間違いの連鎖
「延長?!」
閉店後、店長に呼び止められたオレは大声を上げる。
「そう。もう智花ちゃんの人気、爆発しちゃってさ。グッズなんか今日一日で完売よ、完売」
オレと話している間も作業の手は止めず、パソコンで売上げを記録していく店長。
「ちなみに延長っていつまで……?」
恐る恐る聞いてみる。
「そうねぇ、とりあえず今週いっぱいは確実ね」
今週の出勤回数はあと3回。
つまり、今日みたいな忙しさがあと最低でも3回は続くのか……
オレはガックリと肩を落とした。
「うわっ!すごいわね。今日一日だけで1ヶ月分の売上げ取れちゃったわよ……」
パソコンに売上げを記録し終わった店長がそんなことをつぶやいた。
確かにすごいな、どうなってんだ。
おかしいぞ、色々と……
あ。
そういえば。
「アタシが出勤しない時はどうするんですか?」
「あ、そういえばそうね」
その時、店長はこっちを向いてニヤリと笑った。
あ、やべ……
マズイこと言っちゃったかも……
しかし、時すでに遅し。
結局、翌日から週末までの4日間、オレはメイド喫茶に働き詰めだった。
オレが働いているメイド喫茶は土日が定休日なのだが(何故、稼ぎ時に稼がないのだろうか)平日の1日だけオレがいないのは、来店してくれたお客さんに悪いということで、しばらく平日は働きづめになることになった。
あの時、オレが店長に余計なこと言わなければ勤務が増えることもなかったのに。
まぁ、今更後悔したところで仕方ない。
気持ちを切り替えて頑張るしかないか。
そして、翌週の月曜日。
「ふわーあ……」
大きなあくびを噛み殺し、道を歩く。
土日は結局、疲労により、寝てるだけの休日となった。
おかげで身体の疲労は取れたのだが、寝過ぎで眠気がずっと取れなくなってしまった。
仕事中にあくびなんて出来ないしな。オフィスに着いたらコーヒーでも飲もう。
眠気の抜けきっていない頭でそんなことを考えながら曲がり角を曲がると。
「おお……」
相変わらず今日もオープン前だと言うのに長蛇の列が。
並んでるお客さんに、見つからないようにコソコソと移動しながらなんとな裏口へたどり着く。
「ふぅー」
ドアノブに手をかけ、溜め息をひとつ吐いてから中へ。
今日も大変そうだな……
これからの事に少し頭を悩ませつつ、更衣室へと向かい、この前みたくならないように素早く、制服に着替える。
そして、着替え終わってからオフィスでコーヒーをすすっていると店長が。
「さぁー!今日も稼ぎまくるわよ!智花ちゃん、よろしくね!」
言いながらバァン!と勢いよく、背中を叩いてくる。
「は、はい……」
そのテンションの高さについていけず、生返事をする。
お店が繁盛するのはいいことだけど、変にプレッシャーかけられた気がする……
そしていよいよ開店の時間に。
お店のドアが開くと同時に瞬く間に店内は満席に。
たちまち、ドアは閉まり、プラカードを持ったメイドさんが待ち列の最後尾に立つ。
店内にいたオレはそのプラカードに書かれている待ち時間を見ようと首を伸ばした。
すると。
「「「きゃ~!!」」」
店内にも聞こえるくらいの歓声が。
「げっ!?」
思わず、その歓声にのけぞってしまう。
(今、こちらを見てくださったわ!!)
(早くお店にはいりたい~!)
なんて声が続々と聞こえてくる。
まるでアイドルのコンサートだな。
たった一つの仕草ですら、こんな歓声を受けるとは……
それから、あっという間にお昼になり、店内はますます混んできた。
午前中は飲み物を頼むお客さんがほとんどでホールはそこまで忙しくなかったのだが、お昼時になると腹ごしらえのため、軽食なども頼むお客さんがほとんどになってきた。
「あと2時間か……」
先週の経験で今の混みが緩やかになるのは、3時近くになることがわかった。
ここを乗り越えれば休憩もあるし、頑張ろう!
心の中で気合いを入れ直すとオレは注文の料理を運びながら店内へと出ていった。
午後2時25分。
待ち列も若干短くなり、店内も注文を受ける回数がほとんどなくなってきた。
とはいえ、オレはメイド喫茶のヒーロー(?)であるため、暇なときなどなく、ひたすらお客さんに掴まっていた。
うう、早くお昼ご飯食べたい……お腹ペコペコだよ……
必死に空腹を我慢していると、ホールの方から店長が手招きしているのが見えた。
もしかして店内も落ち着いたし、今のうちにご飯食べていいって合図か!!?
