間違いが分からない
5月。
GWも終わり、会社勤めの毎日が戻ってきた。
今日は久々に朝から会議だったのでオレが勤めている部署にはにOL(見た目は)が1人しかいないのでもちろん、お茶汲みとして会議に参加していた。
「ふぁ~あ……」
退屈すぎてあくびが次から次へと出てくる。
早く終わってくれればいいものの、流れ的に今日は長引きそうな感じだった。
「先輩、眠そうですね」
と、オレの横で可愛らしい声が聞こえた。
「あっ…!ごめんね。つい……」
慌てて口を閉じる。
そうだった。
いつもならOLはオレ1人だけだが今回は違った。
オレの横にいる小柄な可愛らしい女の子の名前は朱戸 麻耶といい、2週間ほど前からオレが勤める会社に入ってきた。
といってもうちの部にいるわけではなく、どこぞのお偉いさんの娘さんらしく、研修という形で社内を転々としているのだ。
なので1ヶ月ほどで部からいなくなる。
「ふふ、大きなあくびでしたね」
麻耶ちゃんは可愛らしくクスッと微笑む。
あぁ……可愛い。
思わず顔がにやけてしまう。
小柄な上に童顔、まさにオレの理想の女の子。
って、いやいやいや、決してロリ好きというわけでは……!!
それより、いつも思うけどオレ、誰に言い訳してんだよ……
頭の中でわけのわからないことを考えているうちに、会議は終わっていった。
そして、麻耶ちゃんと2人で少し遅めのランチ。
普段ならお弁当を持参するのだが、麻耶ちゃんと一緒なので彼女が来てからは外に食べに行くようになった。
オレは知らなかったのだが、会社から少し離れたところに小洒落た喫茶店があった。
雰囲気も落ち着いているし、それなりにお店が広いのでゆっくりと過ごすことができる。
喫茶店だが、マスターが作るオムライスとナポリタンは絶品で、しかも値段がリーズナブルなので学生にも人気だそうだ(値段は変えず、希望であれば大盛りにもしてくれるらしい。食べ盛りの学生には嬉しい限りだろう)
いつものように他愛もない話で盛り上がり、お昼を過ごす。
お昼が終わって、会社に戻ってもやることはいつもと変わらない。
しかも今はこれまでの倍の人手なので作業がとても早く終わる。
なので、定時である17時より前に上がることも多くなってきたほどだ。
今日も昨日に続き、定時より早く上がらせてもらった。
麻耶ちゃんとオレは会社を出ると駅前のショッピングモールへと向かった。
彼女はこの会社に来る前までは別の所に住んでおり、越して来たはいいが、この付近のことをまだあまり知らないみたいでオレがこの付近を案内するのが仕事終わりの日課になっていた。
20分ほど歩くとショッピングモールに到着。
早速、中へと入り、お店の場所を案内してあげる。
もちろん、案内するお店はほとんどが女性向けのお店。
女装にもすっかり慣れたな。
あれ、おかしいな。目から涙が……
目にゴミでも入ったのかな……
しかしまぁそんなことより、麻耶ちゃんといると買い物も楽しくて時間がとても早く過ぎていった。
途中、モールの中にあるレストランで晩御飯を済ませたあと、麻耶ちゃんが気になっていたという映画を観るため、最上階にある映画館へ向かった。
そして約2時間後。
「ん~!!」
オレは長時間座っていたので外に出てから大きく伸びをした。
久々にアクションモノの映画を観た。
海外のコミックを映像化したらしく、マンガなのだが特に主人公の心理描写が細かく描かれていた。
麻耶ちゃんも観たかっただけあってかなり興奮しており、帰り際に買ったパンフレットやグッズをを嬉しそうに眺めていた。
オレは穏やかな気持ちで彼女を見ながら微笑みつつ、彼女を最寄り駅付近にあるバス停まで送ろうとした。
が、まもなく駅に着こうかというところで気づく。
時刻は23:47。
麻耶ちゃんの家の近くまで帰るバスがない。
バスの最終は23:02。とうに過ぎていた。
やばい、どうやって麻耶ちゃんを帰せば……
そうだ!
タクシーがあるはず!
