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どうなっても間違っている

あっという間に月日は流れ、年末。

会社も休みに入り、今年も残りあとわずかとなった。

オレは特に用事も予定もなかったので、毎日コタツに入ってはゴロゴロする日々を送っていた。


それにしても、女装しなくて過ごせるってのは本当に楽だな……

ウィッグで地毛がむれることもないし、突風でスカートがめくれそうになって慌てて抑える必要も、公衆トイレを使う時にコソコソする必要もないし。

世の女性達は大変だな。

いや、これはオレだけの特殊な悩みか。


そんなことをボンヤリと思いながら、自堕落な生活を送る。

しかし、その平和な日常もわずかで終わってしまうのだった。


12月30日。

オレは相変わらずコタツに入って、昼間からゴロゴロしながらテレビを見ていた。

と、そこでこたつのテーブルに置いていた携帯が鳴った。


「ん?」


携帯のディスプレイを見ると母さんからだった。しかもメールではなく、電話。

なんだろ?

休みに入ったから実家に帰って来いとかかな?

とくに予定もないし、それならそれでいいけど。


そんなことを考えつつ、電話に出た。

後になって思えばこの電話に出たのが間違いだった。


翌日の12月31日、PM9:43。


オレは近所にある神社にいた。

何故か巫女の衣装を身に纏って。


「なんでこんなことに……」


思わず、そんな一言が出てしまう。


そう。これが間違いの正体。


昨日、母さんから電話の内容は巫女さんのバイトをしないかというものだった。

当然、オレは断った。

せっかくの平和な毎日を壊したくなったし、それにいくら女装に慣れてるからとはいえ、巫女はまた別だ。

そもそも普段の格好でも精一杯なのだ。


にも、関わらず巫女さんになるなんて難易度S級だ。

だが、神社のバイトの人数が足らなくてどうしてもということだった。

母さんは神社の神主さんと知り合いでその縁で働き手が足らないことを相談されたらしい。

それを聞いた母さんはオレの許可なく、神社の手伝いをすると二つ返事で頷いた。


母さんのやつめ……

オレを完全にムスメに仕立て上げる気だな。

それにはまず、周りから固めていく作戦ってことか。


「はぁ……」


ガックリと肩を落とす。

全く、溜息しか出ない。

しかも更に悪いことにバイトの時間がなんと13時間という長時間労働なのだ。


その分、バイト代は弾んでくれるそうだが、正直気が重かった。

しかし、ここまできてしまったからには今更逃げるわけにはいかない。

まもなく初詣のために多くの人がやってくる。

こうなったら覚悟を決めてやるしかない。


「よし!」


オレは両頬をパチンと勢いよく叩くと仕事の流れについて説明を受けることにした。

ちなみに何かネガティブな考えの後に「ようし」と付け加えるだけでポジティブな考えになれるのでよかったら使ってみてね。


そして10分後、別の巫女さんから説明を受け終わる。


仕事は2時間ごとにローテーションで変わるらしく、最初はお守りやおみくじの販売、その次がお賽銭をする人たちの案内や誘導係、そしてその後、もし神社が少し落ち着きをみせたら辺りの清掃を行う。

