唯一の正解
メイドして働き始めてから早いもので今日で一ヶ月が過ぎた。
驚いたことにオレがメイドになってから、グッズの売り上げが、かなり伸びているらしい。
しかも、最近では小規模ながらファンクラブ的なものも出来たみたいで。
サイン下さいとか。
握手して下さいとか。
抱きしめて下さいとか。
その上、何故かそういうお願いをしてくるのが9割方、女の子達なんだよなぁ。
その度に「メイドはぁ、お嬢様に触るとぉ、繊細過ぎてぇ溶けちゃうんですぅ~」
って言ってなんとか回避してるけど、間違ってる。
なんか間違ってるよ……
心の中でそう呟かずにはいられないオレだった。
周りにバレないよう、溜め息を吐きつつ、テーブルを拭いているとお店の扉が開いた。
入ってきたのは帽子を深くかぶって、パーカーとジーンズを着た男性だった。
ん?
なんか見たことあるような。
男性の姿を見た瞬間、オレは妙な既視感に覚えた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
ホール担当のメイドさんがそう口を開いた瞬間、事件は起きた。
お店に入ってきた男性はポケットからナイフを取り出し、そのままメイドさんに突き付けた。
「ひっ……!」
あまりの衝撃にメイドさんは悲鳴にならない声を上げた。
やがて、入り口の様子に気づいた他のメイドさんが声を上げた。
「き、きゃああああ!!」
その声を聞いたお客さんが何事かと悲鳴のした方を向く。
そして店内は瞬く間にパニック状態に。
あちこちから叫び声や悲鳴が次々と聞こえてくる。
そんな状況にイラついたのか、ナイフを持ったオトコは大声を上げた。
「うるせぇぞ!!静かにしねぇか!!!」
その怒声に店内は一斉に静かになった。
ただただ、皆が恐怖に怯えている。
そんな中、オレは冷静に状況を見ていた。
そして事件発生から10分が経った。
お客さんとオレ達、メイドは店内入り口付近に集められ、身を寄せ合って座っていた。
お客さんの中には、当然まだ学生くらいの女の子もいて恐怖のあまり、泣き出す子もいた。
「大丈夫、大丈夫だからね……」
頭をギュッと抱き締め、背中をさすってやる。
立てこもりが発生したのを通行人が警察に通報したらしく、パトカーはあっという間に駆けつけた。
だが、人質が取られている以上、警察もヘタに動けない。
完全に膠着状態に陥った。
そして、恐怖の時間はゆっくりと過ぎていき、事件発生から2時間が過ぎた。
だが、警察と犯人のやりとりは泥沼状態だった。
犯人は身代金として多額の金を要求したが、とても短時間では用意できる金額ではないと警察側は主張した。
だか、それに激昂した犯人は指定した時間までに用意できなければ、人質のだれかを殺すと脅しをかけてきた。
指定された時間まで、あとわずか。
警察はなんとか時間を引き延ばそうと色々と説得を試みるものの、一切効果はなさず、逆に犯人を苛立たせるだけだった。
そして遂に。
「ああ、さっきからうるせぇ!!」
犯人が我慢の限界に達したのか、突然大声をあげて近くあったイスを蹴っ飛ばした。その音に全員がビクッと反応する。
「見せしめに誰か殺してやる……」
ナイフを握り締めるとフラリと歩み寄り、近くにいた制服を着た女の子に狙いを定めた。
「わりぃな。恨むなら無能な警察を恨め」
そう吐き捨てるとナイフを振りかざし、矛先を女の子に向ける。
「い、いや…いやぁぁぁぁ!!」
彼女の悲鳴が響く。
マズイ、このままじゃ……!
オレは咄嗟に身体を動かし、近くにあったモップでその矛先を受け止めた。
「ぎ、ギリギリセーフ……」
オレは両手に力を込めると、そのままナイフを押し返してやった。
「てめぇ、何やってんだ……」
オレの突然の行動にイラついたのか、犯人はこちらを睨んできた。
「黙って見過ごせるわけないでしょ……」
そう言うとオレはモップを竹刀のように持ち替え、犯人と向き合った。
幸い、お店に置いてあったモップは掃除部分が取り外しのできるやつでオレはそこを素早く取り外した。
「オレとやろうってのか?」
自信ありげに犯人はくっくっと気味の悪い笑みを浮かべる。
「そっちこそ、痛い思いをする前に大人しく投降した方がいいよ……」
対するオレの心臓はバクバクに跳ね上がっていた。
だが、負けない自信だけはあった。
そして一瞬の硬直のあと。
「はっ、オンナごときが、ふざけんなぁ!!」
そう叫ぶと犯人は再びナイフを握り締め、オレとの距離を一気に詰めてきた。
オレは咄嗟に後ろに一歩下がり、向かってくる手の甲のナイフを剣道の面の要領で叩き落とす。
「ぐっ……!」
突然、手の甲に走った痛みに顔を歪める犯人。
オレはその瞬間を見逃さず、右肩、左肩、そして脳天と次々、攻撃を加えていく。
「ぐあ……!!!」
モップとはいえ、鉄製の鈍器。
その痛みに耐えられるはずもなく、堪らず、頭を抑える犯人。
その隙を見逃さず、オレは一瞬にして後ろに回り込むと渾身の力を込めて、思いっきり背中を強打してやった。
悪いな、見た目は女の子かもしれないが、オレはオトコなんだよ。
「…………!」
辺りどころが悪かった(良かった?)のか犯人はバタリと床に倒れ、そのまま気絶したのか、動く気配はなかった。
「ふぅ……」
オレは深呼吸を一つすると、手に持っていたモップを床に投げ捨てた。
ああ、良かった……
下手したらオレもやられてたところだった。
「……………」
周りのギャラリーは皆、突然の展開に唖然としていた。
そして、一瞬の静寂のあと。
「きゃあああ!!」
歓声が湧き上がった。
(す、すご、すご、すご過ぎ!!一瞬でやっつけちゃうなんて!)
