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新たな間違い

「火の元に気をつけましょう」


仕事帰りに寄ったコンビニで、たまたま買った雑誌の占いコーナーにそんなことが載っていた。

火の元か。

ゴロンとソファに寝そべりながら記事を読んでいく。

っていってもオレの住んでるマンション、IHだし、火事なんてそうそう起きないよな。

やっぱ所詮、占いだから当たる確率は低いんだろうな。

なんてことを思いながらその日はそのままベッドに入った。

しかし、この占いが驚くべき形で当たるなんてこの時のオレは夢にも思っていなかった。


翌日。

AM8:49


「……………」


会社の前で呆然と突っ立っているオレ。

目に映る光景が信じられない。その理由は。

オレの目の前で。

モウモウと燃え盛っている建物が原因だった。


会社、燃えとる……

オレと同じように会社に出勤してきた人たちも事態の飲み込みができず、呆然と突っ立って火事を眺めているだけだった。


それから火災現場から少し離れたところにある喫茶店。

そこにオレ達は集まっていた。

もちろん、誰一人として口を開かず、ため息がこぼれ出るばかりだった。

オレ、いや、オレ達どうなっちゃうんだろ…


明日からいつも通り、働くってのは無理だろうな……

結構な勢いで燃えてたしな。

運が良くても半壊ってところかな……

と、そんな取り止めも無いことを考えていると課長がやってきた。


そこで聞かされた課長の話によると、会社のそばにあるレストランでガス漏れがあったらしく、それをたまたま通りかかった通行人が投げ捨てたタバコにより、引火。

レストランと会社の中間で同時に燃え盛っていったため、消化作業は困難を極め、結局、ほぼ全壊の状態になってしまい、火災保険は下りるらしいのだが、何せ修繕にはかなりの費用と時間を要するらしく、会社が元通りになるまでには少なくとも3ヶ月ほどはかかるとのことだった。


その間、手当として月給の半分は支給されるらしいのだが……

それにしても話が終わった後の課長。

完全に放心状態だったな…


まぁ仕方ないか。

愛娘の絵里ちゃんが海外に留学に行っちゃったしな…

急すぎてオレもびっくりしたくらいだった。いきなり泣きながら電話来たからな……


その上、会社が火事にあったんだからな。

ついつい、心の中で同情する。

それにしても月給の半分か。

普通のOLのオレの給料なんてたかが、知れてる。

給料の半分だけなんて家賃と光熱費、それに携帯代くらいでほとんど無くなってしまう。


しかし、手が全く無いわけではない。

こういう非常時には親を頼るのがベストだろう。

事情を話せば、少しの間なら実家暮らしさせてくれるだろうし。

それに久々に女装せずに、毎日を気楽に過ごせる開放的な日々が待っているではないか。

そう思い立ったオレは早速、母さんに電話をした。

今思えば、この時の電話が全てのはじまりだった。


そして週末の土曜日、オタクの聖地と呼ばれる場所にオレはいた。

メモに書かれた道順に沿って街を歩いていく。

何故、休日にこんなところにいるのか。

それは母さんとの電話がきっかけだった。


母さんと連絡を取ったのは良かったが実家に戻るのだけは猛烈に反対された。

そりゃもう、これでもかってほどに。

ムスコの緊急事態なのだから助けてくれるのが親というものだと思うのだが、どうやらオレの母親はそれに当てはまらなかったようだ。

猛烈に反対され、電話越しに泣きたいオレだったが、母さんにはまだ人の心があったのか、代わりに知り合いの仕事場で働かないかと紹介された。


働き手の募集は女性だけだそうだが、時給も良いそうで、労働時間も比較的短い。

このままでは、飢え死にするかもしれない危機的状況だったので、オレは二つ返事で了承し、現在に至るのだが……

街を歩くこと数十分。

え~っとそろそろ着くはずなんだけどな。

オレは辺りをキョロキョロしながら目当ての店を探した。


そして。


「あ、あった!」


メモに書かれている店名と看板の文字が一致したので思わず、そう叫ぶ。

だが、看板には店名より前に、ある文字が書かれていた。


メイド喫茶 frill a la mode


って、まさかのめ、メメメメメメメメイド喫茶ー!!???

あの母親、そんなこと一言も言ってなかったぞ!?


オレは思わず、自分の目を疑いながら、カバンに入っていた携帯を取り出し、急いで電話する。

そして数秒のコールのあと。


「おかけになった電話番号は電波の届かない場所にいるか、電源が入っていないため、繋がりません」


しかし、携帯からは機械音の音声が。

母さんーーー!!!

抗議の電話が来ると分かってて、ワザと電源を落としてるな!?


くっそ~!

今度会ったらタダじゃおかないぞ……!

オレは怒りの余り、人目も忘れてその場で地団駄を踏んでいた。

すると、そんなオレに。


「あの~……」


誰かが後ろから声をかけてきた。

その声でようやく我に返ったオレは咄嗟に振り向いた。


「河野智花さん……?」


長身に黒髪のストレート、スーツがビシッとキマっている、如何にお姉さん」って感じの女性が立っていた。


「は、はい、そうですが……」


おずおずといった感じでとりあえずオレは返事をした。

すると。


「ああー!よかった~!いやー、話に聞いてた通り、可愛いね~!良い逸材が来てくれたよ~!!」


あっという間にオレの目の前までやってき、大興奮の様子で手を握ってくるお姉さん。

可愛いか……

女装を始めて何回も言われ続けてるけど、相変わらずちっとも嬉しくない……

がっくりと肩を落とすオレだったが、お姉さんはお構いなしにオレの手をグイグイと引っ張り、店内へと連れて入った。

店内から裏口に繋がるドアを抜け、引っ張られるまま、廊下を歩くと事務所のような一角に辿り着いた。

そこにあるパイプイスにドカッと座るとお姉さんはファイルの中から何枚か紙切れを取った。


「これが契約書ね。ハンコと印鑑お願い」


え……?


「あの、契約書って……?」


言葉の意味がイマイチ飲み込めず、オレは首を傾げた。


「あれ?お母さんから何も聞いてない?」


オレの言葉が意外だったのか、お姉さんは目を丸くしていた。


「はい、何も……」


そもそもメイド喫茶だと知ってたら確実に断ってたし。


「そう。ま、でもいいわ。とりあえずウチの店で働いてくれるのよね?」


そう言うとお姉さんがズズッと側に寄ってきた。


う、この状況で断るのは非常に勇気がいる……


で、でも!さすがにメイド喫茶は……

オトコなら潔く、ガツンと断るんだ!!

心の中で覚悟を決め、口を開こうとした時、契約書に書かれた時給うんぬんの項目がチラッと目に入ってきた。


時給……なにぃ!!?


1時間働いただけで英世さんが2人ももらえるのか!?

なんて高いんだ……!

そういえば、ちょっと前にウィッグ用のヘアアイロン、壊れちゃって新しいの探してたんだよな。

どうせ、消耗品だからってどこのメーカーのか分からないやつ買ったらすぐにダメになっちゃって今回は良いやつ買おうと思ってたら案外高くて。

それに今度絵里ちゃんのいるイギリスに行く予定だし、旅費もどうしようかなと考えてたんだよな。


でも、この時給ならヘアアイロンが買える……!

むしろお釣りがくる……!

その上、貯金もできる…!

3ヶ月耐え切れば!

よし……!!


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします……」


たどたどしく返事をしながら頭を下げる。

その瞬間、お姉さんは満面の笑みになった。

そして同時にオレのメイドとしての日々がスタートしていくのであった…

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