その後に休憩1時間を挟み、最初から同じ流れをもう一度繰り返して終わる。

中々の重労働だが、さて頑張るか。


オレは再び気合いを入れるとポジションについた。

そしてPM10:00。

ついに、オレの巫女としての一日がスタートした。


あっという間に時間は進み、今は日付というか、年が変わり、AM0:51。

神社は参拝のお客さんで溢れかえっていた。

オレはロボットのようにただ、ひたすらにお守りやおみくじの会計をしていた。

まさにこれこそ、猫の手も借りたい状況だ。


てか、オレ、オトコなのに普通に溶け込んでるな。

さっき、ほかの巫女さんにも可愛いって言われたし。

この場合、悲しめばいいのか喜べばいいのかどっちなんだろう。


心の中で少し複雑な気持ちになりながら、手だけはきちんと動かす。

そしてそのまま周りにいる誰もが無駄口を叩かず、時間だけが刻一刻と過ぎていった。


そしてAM4:02。

休憩の時間になったのでオレは神社の裏側に作られた休憩所で休んでいた。

イスにどかっと座り、天を仰ぐ。


はぁ、疲れた……

まさかこんなに参拝客が来るなんて。

初詣なんて、中々行かないから全然知らなかった。

眠気なんて感じてる余裕なんてないな。

目の前のお客さんをさばくので精いっぱいだ。


結局、本来掃除をする時間になっても人の波が引かないからそっちの手伝いに回ってたし。

オレは差し入れとして用意された年越しそばとおしるこを機械のように黙々と口に運びながら後半に備えることにした。


それから7時間後のAM11:06。

ようやく巫女としての一日が終わった。

オレはフラフラになりながら私服に着替えて、そそくさと神社を後にした。


いろんな人に、もみくちゃにされた時もあったからウィッグがボロボロだ。

帰ったら手入れしなきゃ……

いや、その前に一回寝るのが先だ。

正直、今すぐ眠りたいとこだ……


オレは重い足をなんとか引きずりながら自宅へと続く階段を降りていた。

そして階段を半分ほど降りたときだった。

すぐそばの路地から何やら話し声が聞こえてきた。

それも少し穏やかじゃない声量で。


うう、眠いのに……

無視しようかとも思ったのだが、小さいが後から女性の声らしきものも聞こえてきた。


「………」


これならば無視するわけにはいかない。

こんな格好をしているおかげか女性の気持ちが少なからず、解るようになってきた。

こういう時は助けてあげないと……

オレは気持ちを少しだけ引き締めると路地へと歩みを進めた。


声がした路地に入ると女の子が1人と男が2人いた。

どうやら女の子を口説いていたようだが、それが失敗し、今度は脅しに入っているようだ。


はぁ、全くオトコとして情けないな。

いや、女装してるオレが言えたセリフじゃないな……


いやいや!!

この姿はあくまで生活のためであって仕方ないことなんだ!

ケースバイケースってやつさ、うん!

無理やり、自分自身を説得する。


「あの~」


オレは3人の元へ近づくと声をかけた。


「ああ?!」


2人のうち、1人が振り返った。

金髪にハデな指輪とピアスにネックレス、典型的なチャラ男だった。

もう1人は携帯で誰かと話してるみたいで少し離れたところにいた。


「その子、怖がってるみたいだし、その辺でやめてあげなよ」


そのセリフの直後、女の子はオレに注目が集まってる隙をみてオレのそばにタッとかけ寄ってきた。


「うるせーな。お前に関係ないだろ」


チャラ男はうっとうしそうにこっちを睨んできた。

もう口説くことなんて眼中にないらしい。

そこまで怒る理由が分からないが。

だが、冷静さを無くしているなら好都合だ。

今がどういう時か教えてやろう。

オレは息を目一杯吸うと。


「きゃー!誰か助けてー!!襲われるぅ~!!!」


と、大声で叫んだ。


「な!?てめ、なに叫んでんだ!!?」


チャラ男はオレのいきなりの行動に焦りだした。

直後、路地に多くの人が集まって来る。

今は初詣帰りの人がたくさんいる。

少し声を出せば誰かが来てくれるのは明らかだった。


「く、くそ!覚えてろ!!」


まさしく二流のいや、三流のセリフを吐き捨てるとチャラ男はもう1人の男と路地から慌てて姿を消した。

チャラ男たちがとっとと去ってしまったので集まってくれた人達は「なんだ、何もないのか」と呟きながら去っていった。


「ケホ……」


あー、ちょっとノドが痛いや。バイトでそこそこ喉を酷使したせいもあるかな。

ていうかオレ、叫んでもあんなに高い声出せたんだな。

仮にも(?)オトコだぞ?

かんっっっぜんに女性の声だったぞ!?

いや、ここでやたら低い声が出たらそれはそれで困るんだが、逆に嬉しくもあって.


でも、そうなるとまたややこしいことに………


「うあー!!」


どうなれば正解なのかわからなくなったオレは髪をグシャグシャと掻き回しだした。

と、そんなオレの元へ女の子が遠慮がちにそばへ寄ってきた。

女の子の気配を感じてハッと我に返る。

そうだ。こんなことしてる場合じゃない。


あんなことがあったんだ。

心がデリケートになってるはず。

こういう時は慰めてあげないと。


オレは素早く顔を上げた。

そして女の子の顔をジッと見る。


あれ?

なんかどっかで見たことあるな。どこだっけ?


少しの間、悩む。

そして唐突に落雷を受けたようなショックと共に思い出す。

少し前にオ、オレがレンタル屋で下手こいた時の店員さんじゃないか……!!!

う、うわぁ……

あれ以来、何度か店の前まで来たが結局、入れずにいたのに、ここでまさかの再会……

き、気まず過ぎる……


オレは慌てて目を逸らした。

あんなことがあって今更、顔なんて見れるわけないじゃん。

が、そんなオレに構わず彼女はオレの手を自身の両手で包んできた。


「ひっ!?」


思わず、小さな悲鳴が出てしまった。

い、いきなり何をするんだ、この子は?!

