間違いの延長
メイド喫茶での勤務を始めてから早二ヶ月が過ぎた。
一週間くらい前からようやくお店も元の忙しさに戻ってきた。
そんなときに店長にオフィスへ呼び出された。
なんか嫌な予感が……
取材を受けた時の記憶がよみがえる。
その予感は外れてくれるといいんだが。
祈る思いでオフィスへとやってくる。
そこでオレが店長から聞かされた話は、予想を遥か斜め行くものだった。
2日後。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
ビシッと決めたスーツに白手袋をはめて、礼儀正しくお辞儀する。
(この人って、あの雑誌に載ってたメイドさんじゃない……?!)
(本当に!?まさかこんなとこで会えるなんて……!それにしてもタキシードも似合ってるわぁ~…)
そりゃ、オトコですから、似合わない方がおかしいよ……
と、心の中でつっこむ。
いや、女装してる上に男装してるからタキシードが似合ってるってことなのか?
それってつまり、どういうことだ……??
頭を悩ませつつ、注文を取り、裏に下がる。
「いやー、ほんとにありがとね!智花ちゃん、来てくれたおかげで売上も伸びてるよ!」
裏に下がった瞬間、まだ30代半ばくらいの男性の店長からお礼の言葉を言われる。
「あ、いえいえ、お役に立てて良かったです」
しかし、まさか執事喫茶で働くことになるとはね。
そう、2日前に店長から聞かされた話は執事喫茶にhelpでいってくれないかという相談だった。
なんでもオタクの街にあるいくつかのメイド喫茶や執事喫茶は一つのグループ運営らしく、店長の店長仲間から最近売上が悪く、悩んでいると相談されたらしい。
そこで一躍有名人になったオレにそこで働いてもらえば良い宣伝になるのではと持ちかけたらしい。
まぁそれは別にいいんだけどさ。
女装した上から男装するなんてなんなんだよ、これ……
もはや、自分で自分の性別がわからない……
泣けるぞ、これ……
心を激しく傷めながら、注文の料理を運ぶ。
しっかし……
料理を運び終え、店内をぐるっと見渡す。
ウチのメイド喫茶ほどではないけど、ここもそこそこ混んでるな。
オレが来た影響で繁盛しているならそれは嬉しいな。まぁ、格好はおいといて。
それにしても当たり前なのだが、執事喫茶なので従業員はもちろん、男性オンリー。
オレはあくまでhelp&特別扱いということで女性(見た目は)の執事ということになっている。
執事喫茶ということで来店するお客さんはほとんどが女性だ。
しかも…俗に言う腐女子という人が多いらしく、執事同士のカップルを頭の中で妄想として作り上げるらしい。恐るべし、腐女子。
ここで働いている執事さんはその餌食になっているかと思うと、思わず、同情してしまう。
そして、昼時の忙しい時間を終え、待ちに待った休憩時間。
制服から私服に着替え、財布を手に取ったところで、携帯のバイブがカバンの中で鳴り響いた。
ん、何だろ。
ごそごそと取り出し、ディスプレイを開く。
どうやら、メールが届いてたらしく、メールアイコンの上の方に1という数字が表示されていた。
誰からだろ?
アイコンを開き、宛先を確かめる。
げっ……
宛先を見た瞬間、思わず、顔をしかめてしまう。
メールを送ってきたのは母さんだった。
見なかったことにして無視しようかと思ったが、もしかしたら重要なメールかもしれないと思い、それを開く。
そこには。
「ともくん、今日は執事喫茶で働いてるんだって!?なんでいってくれなかったの?!母さん、今、お店探してるんだけど、中々見つからなくて、良かったら迎えに来てくれない?」
見なきゃよかった!!
っていうかどこでその情報仕入れたんだよ……!!
メイド姿に続き、こんなわけわからない姿を見られるなんて冗談じゃない!
無視だ、無視。無視しとこう。
オレは無言で携帯を閉じるとご飯を食べに外へ出ていった。
それから休憩も終わり、午後もだいぶ過ぎた頃。
店内もさほど混雑していなく、オレはホールでボーッとしながらグラスを拭いていた。
すると。
カランカラン。
店内へ入るドアが開いた。
「おかえりなさ……」
顔を上げ、そこまで言ったところでオレの全身が凍りついた。
なぜならお店に入ってきたのは。
か、か、母さん……
ついに見つけたのか!ここを……!
とっさに裏へ隠れようとしたが、時、既に遅し。
ツカツカとこっちにやってきて。
「もー!ともちゃん、なんで返事してくれなかったの!?お店探すのにすっごく苦労したんだから!」
「アハハ…ごめん、ごめん……」
会いたくなかったからだよ!なんて言えるはずもなく、とりあえず乾いた笑いを浮かべる。
「でも……」
じっとオレの執事姿を見てくる。
「うん!似合ってるね!!特に女装が……」
最後の方はオレにだけ、聞こえるようにワザとボソッと呟いた。
「……」
ああ、最悪だ……
ガックリと肩を落とし、うなだれる。
するとそんなオレ達のやりとりを見ていたのか、店長が裏から出てきた。
「仲良しですね。お二人はお知り合いなんですか?」
「ええ、ムスメ!がお世話になっております」
深々と店長に向かって頭を下げる。
ワザとムスメの部分だけ大きな声で言わなくて良いよ!!!全く!
「これはこれはお母様でしたか。失礼いたしました。どうぞ、ごゆっくりしていってください」
店長はそう言うと裏に下がっていった。
「じゃあ、智花ちゃん、お席に案内してくれる?」
「はい……」
言われるがままにオレは母さんを席へと案内した。
その後もことあるごとにオレを席へ呼び出し、その度にオレの写真をパシャパシャ撮っては、幸悦とした表情を漏らしていた。
拷問だよ、こんなの……
結局、母さんは3時間も店内にいた。
他の執事さんに会うたびにムスメがお世話になっております。なんて挨拶しやがって……
しかも、可愛いムスメさんですね。って言われるたびにこっちをチラチラ見やがって……!
なんて心の歪んだ母親なんだ!!
怒りを覚えつつ、無造作に制服をロッカーに入れるとオレはお店を出た。
それにしても明日も執事喫茶か……
慣れてないせいか、どうも疲れたな。今日は早く寝よう。
と、その時。
ブブブと携帯のバイブがカバンから鳴った。
まさか!!母さんが今日撮った写真を送りつけてきたのか!!?
怒りを覚えつつ、素早く携帯を取るとメールではなく、電話だった。
電話の相手は……課長?




