間違いは正さなければ
夜の7:02
オレはとある大学の近くにある寮の前へとやって来ていた。
そう。とある大学とはオレが先ほどまでいた大学。
課長からの電話の正体はこれだった。
ここの大学の職員や教諭達はなんらかの理由で自宅まで帰れなかった場合、大学の近くに建設されている寮に泊まることがあるらしいく、人身事故の影響で帰れなくなったオレ達のことを心配してくれ、泊まれるように手配してくれたのだった。
寮には職員達だけでなく、親元から離れて大学に通っている生徒もいるそうなのだが、空き部屋がかなりあるらしく、せっかくのご厚意を断るのも、なんなのでこうしてここまでやってきた次第である。
しかし。
「はぁ……」
オレは思わず、ため息を吐いてしまった。
いや、だってねぇ?
さっき、あんなことがあったのに平然な顔してろって言う方が無理がある…
どうか、島田さんには会いませんように!!!
オレは心の中で神に祈りながら寮の中へと入っていった。
案内された部屋は1人で使うには充分に広い部屋だった。
テレビもあり、エアコンも備え付け、冷蔵庫も完備、更には1人用のソファまであるという素晴らしい配慮だった。
オレはバックを適当なところに起きながら、ソファにドカッと座る。
あー。
とにかく疲れた。
今日は色んなことがありすぎだ。
ちょっと一休みしよう。
そんなことを思いながら、目をつぶると、あっという間にオレの意識は闇の中へと沈んでいった。
「ん、さむ……」
やがて肌寒さを感じてオレはゆっくりと目を開けた。
あ、あれ。
オレ、寝ちゃってたのか。
まだ秋とはいえ、さすがに掛け布団の一枚もないと夜中は冷えるな。
半ば、覚醒していない頭で考えながら、目をこすりつつ、携帯のディスプレイを見る。
結構寝てたな。
携帯の時刻はいつの間にか、もうすぐ日付が変わる時間になっていた。
しかし、そのままソファに座ったまま、何をするでもなく、ボーッとするオレ。
と、そこである事を思い出す。
そういえば、部屋を案内してくれた先生に夜中の1時までにお風呂に入らないと、それ以降は風呂場の明かりは全て消灯されるって言ってたな。
さすがに24時間、丸々電気をつけていられるほど財政に余裕はないそうだ。
ちなみにこの寮では、風呂場は各々の部屋にはなく、大浴場という形で入ることになっている。
さすがに学生達や教員は、この時間になったらもう寝てるよ?
昼間、変な汗とかいっぱいかいちゃって、気持ち悪いし、風呂に入るか。
オレはソファから立ち上がると、押入れへと向かい、中に置いてあったバスタオルと寝巻きを手に取ると大浴場へと向かった。
誰にも見つからないよう、警戒しながらそろりそろりと廊下を歩くこと数分。
ついに大浴場にたどり着いた。
脱衣所に入り、周りに気を配りながら、ゆっくりと下から服を脱いでいく。
ウィッグは一応付けとくか。
あとは、バスタオルを上から身体に巻いておけば、万が一の時でも大丈夫だよな。
パッと見は女性に見えるだろうし……
「ふぅー……」
オレは深呼吸し、息を整えると風呂場への扉を開けていった。
幸い、時間が遅いこともあってか風呂場には誰もいなかった。
はぁ、よかった。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、湯船に浸る。
湯加減は程よい温かさだった。
「あー……」
肩まで浸かったところで、あまりの気持ち良さに思わず、声が出る。
てか、よくよく考えれば今って貸切状態なんだよな。
大人が30人は入れるかという広さを独占してるんだもんなぁ……
贅沢だなぁ……
それから10分ほど経っても風呂場はおろか、脱衣所にも誰も現れなかった。
少しくらいなら大丈夫だよな?
オレは心の中で自分にそう言い聞かすとウィッグを外した。
「はぁ~!かゆかった~!!」
オレはウィッグを外して頭をかくと勢いよく、頭の先まで湯船へとドボンと沈んでいった。
汗かいてずっとかゆかったのが、ようやく収まった。
オレは天にも昇る気持ちで湯船から顔を出す。
するとそこには。
「やっぱりウィッグだったのね……」
ジャージ姿に身を包んだ島田さんが仁王立ちで立っていた。
え……
目が合った瞬間、時が止まる。
と、とりあえず落ち着いて整理してみよう。
オレ→ウィッグを外した状態で女湯に浸かっている=変態(どこか気持ち良さそう)
島田さん→仁王立ちでオレを見ている=正体バレた=警察に連行。
「き、キャ~!!」
状況を整理した途端、大声を出してしまった。
ていうかキャ~ってなんだよ!!?