(あんなに可愛い顔してるのに強カワかっこ良い……!!惚れちゃいそう……)
周りの声が次々と聞こえてくる。
つい勢いでやっちゃったけど、ま、いいか。
あの時、ああでもしなかったら今頃どうなっていたかわからない。
それにしても結構ブランクあったはずなのに、意外と身体は覚えてるもんだな。
今でこそ、こんな格好をしているが、中学、高校と剣道部に所属していた。
自分で言うのもなんだが、強い部類には入っていたと思う。
県大会で優勝したこともある。
それから、間もなく店内が急に騒ぎ出したので警察は中で何か起こったのではないかと思ったらしく、強行突入してきた。
だが、そこにはノビてる犯人。
お客さんとメイドに囲まれてるメイド(注:オレ)
その瞬間、警察の方々が唖然とした表情になったのは言うまでもない。
そして、夜になった。警察署から出てくるオレ。
「ん~……!!」
外に出た瞬間、大きく伸びをする。
ああ、疲れた……
座りっぱなしで2.3時間くらい話してたもんな。
しかも、こんなフリフリのメイド服着たままで、恥ずかしいったらありゃしない……
っていうか事情聴取って名目だったけど、最初の30分くらいで状況説明終わって、その後の2時間くらいはオレについての質問ばっかだった……
むしろ、後者の方がメインって感じだったな。
あの狭い空間に5人もいたし。
それに慣れないことだから気疲れした……
「ふぁぁぁ……」
無意識のうちに欠伸が出てしまい、慌てて手で隠す。
早くお店に戻って私服に着替えて帰ろう。
今日は色んなことがあったな…
そんなことを考えながら歩きだした時だった。
「あっ!」
思わず、声が漏れる。
そこでオレは肝心なことに気づく。
お金持ってないや。どうしよ……
ここから歩いて戻れる距離ではないし。
う~ん……どうすれば……
むむむ。と頭を悩ませていたその時。
キィィィ!と豪快に音を立てて目の前でパトカーが止まった。
そして中にいる刑事さん(数名)が乗りな!って感じで親指をクイクイさせてる。
事情聴取の時にもいたよな、あの人たち……
はぁ、また質問攻めかよ……
勘弁してくれ……
そう心の中で思いながら、帰る手段はそれしかなく、しぶしぶ乗り込むのであった。
それから数十分後。
お店の前に到着。
パトカーから降り、引きつった笑顔で走り去っていくパトカーに手を振る。
やがて、その姿が見えなくなったところで。
「はぁ……」
オレは深くため息を吐いた。
パトカーの中で聞かれたこと?
めんどくさいから思い出したくない……
何はともあれ、お店には着いたんだ。
さっさと帰ろう。
案の定、事件があったせいでドラマなどでよく見る、KEEP OUTの文字が書かれたテープでお店は囲まれていた。
オレはその光景を横目で流しつつ、関係者専用の出入り口からお店の中へと入り、そのままオフィスへと向かう。
オフィスの近くまでやってきたところで中から光が漏れてるのが見えた。
夜も結構遅いのに、誰かいるみたいだな。
オレはオフィスのドアをガチャリと開けた。
その瞬間。
「智花ちゃーーーん!!!」
中にいた店長がものっすごい勢いで抱きついてきた。
「て、てて、ててて店長?!ちょ、ちょっと……!!」
抱き締めが強過ぎて女性特有の柔らかい感触が胸にーーー!
嬉しい感触には違いないけど、それ以上密着されるとマズイ!
そんなオレの気持ちとは裏腹に店長はより力を込めて抱きしめてきた。
「智花ちゃん、ワタシは今、ものすごく感動しているわ……!こんな可愛い顔してる子がヒーロー……いえ、ヒロインだなんて……!」
そう言って、再びぎゅ~!!!とものすごい力で抱き締めてくる。
「い、いででで!」
つ、強い、強い!!
あまりの抱き締めの強さに思わず、男言葉に戻ってしまう。
「あ、あら、ごめんなさい」
その言葉に力が強すぎるのに気づいたのか店長は、ようやくオレを解放してくれた。
「い、いえ……」
なんとか笑顔を作りながら答える。
や、やっと解放された。
あのままだと、色んな意味で危なかったよ……
そして深呼吸をして落ち着いたところで。
「改めて智花ちゃん、ありがとう!この店を守ってくれて!!」
店長は深々と頭を下げた。
突然の行動にオレは慌てる。
「い、いやいや!そんな大層なことはしていないので……!頭を上げて下さい!」
「大層なことよ!警察も動けない、下手したら殺人が起きてかもしれない最悪の状況をたった1人で未然に防いでくれたんだから!」
そう力強く言うと店長は両手でオレの両手をギュッと包み込んできた。
「本当に……本当にありがとうね……」
店長の目にはうっすら涙を浮かべていた。
「はい……」
この時はそう頷くしかなかった。
後から聞いたのだが、犯人にナイフを向けられたのは店長の娘さんだったらしい。
だから、オレにお礼を言った時、目元に涙が浮かべていたのか。
はじめは、騙されてメイド喫茶で働くことになったけど、もしオレがここで働いてなかったら、あの子は亡くなっていたかもしれない。店長にも計り知れない心のダメージが与えられただろう。
そんなことにならなくて本当に良かった。
今回ばかりは、この女装と母さんの策略に感謝するオレだった。
あれでも……
あの時、助けた女の子、学生服着てたから高校生くらいだよな?
店長って見た感じ、30くらいなのに……
ウーン……?
女性って不思議だな。




