間違いの続き
「ちょ、ちょっと何なんですか、これ?!」
「何って、メイド服だけど?」
パニック状態のオレに対して彼女の口調は実に冷静であった。
「って、そういうこと聞いてるんじゃなくて!なんでオレにメイド服を渡してきたのかって聞いてるんです!!」
「なんでってそりゃ……ねぇ?じゅる………」
「ちょっと何でいま、舌なめずりしたんですか!?」
思わず、鳥肌立ったわ!!
「さぁ、早く観念しなさい……」
ゆっくりと、しかし確実に魔の手が迫りよってくる。
「あ、あの香織さん?目が血走ってますよ……?それになんだが、息も荒いような、ちょっと落ち着いた方が……」
「そう?でも、心配しないで。すぐに終わるから……」
そう言ってどんどん、オレとの距離を縮めてくる。
あと30cm。
20cm。
10cm、5cm……
そして。
ゼロ……
「大丈夫、痛くしないから……」
「ひ、きゃあああぁぁぁー……!」
平和なはずの休日のショッピングモールにオレの悲鳴が辺りに響き渡った。
それから数分後。
「いやぁ、やっぱり似合ってるわ!!あたしの目に狂いはなかったね!」
何故か誇らしげな香織さん。
一方。
「………」
鏡に映る自分の姿を見てどうすればいいか分からないオレ。
そんなオレを見て香織さんは首を傾げた。
「あれ?どうしたの??」
「いや、どうしたのじゃなくて……っていうかなんでこの店、メイド服なんか置いてるんですか……?」
そう。
1番の疑問はそこだ。
何故、この店にメイド服が置いてあるのか。
前に来たときは無かったのに。
「あれ?知らない?この店を経営してる社長さんが変わったらしくてさ、もっと外国の人にも商品を買ってもらえるようにしたいって言ってるらしくて」
「だからってなんでメイド服なんですか?!」
発想が斜め上を行き過ぎだろ!!
「まぁ、日本=アキバのメイドさんみたいなとこあるからね~。メイド服着て接客なんかしてるの、おそらく日本だけだろうし。物珍しいもんね」
あっけらかんとした口調で香織さんは答えた。
そ、そんな理由でオレはこんな姿に……
最早、まっすぐ立つこともできず、試着室の中で膝から崩れ落ちるオレ。
そんなオレを見かねたのか、香織さんは膝を折ってオレの手を両手で包んでくれた。
「あ……」
思わず、頬が赤くなってしまう。
スベスベしていて、柔らかくて、とてもあったかい。
頬を染めつつ、彼女の目をジッと見つめる。
すると。
「んん~!!!ダメ、可愛すぎる!」
香織さんが思いっきり抱きしめてきた。
「え?!なにを……?!」
突然の行動にオレは戸惑いを隠せなかった。
「ダメ!こんな可愛い光景を独り占めするなんてよくない!」
そう言ってオレの手をグイと引っ張ってオレを立たせてから試着室の外へと連れ出そうとする香織さん。
「ちょ、ちょっと……!」
オレは慌てて力を入れて踏ん張ろうとするが、時すでに遅し。
無常にも試着室のカーテンが開き、オレは外へと連れ出されてしまった。
外に出た瞬間、オレは周りの目線を一斉に集めた。
全員、買い物の手をピタリと止めている。
そりゃそうだ。
メイド服着てる(見た目は)オンナが試着室から出てきたんだから。
どうしていいか変わらず、その場にうつむくオレ。
すると、やがて方々から声が聞こえたきた。
(あの子、すっごい可愛くない……?)
(わぁ、お人形さんみたい……)
(色白だし、すごい似合ってる……)
って、まさかの大ウケ!??
「ほらほら!やっぱりね~!!」
ほら見ろと言わんばかりにオレの背中をバシバシと叩いてくる香織さん。
「はは、はははは……」
そんな彼女とは対象的に、オレは乾いた笑いを浮かべるのが精一杯だった。
なんかもう、人として大切な何かを失った気がする。
はぁ……
(パシャ…パシャ……)
ん?
