新たなる間違い
会社が元通りになってから早一週間。
社内では業績を元に戻そうと皆が必死に業務をこなしていた。
かくいうオレも例外ではなく、いつもは午前中だけだった会議が午後にも行われることになり、更にそれが連日。
その上、こなすべき仕事が毎日山のようにあり、毎日ドタバタしながら時間だけがあっという間に過ぎていった。
そんなある日、オレは部長に呼び出され、そこで1つ相談をされた。
なんでも、部長の母校はお嬢様学校らしいのだが、その学校が最近の少子化により、経営が悪化しつつあるらしい。
学校に通っている子供の親が莫大なスポンサーであるため、いつもなら多少、入学希望者が少なくても大したことはないそうなのだが、今の3年生の人数が150人程度に対し、新一年生が現在、70人程度しか入ってこないそうだ。
そこで入学希望者を増やす方法の一つして、学校の良さや魅力を書いたパンフレットを作ってほしいとのことだった。
パンフレットということはある程度の情報や資料が必要である。
そのためには取材も必要になる。
取材とはいえ、お嬢様学校にサラリーマンを行かせるわけにはいかないので、部内で唯一の(見た目は)女性であるオレに頼んできたわけである。
正直、断れるのならそうしたかったが、変に断ると逆に怪しまれる。
取材の期間は1週間とのことだったので、それならなんとかなるかなと思い、オレは首を縦に振るのだった。
そして翌日の早朝。
オレは目的の建造物を前に立っていた。
煉瓦造りの壁に何かの模様のようなものが書かれたゴージャスな門。
門を超えるとすぐ近くにある花壇には手入れの行き届いた草木が。
更に敷地の奥の方には教会のような建物まで見えている。
なんか今まで見てきた学校に比べて、全てが別格だ……
って呑気に感想をもらしてる場合じゃない。
理事長との打ち合わせや、着任の挨拶もしなきゃいけないから早く中に入らないと。
そう思い、門に手をかけ、力を込める。が。
あれ?
開かない??
何度もガチャガチャと門を揺するがビクともしない。
え?まさかの入れない……?
辺りをキョロキョロ見回すが、インターホンなんてあるわけないし、当然、敷地内には誰の姿も見えない。
まずい……
このままでは、遅刻してしまう……
こんなことならちゃんと入り方聞いとけばよかった。
仕方ない。
おそらく、まだ寝ていると思うが、部長には悪いけど電話するしかないか。
カバンから携帯を取り出し、電話をかけようとした時、誰かの足音が聞こえてきた。
咄嗟に前を向くと、そこにはシスターが立っていた。
「し、シスター?!」
思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
なんと目の前にいるのはシスターではないか。しかも、髪の色や顔立ちを見るにおそらく外国人。
初めて見た……
ま、教会があるような学校だから当たり前っちゃ当たり前なのかも。
「何か御用でしょうか…?」
シスターは物腰の柔らかい口調でそう訪ねてきた。
日本語喋れるのか、流石だな。
「あ、実はアタシ、こういうもので…」
オレはカバンに入っていた名刺入れから名刺(取材のため、特別に作ってもらった)を出した。
オレの差し出した名刺をスッと受け取るシスター。
なんか受け取り方にまで上品さが……
名刺に書かれている文字を見た途端、シスターの顔が少しだけ緩んだ。
「取材の方だったのですね。話は理事長から伺っております。ただいま、門を開けますのでお待ちください」
そう言うと門の内側にあるパネルキーで番号を打つ。
番号を打ち終わった瞬間、門が開き出した。
古典的に見える門なんだけど、実際は意外と近代的なんだな…
門が開き終わるの待ってからオレは中へ入った。
すると、中へ入った途端、シスターはオレのことをジッと見つめてきた。
「あの、なにか……?」
「いえ……」
口ではなんでもないと答えるシスターだが、明らかにオレを怪しんでいた。
なんだ?中へ入った途端に……
はっ!まさか、ウィッグがズレてるとか?!
いや、そんなはずはない。
今日は家を出る前に鏡の前で念入りにチェックしたんだ。
なら、胸パッドのほうか?!
最近、新しいの買ってないからまさかどこかに不具合が?!
それとも、パンツルックがいけなかったのか!?
恥ずかしい気持ちを堪えてでもスカートにした方が女性っぽかったのか!?
まずい。
考えれば考えるほどおかしな所があるような気がしてくる。
まるで判決を待つ被告人の気持ちになりながらオレはうつむきながら時が過ぎるのを待っていた。
少し経ってからやがてシスターが口を開いた。
「可愛らしいお嬢さんですね」
少しだけ頬を紅く染めながら。
グサッ。
その言葉は正確にオレの心を刺し貫いた。
はは……
心のどこかで期待してたよ……
女装がバレるんじゃないかって。
自分では気付かないうちに少しでも男らしくなってたんじゃないかって…
だから怪しまれたんじゃないかって。
でも、それとは真逆ってことか。
冷静に考えてれば当たり前だよな。
毎日毎日、女装しかしてないんだから。
いや、バレちゃいけないんだけどさ、でもなんかさ……
変に期待してた分、悲しい……
しかも、お嬢さんって……
うわーん!!泣ける……!
オレの可愛さは万国共通ってことか。
いっそ、開き直って喜んでやる!!