オレは急いでタクシー乗り場まで駆け寄った。
だが、何故かこの日に限ってタクシー待ちの行列ができていた。
オレはがっくりと肩を落とし、うなだれた。
どうしよう。
徒歩で帰れる距離ではあるけれど、それでもものすごく時間がかかってしまう…
オレだけ帰るわけにもいかないし。
なら、ホテル?
でもこの辺りに泊まれそうなホテルなんてあったか?
オレは近くにあったベンチに座りながらウーンと唸りながら考えた。
と、そこでパンフレットを読み終わったのか横にいた麻耶ちゃんがオレの様子をたずねてきた。
「先輩、どうしたんですか?」
「あ、いや実は……」
オレは少しバツが悪くなり、頬をかきながら先ほどのことを彼女に説明した。
そして結局、帰る手段もなく、近場にホテルもないので麻耶ちゃんをオレの家に泊めることにした。
し、仕方なかったんだ!
あの状況ではこれしか選択肢が……
だ、大丈夫……!
何も起こらないさ、多分……
などと、頭の中でいつものごとく、誰にしているのかわからない言い訳を思い浮かべながら道を歩く。
途中、緊張のあまり、対した会話もせずにマンションに到着。
震える手で玄関の鍵を開ける。
「ど、どうぞ……」
どもる必要なんてないのに。
これじゃ、まるで何か企みがあるようじゃないか……
そう考えつつも、どうにもならないのだから本当に困ったもんだ……
「お邪魔しま~す!」
そんなオレとは裏腹に麻耶ちゃんは堂々としたものだった。
そりゃそうか。
なんせオレを本当の女だと思ってるんだもんな……
とにかく正体がバレることだけは絶対に避けなければ……
「はぁ……よし……」
オレは深呼吸で呼吸を整え、気合いと共に部屋へと入っていった。
「ヘェ~。先輩の部屋って結構スッキリしてるんですね」
部屋に入るなり、麻耶ちゃんはオレの部屋をぐるりと見回した。
「う、うん。そうなの……」
オトコだから下手に色々買っちゃうと怪しまれるからな。
誰かが家に来てもいいように無難な感じにしといて良かった。
オレは心の中で安堵の息を吐きつつ、台所に向かった。
「麻耶ちゃんは何、飲む?コーヒー、紅茶、麦茶、オレンジジュースがあるけど」
「あ、じゃあコーヒーお願いします。砂糖、多めで……」
甘党なのが恥ずかしいのか麻耶ちゃんは少し声が小さくなりながら答えた。
「ふふ。りょーかい」
オレは彼女を見て微笑みながらポットでお湯を沸かすことにした。
ああ、可愛いなぁ。
そしてコーヒーを入れ、2人、向かい合わせでテーブルに座る。
一息ついたところで考える。
さて、これからどうしよう
とりあえずテレビでもつけておくか。
オレはリモコンに手を伸ばし、テレビをつけようとした。
そこでふと、麻耶ちゃん見やると頭が半分ほど横に傾いていた。
「スゥ……」
あれ?
もしかして寝てる??
本当に寝てるか確かめるため、オレは麻耶ちゃんの横に移動し、肩を軽く叩いた。
「おーい、麻耶ちゃーん?」
が、一向に起きる気配はなく、相変わらず舟を漕いだままだった。
あーあ、はしゃぎすぎで疲れちゃったのかな。
仕方ない、ベッドに移動させてゆっくり寝かせてあげよう。
オレは麻耶ちゃんを抱えると普段、自分が使ってるベッドにそっと寝かせた。
よし、これでOK。
それにしてもよく眠ってるな。
それに、なんというか……寝顔がむちゃ可愛い!!!
今すぐ抱きしめたいが……!!
オレは葛藤と闘いながら決死の思いで立ち上がろうした。
そのとき。
「う~ん、ポチ~……」
寝言をつぶやきながら麻耶ちゃんがオレの腕を引っ張った。
「えっ!?ちょ……!」
いきなりの出来事だったのでオレはバランスを失い、そのまま麻耶ちゃんの上にドスンと乗っかってしまった。
「逃げちゃダメ~……」
さらに麻耶ちゃんはダメ押しに逃がすまいとオレを抱きしめてきた。
「ふえっ??!ちょ、ちょ、ちょっと麻耶ちゃん!?」
か、顔が近い………!!