なんかやたら辺りが発光してるな。
オレが心を痛めてくると何からの光と同時に音が聞こえてくる。
周りの人たちはスマホや携帯構えてるし……
ってもしかして写メ撮られてる?!!
(これは写メしとかないとね)
(あの子にも送ってあげよ~と)
「ちょ、ちょっとちょっと!」
こんな姿、大勢に撮られるなんて冗談じゃない!!
オレは慌てて試着室に戻ろうとして、踵を返した。
だが。
「なに戻ろうとしてんの?!」
香織さんに捕まってしまい、あろうことか羽交い締めにされてしまった。
その瞬間。
(きゃ~!!!!)
周りのギャラリーが一斉に湧き上がった。
(あの光景!不出来なメイドにお仕置きをするご主人様って感じじゃない!!?)
(心だけでもなく、身体も屈服させるつもりなのよ!)
(メイドとその主人、身分を超えた禁断の愛……)
って、なんかオレの知らないところで勝手に盛り上がってる!??
これ以上、変な妄想が広がるのはごめんだ!
何とかこの場から逃げ出さないと……!
渾身の力を入れて香織さんの拘束から抜け出そうとするが、彼女の身体は微動だにしなかった。
なんで……?
こっちは仮にも(?)オトコなのに!!
そんなオレの思考を読み取ったのか香織さんはオレの耳に顔を近づけてきた。
「フフ、あなたがオトコでも力に関しては負けるつもりはないわ。インストラクターとしてどこに力を加えれば相手を抑えつけられるかなんて簡単なのよ?」
くっ、もう……どうしようもないのか。
これ以上、抗っても意味がないと痛感したオレはゆっくりと身体の力を抜いていき、彼女に背中を預ける形になった。
「フフ、素直な子は好きよ。はむ……」
そう言うと香織さんは、あろうことかオレの耳を甘噛みしてきた。
「ふぇ!!?」
彼女の突然の行動と耳に走った感触に思わず、奇声が出てしまった。
同時に火がついたように顔が真っ赤になる。
もちろん、周りのギャラリーは今の一瞬の出来事を見逃すはずもなく。
(きゃあああぁぁぁ!!!!!)
先ほど以上の歓声が辺りに響き渡る。
(見た!?見た、今の!?)
(ご主人様からメイドへのご褒美………!!)
妄想が妄想を呼び、写真撮影は止むどころかドンドン激しさを増すばかりだった。
「も、もう勘弁して~!!!」
この日、2回目のオレの悲鳴が店内に響き渡った。
そして、この撮影会はしばらく続くのであった。
「はぁ………」
頬に手を当てて、肘をテーブルにつきながら、ため息を吐く。
先ほどの店からなんとか出てきたオレ達は、近くの喫茶店へとやってきていた。
全く、酷い目にあった……
あれから盛り上がりは一向に落ち着けをみせることなく、オレの恥ずかしい写真撮影は、しばらく続いた。
それに……
足元にある手提げ袋をチラッと見やる。
何故かあの店の店員からメイド服をプレゼントされてしまった。
メイド服のPRになったとかなんとか言ってたけど……
こんなもの、もらってもちっとも嬉しくない。
「お待たせ……ってどうしたの?」
飲み物とケーキを乗せたトレーをテーブルに置きながら香織さんがオレの向かいの席に腰をかけた。
「どうしたのじゃないですよ……」
オレはゲンナリとした口調で答える。
「ああ、さっきのあれ?」
飲み物のストローを口に含みながら、香織さんはクスッと笑った。
「笑いごとじゃないですよ。全くオトコとして……情けなさ過ぎる…」
オレは明後日の方向を見ながら深くため息を吐いた。
「写真集でも出したら大ヒットするかしら………」
香織さんがボソッとつぶやく。
「やめてください!!!」
オレは全力で否定した。
この人ならマジでやりかねないからな。
はぁ、気苦労が無駄に増えた気がする……
それにTwitterのトップにオレの写真が多数掲載されていたらしい……
まさかの全国デビュー……か。