色々間違ってる
立てこもり事件から数日が経った。
元の休みに加え、現場となったメイド喫茶に警察の捜査があったため、ここ3日ほどは家でゆっくりしていた。
なので、週明けの今日は久しぶりの出勤となる。
カバンの中に必要なものを入れてから、リビングにある鏡の前に座り、メイクをこなす。
うん、バッチリ!
しかし、今日も可愛いなオレ。
ウフフ………
!!って、いかん、いかん!!!
毒されてるぞ、オレ!!
オレはオトコ!
女装してるといえど、心まで女性になってはいかんのだ!!
気を強く保て!オレ!!
どこかの熱血テニスプレイヤーばりに自分を鼓舞する。
朝っぱらから非常に(精神的に)疲れたが、気を取り直して出勤。
電車を降り、お店へと向かうために道を歩いていくのだが。
ん?
やけに、人が多いな。
まだ朝の10時なのに。
なんかのアニメのイベントでもあるのかな?
オタクの聖地だけあって、たまにそういうのに出くわすこともある。
でも、こっちにはイベント会場とかは無いと思うんだけど。
その光景に疑問を抱きながらそのまま道を歩くオレ。
だが、その疑問はすぐに解消されるのだった。
「んな………」
お店の前までやってきたオレは思わず口を開けてまま、その場に突っ立ってしまった。
理由は。
お店の前にいる、人、人、人!!
まだ開店前だというのに既に行列が出来ていた。
な、なんで、こんなことに!!?
慌ててお店の看板を確認する。
うん、見間違いでもない。
と、とりあえず、中に入れば何か分かるかもしれない。
そう考えるとオレは急いでオフィスへと向かった。
急いでオフィスへ入るとそこには。
「ぐっはぁぁぁ!」
中に入った瞬間、堪らず奇声を上げる。
下着姿の店長とメイド仲間さん(2人)がいた。
そういや、オフィスと更衣室って一緒だった……!
いつも、女装がバレないようにトイレで着替えてたからすっかり忘れてた……!
「す、す、す、すいません!着替え中とはつゆ知らず……」
「謝ることなんてないじゃない。女同士なんだから」
女同士じゃないから謝ってるんです~!!!
とは、言えるわけもなく、「そうですよねぇ~……」と苦笑いを浮かべるのだった。
とりあえず着替えが終わるまでトイレに避難することにした。
そして、少し経ってから再びオフィスのドアを開ける。
そこには、着替え終わった店長達が。
ホッと胸を撫で下ろす。だが、安心したのもつかの間。
何故かオレがオフィスに入った瞬間に全員が一斉に手をワキワキさせ始めた。
「あ、あの……?皆さん、なんで手を動かしながらこっちに近づいてくるですか……?」
その問いに店長はニヤッと不気味な笑みを浮かべた。
「ん~?それはねぇ……」
言いながらも徐々に距離を詰めてくる。
ま、マズイ……
本能的にSOSの信号が頭の中で鳴り響く。
オレの経験から察するに、この場から逃げないと大変なことになる……
幸い、ドアは真後ろにある。
今ならまだ間に合う!
が、その考えは甘かった。
オレが後ろを振り返った瞬間、ドアは静かに音を立て、ゆっくりと開いた。
そこにはオフィスにはいなかった別のメイドさんが。
しまった。は、挟まれた……
呆然とするオレ。
そして背後までやってきていた店長。
「さぁ、大人しく降参しなさい……」
「い、いやぁぁぁ……!」
開店前のメイド喫茶に断末魔の悲鳴が響き渡った。
「きゃ~!!可愛いー!!」
数分後。
オレの姿を見たメイドさん達が後ろで声を上げる。
店長達に捕まったオレはオフィスにある鏡の前で丁寧にメイクアップされていた。
普段使ってるのとは比べものにならないほど高級化粧水に乳液、ファンデーション、最後にグロスを塗って出来上がり。
その上、他のメイドさんが着ているのとは別のメイド服に身を包んでいる。
なんでも、先日の立てこもり事件を解決したのがここで働いているオレだと知った人から人に噂が拡散。
あの行列の理由はそれだった。
そして大勢のお客さんがせっかく来てくれるのだからと、店長は主役であるオレだけに特殊なメイクを施したのだ。
「なんでこんなことに……」
そうつぶやきながら、鏡の前で自分の姿を改めて見てみる。
鏡に写ってるオレは。
ものすごーく。
女の子っぽかった。
そして遂にお店が開店。
開店直後、瞬く間に席が埋まっていく。
オレはカゴに入ったおしぼりを各テーブルにいるお客さんに渡しながら席を回っていく。
すると。
(きゃあ!いらっしゃった……)
(わざわざ、私たちのために席を回ってくれるなんて……)
(私もあの時の人のように守ってもらいたいわ~……)
(そんなことになればもうメロメロ……)
なんてうっとりとしたような声が席を回る度に聞こえてくる。
オレは内心、頭を抱えた。
まさか、こんなことになるとは……
絶え間ない接客と注文で時間はあっという間に過ぎていき、ようやく休憩時間になった。
「はぁ……」
オフィスにあるイスにドカッと座ると深いため息を吐く
つ、つかれた……
こんなんでこの後持つかな……
い、いや、今日一日の辛抱だ!
頑張ろう!!
だが、そんな願望はこの後、脆くも崩れ去るのだった。