ていうかいまどき、ポチって名前……
夢が終わったのか落ち着いたのかとりあえず麻耶ちゃんの寝言はそこで途絶えた。
ど、どうしよ……
下手に動くとせっかく気持ちよく眠っているのに起こしてしまう可能性がある。
かといってこのまま、一晩というわけには……
何よりオレの神経が持たん。
悩んだ挙句、心臓が持ちそうにないのでこの状況から脱出することにした。
まるで硝子細工を扱うかのように慎重に麻耶ちゃんの腕を動かすのにはかなり、神経をすり減らした。
そこまで慎重にする必要はなかったのかもしれないが。
そして、ようやく抜け出したとき、ふと時計を見やるともう日付が変わって随分経とうとしていた。
オレもそろそろ寝るか。
明日(正確には今日?)が休みとはいえ、生活のリズムはキチンとしておかないと。
と、そこでオレはふと思った。
お風呂どうしよう。
今日はやけに、変な汗をかいたし、このまま入ってもいいが、万が一麻耶ちゃんが寝ぼけて風呂場にでも入ってきたらそこでオレの裸を見られようものなら大変なことになる。
まぁ寝ぼけて風呂場に入るなんて漫画じゃあるまいし。
だい、じょうぶだよ……な……
うーん。やめとくか。
そもそもオレの人生が漫画みたいなもんなんだ。
オレは素早く寝巻きに着替えると押入れからふとんを取り出してリビングに敷いた。
布団で寝るなんて随分、久しぶりだな。
ベッドに慣れてるから寝れるか心配だな。
ガサガサ……バタン……
「ん……んん……」
物音で目を覚ます。
今、何時だ……?
あんまり寝た気がしないな。
ていうか物音がしたけど……?
気のせいだよな……?
オレ以外、この家にいるわけないし。
それより、トイレにいきたい……
オレはのそっと布団から起き上がるとトイレまで向かう。
が、途中、風呂場の電気が付いていることに気づいた。
あれ?昨日、消し忘れたのかな。
まぁいいや。
あまり気にせず、オレは風呂場の電気のスイッチを消した。
その瞬間。
「きゃーーーーー!!」
中から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「!!?」
え?!!
なんでオレん家の風呂場から女性の悲鳴が!!?
「あ!!」
その時、オレはつい数時間前の出来事を思い出した。
確か麻耶ちゃんを泊めたんだっけ……
明け方になってお風呂に入ったのか。
ていうかいきなり電気消しちゃったけど大丈夫かな!?
とりあえず声かけてみよう!
「麻耶ちゃん、大丈夫?!」
「あ、せ、先輩?は、はい。だいじょ……きゃ!!」
再び中から悲鳴が聞こえると同時に風呂場で転んだのか、あるいは何かが落ちたのかわからないがドン!!という音が聞こえてきた。
「麻耶ちゃん!?」
オレは叫ぶと咄嗟に風呂場のドアを開けた。
そこには一糸纏わぬ麻耶ちゃんの姿が。
胸は平べったく、少し筋肉質で下半身には男性特有のアレが。
アレ??アレアレ??アレー????
オトコ……?
「「………」」
見つめあったまま、動かないオレと麻耶ちゃん。
視線はもちろん、下半身のアレに。
えーっと、こういう時は。
「ごめん!!」
オレはドアを勢いよく閉めると脱兎の如く、その場から離れた。
ていうか麻耶ちゃん、いや、この際、麻耶君か?
オトコじゃん。
オレ、男の子に可愛いとか思ってたのか…
なんか凹む……
いや、オレもおんなじことやってるからこれはその罰なのか?