ていうか、手の感触でオトコってバレる……!

けれど、包んできた彼女の手は小刻みに震えていた。


あ、そうだよな。


涙浮かべるくらい怖かったんだよな。

気まずいとかそんなの思ってる場合じゃなかった。

オレは包まれていない片方の手で自分の頭を軽く小突くとそのまま彼女を抱きしめた。


「あっ……」


彼女の口から声がこぼれる。


「怖かったよね。でももう大丈夫だから……」


彼女を抱きしめながら考える。

さっきまで気まずいとか思ってたのにこんなことできちゃうなんてビックリだな。

今日は巫女のバイトがあったから念のためにとシリコン入りパッドを付けてきた。

なので抱きしめても胸のことでバレることは無いはず……


それにしても、オトコなのになぁ…

なんでこんな心配しなくちゃいけないんだろ……

はぁ…


そんなことを考えていたせいか、かきむしったせいでウィッグがズレかけていることに気づかなかった。

そして彼女がもう安心したからか、そっとオレから離れた際に発生したほんの僅かな衝撃がトドメを刺した。


パサッ………


ん?

なんだ?なんか落ちた?

ていうか頭がなんか軽いな……?

そんなことを考えていると


ドサッ!!

今度は何か重みのあるものが地面に落ちた音がした。

その音の正体は彼女が肩にかけていたカバンを地面に落としたことによるものだった。

そして本人は口をパクパクとさせている。

まさに顔面蒼白といった感じに。


「一体どうし……」


言い終わる前に、今度はオレの顔が顔面蒼白になる番だった。

すぐ近くにある電柱に付けられているミラーには彼女とウィッグが外れたオレが写っていた。


「えっ……」


そして、今更気づく。

慌てて足元を見ると厳しい現実が待っていた。


「き………」


彼女はようやく我に返ったのか、今度は声を上げようとしていた。

オレは慌てて目線を上げた。

ま、まずい…!!

今、ここで叫ばれたら………

さっきのギャラリーがまた来てしまう…


そして変態として通報→刑務所に→女装趣味の変態として社会的に抹殺……!

いつかと同じバットエンドがオレを待っているではないか……

だが彼女は結局声を上げることなく、「きゅうぅぅ……」と言いながらその場にへたり込んでしまった。


「ちょっ……!」


オレはウィッグを慌てて掴みあげると急いで彼女の元へと駆け寄った。

どうやらいきなり色々起きすぎて気絶してしまったらしい。

さて、ど、どうしよう……


このままほっとくわけにはいかない…

けれど目を覚まされたら余計にどうすればいいかわからない…

オレはその場に座り込んでどうすべきか、うーん……と悩み続けた。

と、そこへ。


ファーーンとけたたましい音を鳴らしながら、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。


どうやら先ほどの騒動で誰かが警察に通報してくれたらしい。

すでに事が済んでるので、今更な気もするが結果オーライ。

た、助かった……

これでなんとか家に帰ることができる。

ホッと胸を撫で下ろし、オレはその場を去ろうとした。

それと同時にパトカーから警察の人が降りてくる。

そして。


「そこの怪しいやつ、動くな!!」


と、大声をあげた。


「えっ……?」


その言葉に驚き、辺りをぐるっと見渡すがこの場にはオレと気絶してる彼女しかいない。

ってことは怪しいやつってオレ……?

ちょ、なんで怪しいなんて言われなきゃいけない……


そこでようやく気づく。

オレは未だにウィッグを手に持ったままだった。

つまり警察官には女装趣味の変態オトコが彼女に近づき、気を許したところで襲ったように見えているわけだ。


ハハーン☆なるほどね!!

って、のんびり解説してる場合じゃなーい!!

まずい、まずい、まずい!

心の中でエマージェンシーコールを鳴らす。

な、なんとかしなければ……

しかし、ここで説明しようとしてもキチンと話しを聞いてくれるかどうか……


それどころか警察に連れて行かれ、そして逮捕、刑務所にいく……

それでもボクはやってない、ていうか何もしてない!!!


ここは逃げるしかないか……

オレはウィッグを慌てて被るとタッときびすを返し、その場から全力で逃げ出した。


「あ、ちょっと待て!」


後ろから警察官の声がするが、待てるわけない。

警察に捕まるのだけはごめんだ。

というか何も悪いことしてないのになんで警察から逃げなきゃいけないんだ!!

むしろ彼女をチンピラの魔の手から守ったヒーロー(ヒロイン?)なのに……


「ううっ……」


シクシク泣きながら結局自宅までの道のりを全速力で帰っていくのだった。

そして、いつものごとく思う。

女装なんてこりごりだ……!

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