「き、キャ~って叫び声はおかしくない?!」
オレと同じことを思ったのか島田さんがツッコんできた。
「ですよね~……」
って納得してる場合じゃない!
ど、どうしよ。正体がバレた……
オレは上半身だけを湯船から出しながら後ろへと後ずさりしていく。
この世の終わりのような表情を浮かべるオレを見て島田さんは、優しく微笑んだ。
「安心して。今すぐにどうこうしようなんて思ってないから」
「え……」
その言葉にオレは目を輝かせた。
が、それも束の間。
「だけど、なんの事情も知らないまま、引き下がれってのもおかしな話よね?」
今度は真剣な表情でオレを見てきた。
あ、やっぱりこのまま何も見なかったことになんて普通できないよな……
仕方ない。
オレは湯船から上がると近くにあった風呂用のイスに座り、オレの間違った日々について話し始めるのだった。
それから数十分後。
「なるほどね」
オレと同じように、近くにあった風呂用のイスに座りながら島田さんはそう一言だけつぶやいた。
ちなみにオレはウィッグを外したまま、身体全体にバスタオルを巻いたまま、というおかしな格好のままでいる。
「しかしまぁ、あなたもなんていうか、よくそんな茨の道を選んだわね」
オレの身の上話を聞いた上で島田さんは苦笑した。
「ハハハ……」
オレはもはや、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
オレだってわかってるよ。茨の道だって。
でも、あの時はこうするしかなかったんだ。頭も少し、というかかなりバーストしてたし。
だが、次の瞬間、島田さんは目を見開き。
「!!それともまさか、実は女装が趣味だとか……?」
「ち、違います!!」
オレはハッキリと否定した。
だが、オレのその言葉は彼女には一切届いていないらしく。
「あれ、ちょっとどもったよね……?本当は奇異な目で見られることでしか興奮を覚えれないとか、バレるかバレないかの瀬戸際で毎日、背徳感に浸りながらハァハァ言いながら過ごしてるとか……」
若干引きつった表情になりながらオレを見てきた。
「本当にそんな変態趣味持ってないんで!!」
オレはイスから立ち上がり、心の底から叫んだ。
まったく、この人はオレのことをどんな風に見てるんだ?!
すると、ようやくオレの言葉が届いたのか。
「そっか。よかった。もし、Yesなんていったらあなたを女装趣味の変態オトコとして警察に連れて行かなきゃいけないとこだったわ……」
島田さんは安堵の息を吐きながら、そうつぶやいた。
「ま、でも安心して。あなたのことを警察に話したり、会社にバラしたりしないから。確かに許されることではないと思うけど、生きていくために仕方なくやってるみたいだし。それに苦労も結構してそうだしね」
島田さんはイスから立ち上がりながら、オレにそう言ってくれた。
「ほ、本当ですか?!」
オレはその言葉に感激し、彼女の手を掴んだ。
「ちょっと、大袈裟ね。でもね、その代わり……」
ニヤッと彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。
う、なんか背筋に悪寒が……
嫌な予感がする……
「あたし、この街に来てまだ日が浅くてさぁ、地元の友達とかいなかったの。だから…もしよかったら、たまにでいいから買い物とか遊び行ったりとかに付き合ってくんない?」
あれ?思ってた無理難題とは全く……
というか。
「そんなことでいいんですか?」
オレは思わず、そう聞き返してしまった。
オレにとっては何のリスクもない話だけど……
「良いも何も、わたしがそうしてほしいっていってるんだから」
彼女はおかしそうにクスッと笑った。
その笑顔にオレは。
キレイ。心の底から素直にそう思った。
しかし、そのすぐあとに、風呂場の電気が消えて2人でワーワー言いながら慌てて着替えてそれぞれの部屋に戻っていくのだった。
こうしてオレの間違った人生に新たな要素が加わった。