心の中でやけくそになりながらシスターの後に続き、トボトボと学校へ入っていくのだった。
それから歩くこと数分。
理事長室に到着。
中にいた理事長とこの先、一週間の流れについて軽く打ち合わせをした後、全校集会のため、教会へ移動。
教会に入るのは2回目だな。
学校用に作られているにも関わらず、デカイ。
いつかオレもこんな場所で結婚するんだろうか。
ウェディングドレスを着て。
ああ、一度着た経験があるからその姿が容易に想像できる。
あの時のことを思い出すと……
~~!!
だめだ!思い出すな、オレ!!
オレが着るのはタキシード……のはず!
クソ……
何回考えてみてもタキシードを着てるオレが想像できない……
やがて時間になり、全校集会の場でこれから一週間、取材をすることを伝えるため、生徒達に挨拶。
挨拶の時に、ぱっと見ただけだったけど上品そうな女の子ばっかりだったな。
しかも、女の子しかいないせいか甘い香りが教会中にずっと漂っている。
オレも香水は使うけど、あんな香りはしないし。
やっぱり元が違うせいなんだろうか。
なんてことを考えているといつの間にか全校集会は終了。
オレは再びシスターに連れられて校舎へと向かった。
午前中は敷地内の案内をしてもらうことになっている。
校舎に関しては普通の学校とはあまり大差なかった。
ただ、図書室がものすごい広かった。
しかも、置いてある本はどれも見たことないようなものばっかりで。
ただ、中には女の子同士の愛について書かれた本も少なからずあった。
やっぱり女の園では、そういうこともあるんだろうか……
あるんだろうな……
勘違いしないでよ!?
べ、別に読みたいなんて思ってないんだからね!!
それから校舎内の案内が終わると次は庭園に案内された。
庭園なんてあるんだな。
さすがお嬢様校。
ここでは栽培された花や植物を、許可させ取れば誰でも自由に取って良いらしく、寮にある自分の部屋に飾る子もいるそうだ。
園内を周りながらシスターに花の名前やどこの出身かとか色々聞かされたけど、一つも覚えられなかった。
というかよくあんなにスラスラ出てくるな。
淑女、恐るべし。
庭園を出たあとは建物以外の案内をされた。
立派な噴水があったり、小規模な森があったり。
案内されればされるほど、オレには不釣り合いな場所に思えてきた。
しかも、至る所にガードマン的な人がいたりして。
まるで映画の世界かのようだった。
アタシは上流階級に迷い込んでしまった下界の貧しい庶民。
でも、必ずここで愛しの王子様を見つけてみせるわ!
って何をバカな想像してるんだ、オレは!!
だいたい、見つけるとしたらお姫様だろ!?
でも、その前に女装してるオトコに恋人なんて……
ってだめだ!そのことは考えるな!!虚しくなるだけだ!!
それより1人で何やってんだ、オレは……
まもなく午後に切り替わる時間となったころ、オレは昼食を取るため、シスターに連れられ、寮内にある食堂に向かった。
校舎から寮までは5分程度で戻ることができる。
食堂には既に生徒の半分程度が居たにも関わらず、席は1/3ほどしか埋まっていなかった。
どうやら、寮の部屋にはキッチンが備え付けてあるらしく、自炊してくる生徒もいるそうだ。
シスターは用があるということなので、オレは1人で昼食を食べることにした。
昼食は日替わりらしく、今日は『スパゲッティー 牛の丸腸とラディッキオのアラビアータソース』だった。
初めて聞いたぞ、パスタでこんなに長い名前。
見た目もなんかすごい綺麗だし……
食堂にいる専属のシェフ(!)から料理を受け取り、席に座ると早速パスタを口に運んだ。
!!!
う、美味い!!
どう美味いのかと聞かれると表現に困るし、自分のボキャブラリーの少なさにガッカリだが、とにかく美味い!
バクバクとオレが夢中になって食事をしていると。
(ちょっと、あれ……)
(すごい勢いで食べてるけど……)
そのざわめきに気づき、我に返る。
あ、やば……
美味さの余り、ここがどこなのかうっかり忘れてた。
さすがにこんな食べ方したらお嬢様方は引くよな。
食べ方がオトコ丸出しだった……
しまった、午後から取材なのに自分でやりにくくしてしまった。
さっきまであんなに美味かったパスタが今はもう何の味もしない。
オレが俯きながらフォークをテーブルの上にそっと置くと、左側の3つ隣の席に誰かが座った。
オレがそちらのほう向くと。
「……!」
慌てて目線を逸らされた。
ああ、これは決まりだ……
やってしまった。
だが、少し経ってから隣の子が声をかけてきた。
「あ、あの……」
ん?
オレは虚ろな目でそちらを向く。
「ソース、付いてますよ?」
彼女は自身の左頬を指差した。
あ、いけね。放心状態になってたからうっかりしてた…
オレは近くにあったナフキンを手に取ると左頬を拭いた。
だが、まだ完全には拭けなかったらしく、彼女はオレに近寄ってきた。
「まだ少し残ってますよ。拭きますのでじっとしてて下さいね……」
言いながらオレに密着してくる。
!!
うわ、なんか嗅いだことのないような良い香りが……
なんだか頭、クラクラしそう
半ば夢心地になっていると。
「「あーーーー!!!」」
周りから大絶叫が聞こえてきた。




