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間違いだらけ

ピピッ!ピピッ!ピピッ!


用意していた目覚まし時計のアラームがベッドの横で鳴る。アラームは朝の7時20分に鳴るようにセットしておいた。


「う、うう~ん……」


寝ぼけ眼を擦りながら目覚まし時計のベルを押し、アラームを停止させる。


「ふわぁぁぁぁ……」


上半身を起こすと同時に大きなあくびが出る。


あー、めちゃくちゃよく寝た気がする。

やっぱベッドが違うと眠りも深くなるのかな。

ぼんやりとそんなことを考えながら、オレはベッドから降りると洗面所へ行き、顔をバシャバシャ洗う。


あー、もう冬だからやっぱお湯はあったかいなぁ……

顔を洗いつつ、そんなことを考える。

さて、顔を綺麗に洗った後は化粧だ。


化粧にも随分慣れたもんだな……

もはや、することが当たり前になっているし。

特技、化粧って履歴書に書けそうだな。

そんなことを書いたらオトコとして終わってるけど……

いや、女装した時点で終わってるのかも……


ダメだ。考えれば考えるほど、闇に取り込まれそうになる……

とかなんとかバカなことを考えながらも、きちんと手だけは動かしていく。


そして15分後。


「よし、メイク完了!」


そして最後にウィッグを被れば。


「うん!完璧!!」


鏡の前で声を上げる。

おっと、いけない。これを忘れるとこだった。

オレはポーチから口紅を取り出した。

が、肝心の口紅はほとんど空になっていた。

そういえば昨日、寮に戻る途中でどっかで買わなきゃって思ったまま、忘れてた。


まぁ、別に口紅塗らなくてもいいんだが、一応、来客人だしな。

身だしなみはキチッとしておきたい。

我ながら真面目に女装してるよ、トホホ……


しかし、どうする?

シスターからICカードはもらってるし、外に出ることは可能だ。

近所のスーパーでも見つけて買いに行くべきか。

頭の中で考えをまとめて、イスから立ち上がり、出かける用意をしようとした時、テーブルの上に小さな包みが置かれているのが見えた。


ん?なんだろ、これ?

昨日はドタバタしてたから気づかなかったみたいだ。

オレはそれを手に取り、包みを開くと、中にはいくつかの化粧品が入っていた。


化粧水に化粧落とし……

化粧落としって地味に重宝するからな。

女装を初めてから知ったことの一つだ。

あ、嬉しいことに口紅も入ってる!

よしよし、これで買いに行く手間が省けたぞ。


オレは上機嫌になりながら再び鏡の前に座り、口紅を塗る。

そして塗りながら、思う。

なんかオレが普段使ってるやつとは全然違う気が。

もしかして学校側が配給している化粧品なのだろうか。

それに高級品だからか、唇もいつもよりぷっくらしてて。

鏡の前の自分をじっくり眺めて見る。


新品で値段もそこそこした使い勝手の良いヘアアイロンのおかげで髪の毛もサラサラ。

おまけにメイド時代にもらった高級品化粧水&乳液で肌もツルツル。

ダメ押しに恐らく高級であろう口紅が。

あー、ダメだ……

じーっと見てると自分のことが段々、可愛く見えてきた……

唇にそっと手を当てる。


うわっ……

質感が自分のじゃないみたいだ……

指でゆっくりと撫でる。

これでキスしたら気持ち良いのかな……

ついそんなことを思ってしまう。

少し経ってから唇からゆっくり指を離し、そこで深呼吸。


最高に気持ち悪いな、オレ!!!!


現実に戻るため、壁にドンと頭を打ちつける。

なにが気持ち良さそうだよ!!

っていうかこの唇のぷっくら加減…もしかしなくてもあの時の口紅だよな!?


まさかこんなとこで再び使うなんて……

パッケージが違うから気づかなかった……

2度と使わないと決めてたのに……

ああ、最悪だ……


それからAM8:10

身支度を整えたオレは食堂の入り口付近までやってきた。

とりあえず口元は念入りに拭いたあと、色付きリップで誤魔化した。

そして、さっきの出来事は速やかに脳内から消去しておいた。

さすがにこの時間になると朝食を終えた生徒がほとんどらしく、食堂の席はほとんどが空いていた。

ただ、始業のベルが鳴る時間ギリギリまでお喋りを楽しんでる生徒もいるようでオレの姿を見た途端、一気に色めき立った。


う……

この中で食べるのは少し辛いな……

でも、話しかけてくる子は全くいないんだよな。

遠くから見つめるだけの憧れの先輩って感じなのかも。

ただ、こうしている間にも好奇の視線がザクザク当たってくる……


オレは近くにいたシェフに料理を別の場所に持って行って食べていいかどうか尋ねると食器だけ返してくれれば良いと返事してくれたので、トレーに適当な料理を載せると早足で食堂から出ていった。

オレが食堂から出ていった瞬間、食堂の中の空気が少し沈んだ気がした。

そして、寮にある自分の部屋へ戻ってきたオレはテーブルにトレーを置くと早速、料理を食べることにした。


「いただきます」


手を合わせて感謝を捧げる。

朝食は至ってシンプルなものだった。

クロワッサンにベーコンエッグとスクランブルエッグ、サラダとコーンスープだ。

オレはフォークを手に取り、トマトを口に運んだ。


「ん……んん!?」


思わず声が漏れてしまう。

な、なんだこのトマト!?

