、あの、つまり……!!
オレは咄嗟に花壇の下に顔を隠した。
話を聞いているだけなのに自分の顔が真っ赤になっていくのが分かる。
そ、そうだ。か、肝心の彼女達はどうなって……
!!!!
少しばかり顔の熱が冷めたのを確認し、花壇の下からゆっくりと顔を出したオレだったが、再びその顔を真っ赤にさせることとなった。
あ、あ、あ……
2人の影が重なっている……
あまりの衝撃に腰を抜かしてしまったオレはその場にペタリと座り込んだ。
そして肝心の2人はというと手を握り、さらに指をクロス、いわゆる手を恋人繋ぎさせながら、仲睦まじく、寮の中へと入っていった。
と、図書館にそういった類の本があったからもしかしてとは思ってたけど……
まさか、こんなところで見てしまうなんて…
結局、その場から離れられたのは15分も後のことであり、部屋に帰ってもとても寝られる状態ではなかった。
ベッドに入るも寝られず、いつのまにかチュンチュンと窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。
オレはその音に促され、カーテンを開けた。
「う、うう……」
目がぁ……霞む……
時計を見ると今は朝の6時20分だった。
昨晩の出来事のおかげでベッドに入っても全く寝られなかったオレはそのまま朝まで完徹するハメになった。
目を閉じる度にあの時の光景が蘇る。
成人男性なんだからキスの一つくらいで何を…と思うかもしれないが、男女がキスしているのとはわけが違う。
実際見てみないとその破壊力はわからない…
くうう……これから取材とはキツイな……
ここは一つ、お風呂に入って気分を変えよう。
フラフラとした足取りでバスタオルを引っ張り出したオレはお風呂場まで向かった。
そして30分後。
なんてことだ……!あったかいお風呂に入ってしまったせいで眠気が一気に襲ってきた!!
あと2時間ほどで学校が始まってしまうというのに。
ううう……
眠気を必死に抑えながらなんとか服を着ていく。
!!
と、ブラウスの袖に手を通したところで頭の上に電球が灯る。
そうだ…!
確かこの前見たテレビで浅い眠りでも充分に眠気が取れるとかいっていたな。
よし…このまま取材するのはキツすぎるし、1時間くらい寝ればなんとかなるだろ。
オレは目覚まし時計が1時間後に鳴るように設定するとすぐさまベッドに潜り込んだ。
「う、んんん……」
ベッドの中で目を覚ます。
なんかよく寝た気分。
ググッと大きく伸びをする。
目覚まし、まだ鳴ってないよな?
それにしても先ほどとは、段違いに眠気が取れている。
短時間での睡眠は本当だったんだな。
そんなことを思いながら時計に手を伸ばす。
いま、何時だろ?
そこに表示されていた時間は。
AM10:45
え?
あれ、オレまだ寝ぼけてるのかな。
ダメだなぁ。しっかりしないと。
目をゴシゴシ擦り、もう一度時計に表示されている時間を見てみる。
AM10:46
時間が進んでいる……ということは……
現実だったー!!!
オレは頭を抱えてその場にうずくまってしまう。
なんてこった……うっかり4時間近くも眠ってしまったのか…
急いで身支度を整え、部屋から出るがもちろん生徒達は授業中。
寮には誰もいない。
さて、どうしようか……
もちろん、取材に行くべきなんだろうけど、なんか中途半端な気がする。
それにいつもと変わらない平穏な授業風景なら既に資料は撮り終わっている。
オレがいま、取材すべきなのはこの学校にしかない魅力。
魅力……魅力……
ウーンと頭を捻って考える。
あ。そういえば、寮の中って食堂と自分の部屋以外、案内されてなかったな。
もしかしたら何か発見があるかもしれないし、歩いてみよう。
と、いうわけでオレは寮内を回ってみることにした。