リビングに戻り、ソファに座りながら1人、ブルーになるオレだった。
そして数分後。
「戻りました……」
浮かない表情のまま、麻耶ちゃん(とりあえず今まで通り、ちゃん付けで)が風呂場からリビングに戻ってきた。
「う、うん、おかえり……」
「「………」」
そして再び沈黙。
いかんな、これでは。
なんとかこの状況を変えねば。
オレが口を開こうとしたその時。
「あ、あの!」
麻耶ちゃんが声を上げた。
そして真剣な眼差しでオレのすぐ近くまでやってきた。
「あ、あの、さっき見たことは他の人には内緒にしていてほしいんです」
「さっきのって、あの、その……」
オレは少しどもりながらさっきの光景を思い出した。
うん、立派な……
ううううううう、思い出したくなかった。
「はい、私がオトコだってことは……」
麻耶ちゃんは俯きながら口を開いた。
ていうか、それより。
「なんで女性の振りなんてしてるの?」
オレは、ー番の疑問をぶつけた。
オレみたいな特殊な事情がない限り、女装しながら会社に勤めるなんてハイリスクなこと、する必要がない。
しかしオレ、よくもまぁバレないもんだなぁ……
「はい。それなんですが、実は父の命令で……」
麻耶ちゃんは相変わらず俯きながらオレの疑問に答えた。
「は?」
オレは自分でも思ってしまうほど気の抜けた言葉が出てしまった。
父親の命令?それで女装??
まさか実は娘がほしかったからそれの当てつけとか??
いやいや、もしかしたらまさかのそっち系の趣味が。
「あ!あ、あの別に変な趣味とかで女装させられていたんじゃないですよ!?」
次から次へと妄想が出てきて完全に別次元へトリップしていたオレの思考を読み取ったのか麻耶ちゃんが声を上げた。
「私の家系の教訓は「会社を取り仕切る者として会社で働く全ての人間の気持ちが分からなければ上に立つものとして務まらない」というものがありまして………」
ははぁ。なるほど。
だから女装をして社会で働いている女性の気持ちを知ろうってことなのか。
しかし、それにしても諸刃の剣っていうかなんというか。
かなり危ない試みだよな。
まぁバレてもクビってことはないだろうけど。
それでもバレた時はどこかギスギスしちゃうよな。
オレはアゴに手を当て、さながら探偵のように様々な思いを巡らせていた。
「とりあえず理由はわかった」
少し時間が経ってからオレは口を開いた。
「他人のことにとやかく言うつもりはないけどさ…麻耶ちゃんはそれは良いことだと思ってるの?確かに女性の気持ちを知るのも大切なことだよ。でも、自ら危険を犯してやる必要があることなのかな?」
オレは彼女をまっすぐ見据え、心の底から思ってることを伝えた。
「あ、そのことなんですけど上層部の方は全部知ってますよ?なので、バレても何事もなかったのように処理されます」
え?マジ……?
「ていうか処理……?」
思わず、声が出てしまった。
そんなオレに質問に対してニッコリとした顔で麻耶ちゃんは右手の親指を立て、横に傾けながら首の左から右にスッと流した。
そ、それってまさかく、クビ…?
オレは麻耶ちゃんの笑顔とその行動が正反対すぎて思わず、身体が身震いしていた。
そんなオレに追い打ちをかけるかのように。
「あ、ちなみに今のは社会的に抹殺って意味ですので」
と、トドメの一言をこれまたとびっきりの笑顔で麻耶ちゃんが言い放った。
「だからもし、誰かに私の正体を話したりしたら、どうなるかわかりますよね……?」
ゆっくりとオレに近づきながら相変わらずとびっきりの笑顔を見せる麻耶ちゃん。
しかし、それとは裏腹にオレの背中には嫌な汗が流れていた。
あ、悪魔がいる……
麻耶ちゃん……
怖すぎる!!!!
「も、も、もも、モチロン………」
まるで古びたロボットかのような動きでオレはどもりながら首を縦に振った。
「それならよかったです♪」
はたから見たらそれは大変可愛らしい笑顔に見えるだろう。
だがオレにはもう、悪魔の笑みにしか見えなくなってしまった。
それから何日か経って麻耶ちゃんはウチの部署から離れた。
これで何も気にすることなく、平和に毎日が過ごせればよかったのだが。
今でもたまに何処からかわからないが誰に見られている気がしたり、背中に悪寒が走っている時がある。
そして挙げ句の果てには、あの時の笑顔が夢に出てきたり。
もちろん、そこにいるのは悪魔で。
慌てて夢から覚めると全身汗だくになっていたりと散々だった。
それからまた数日経って、風の噂で麻耶ちゃんが本社の役員になったと聞いた。
これで日常で会う確率は非常に少なくなったが、オレは一生あの時の笑顔を忘れない。
「先輩♪」
「!!!!?」」