ものすごくみずみずしい!!


しかもめちゃくちゃ甘い!

やっぱり見た目は普通でも食材は最高級ってことなのか。

その後、立て続けに料理を口に運んだが、どれも絶品だった。

いや~朝からこんな美味しいものが食べれるなんて、ほんとお嬢様、最高。

と、お腹が膨れ、満足してきたところで喉が渇いてきた。


何か飲み物あったかな。

オレはイスから立ち上がると冷蔵庫の中をチェックした。


「………」


ものの見事に空だった。

ってよくよく考えれば当たり前だよな。

冷蔵庫があるだけでもありがたいのに、中まで満たしてくれてるなんてムシの良い考えだ。

しかし、どうしよう。


少しの間、思い悩む。

食堂まで戻って食器を返しがてら、飲み物もらってくるのがベストかな。

冷蔵庫の扉を閉めて踵を返したところでキッチンに置いてあったあるものがオレの目に止まった。


ん?あれは……

オレはキッチンまで進み、容器に入ったそれを手に取る。

これ、茶葉だ。

入れ物からするに紅茶の類だろうか。

左手で容器を抑え、右手でそのフタをパカッと開ける。

その瞬間。


「おお、香りだかい」


なんとも良い香りがオレの鼻を刺激した。

食器棚を探ると、ポッドとティーカップが入っていた。

やっぱり淑女は紅茶ってことか。

これだけ揃ってるってことは備え付けみたいだな。


でも、ちょうどよかった。

オレはこれまた部屋に置いてあった給湯器に水を入れ、沸かす。

水はものの数分でお湯に変わり、それをポッドに注ぐ。

ちなみに紅茶の入れ方は、温めたお湯をポッドにいれ、それを一度捨てる。

その後、再びお湯を入れてティースプーンで人数+1の茶葉をすくい、ポッドに入れる。

茶葉にもよるがだいたい3分ほど蒸らす。

蒸らしたあと、それをティーカップに注げば美味しい紅茶の完成。

メイド時代に教えてもらったのだが、それが役に立った。


オトコの時にうっかりこの知識を披露してしまったらどう言い訳しよう……

どこぞのシェフやコックなら知識の一つとして知っていてもおかしくないが。

なんだか、悩みのタネが増えた気がする。


オレはテーブルまで進み、ティーカップをテーブルに置き、音を立てずにゆっくりとポッドを傾け、紅茶を注いでいき、カップが満杯になる少し手前で注ぐのをやめ、ポッドをテーブルに置くとソファに座り、紅茶を口に含んだ。


ん!

スッキリしてて飲みやすい!

そして美味しい。

お嬢様はこんなものを毎日、湯水の如く飲めるのか。

羨ましいぞ……


メイド時代にそこそこ値の張る紅茶を何回か飲ませてもらったが、それ以上な気がする。

それから、紅茶を思う存分堪能したオレは、食器を食堂に返したあと、校舎へと向かった。

今日は昨日と同じように授業風景の取材と放課後は部活動の取材を行うことにした。

午前中の授業はこれまた昨日同様、穏やかに過ぎていった。


そして昼食を終え、午後の授業風景取材のため、寮から校舎へ戻る途中、着物姿の生徒を何人も見た。

人数的に1クラス分はいる。

皆は2列になって廊下を進んでいく。

着物着てどこにいくんだろ?

オレはすっかり興味津々になり、その後ろをついていった。

すると、皆が向かっていたのは茶道室。


話を聞くと、これからお作法の授業が行われるらしい。

やはり、淑女になるには礼儀作法を身につけるのは当たり前なんだろうか。

シスターからちょっと話しを聞いたが卒業後にすぐに結婚する子も少なくないそうだ。


そしてその相手は政治家や財界の人間の御曹司、つまり上流階級の人間。

まだ遊びたい年頃のはずなのに、親の都合で結婚するなんて本人達はおかしいと思わないのだろうか。

茶道室の後ろに佇みながら、そんなことを頭の中で考えていると、先生(もちろん女性だ)がオレの方をジッと見てきた。


そして。


「せっかくなので河野さんも授業を体験していかれませんか?」


と、声をかけてきた。


「へ?」


想像もしてなかった言葉に思わず、素っ頓狂な声を出してしまう。

授業体験っていったってオレ、茶道の礼儀作法なんて全く知らないぞ?

その前に女性ですらないし……


「あ、あのぉ~、せっかくのご好意を断るようで悪いんですけど、アタシ、そういうことには疎いので遠慮させていただきます……」


と、目線を少し下げなからモジモジしながら断ってみる。

が。


「心配しなくても大丈夫よ。私がサポートしますので」


何の悪意もなく、ニコッと笑う先生。


うう……

そんな素敵な笑顔見せられたらこれ以上、断るのは申し訳ない気になるじゃないか……

くうう、仕方ない。やるしかないか……

だが、数分後、この決断が間違いだったと後悔するハメになるとは、この時はまだ知らなかった。

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