オレは目を輝かせ、お客さんの元から離れると一目散に店長の元へ。
「どうしたんですか?」
あくまで平静を装いつつ、たずねてみる。
「実はね、忙しくて言い忘れてたんだけど……」
そして休憩も終わり、午後3時30分。
オレは外で待ち時間の書かれたプラカードを持って立っていた。
いつもなら空くはずの時間帯だが、オレが外にいる影響で待ち列はどんどんと伸びる一方だった。
他のメイドさんの休憩時間と重なり、店内が混乱するため、普段は外には出ないようにしているのだが、今回は特別な事情があった。
「はぁ……」
約束の時間になってしまった……
オレは周りにバレないよう、溜め息を吐いた。
溜め息の理由は時間を遡ること、約1時間前。
「取材……?」
店長と共にオフィスまでやってきたオレはそこでまさかの一言を聞いた。
「そう。有名な雑誌社がね、あの事件の立役者を是非取材したいって。本当は3日前に連絡あったんだけど、つい忘れちゃってて……急で悪いんだけど、あと1時間後には来る予定だからよろしくね」
そう言い残して店長はオフィスから出ていった。
一方、一人取り残されたオレ。
その時のオレの心境は言うまでもないだろう。
そして今に至る。
そろそろ来るかな。
キョロキョロと辺りを見回してみると。
「あ……」
少し離れたところでそれっぽい一団を見つけた。
あ、記者の人、女性だ。
まさか今から取材する相手がオトコだとは夢にも思ってないだろうな……
しかし、取材か……
うっかりボロを出ないようにしなければ…
今一度、気を引きしめた時。
「こんにちは~。よろしくお願いしま~す」
物腰の柔らかそうな口調で記者の人が話しかけてきた。
すぐ横にサポーターなのかわからないが、男性も1人いた。
「よ、よろしくお願いします……」
おずおずと頭を下げる。
「それにしてもすごい人気ですね~…」
メイド喫茶にできている待ち列を見て感心したように声を漏らす。
「あはは、おかげさまで……」
乾いた笑いを浮かべる。
そのおかげでオレはこんな特製のメイド服まで着せられてな……
しょぼんと心の中で落ち込んでいる間に、通行人の人たちはオレが取材を受けてると分かったのか、段々と周りに集まりだした。
(取材受けてるのってあの人だよな……?)
(有名人は大変だなー)
なんて声が続々聞こえてくる。
そして、どんどんと周りに人だかりが。
大した時間も経たず、あっという間にオレは群衆に囲まれた。
ちょ、ちょっと!!
心の中で叫ぶがそんな声は聞こえるはずもなく。
「これは使えそうだ……」
そう静かに呟くと記者の隣にいた男性は肩からぶら下げていたカメラを構えて、写真をパシャパシャと取り出した。
「ちょ!なんでカメラを……!」
これにはたまらず、オレは声を上げ、プラカードを使って顔を隠した。
こんな姿、カメラで撮られるなんて冗談じゃない!!恥ずかしすぎる!
「あれ?上司の方から聞いてませんか?写真も掲載予定なので、何枚か撮らせていただくと言ってあるのですが……」
「聞いてません!!」
首をブンブンと勢いよく横に振る。
「その照れてる姿も撮っとこう……」
オレの言葉は耳に入っていないのか、相変わらずパシャパシャとシャッターを切る。
「だ、だからぁ!」
困るんだって!この姿を撮られるのは……!
「まぁまぁ、いいじゃありませんか。減るもんじゃなし」
「……」
減るんです!主に精神的に!!
と、言いたかったが言えるはずもなく、その場にうつむくしかなかった。
結局、取材は30分にも及んだ。
カメラマンらしき男性は、撮った写真をプレビューで確認しながら、うんうんと満足げに頷いていた。
ああ、最悪だ……
心の中でガックリとへこむ。
最後に見本誌を送るからと住所を聞かれ、それから3日後に自宅へ届いた。
そこにはオレの恥ずかしい写真と恥ずかしさのあまり、発言したかどうか、もはや覚えていない不明なセリフが多数……
案の定、雑誌の発売日に母さんと香織さんから同時にメールが来たのは言うまでもない。
「件名:祝」
「本文.立派なムスメに育ってくれてお母さんはとても嬉しいです。次はお嫁さん姿が見たいな!」
「件名:楽しそう」
「本文.ずいぶん楽しそうなことしてるじゃない。しかもめちゃくちゃ似合ってる。可愛い……」




